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血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
三章 西成公道百鬼夜走
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初陣

時計の針は、深夜二時を指していた。国道26号、大国町の高架下。夜風が西成の闇を撫でるなか、京志一家の単車隊が排気音とともに流れていく。


先頭は橋春也。その横に間柴健。少し後ろに「ニトロ」後藤竜、そして加賀谷京志が無言で並ぶ。その背後には江藤達。新参組も含め、人数は四十名を超えていた。今日が“初夜走り”となる者も少なくない。


「今夜はよう鳴るな、マフラーも気分ええ言うてるわ」


春也が低く笑い、風の中に言葉を放った。


「気ぃ抜くなよ。……なんか様子、おかしいぞ」


竜の声が低く響く。

直後、間柴が前方を指差した。


「……見ろ。前……なんや、あいつら」  


その声が落ちると同時に、異様な光景が視界を遮った。街灯の届かない闇に溶け込むように、十数台の単車が路を塞いでいる。その中心、腕を組み、彫像のように動かぬ男がいた。


小野原千里。


黒の特攻服、腕組みの姿勢。背後には、武闘派集団「闇天狗特別遊撃隊」――闇天狗内でも喧嘩に“飢えた”猛者たち。


「――っ、小野原……!」  


春也の顔が強張った。


竜が背後に向けて短く鋭く命じた。


「後ろの奴らに言え。“全員、降りるな”。逃げたやつから、やられんぞ――」


(兄貴……やっぱり俺を許されへんのんか……)


竜の思考が過った瞬間、均衡が崩れた。


衝突は唐突だった。鉄パイプが空を切り、拳が肉を打つ鈍い音が響き渡る。怒声と悲鳴が入り混じり、静寂だった高架下は一瞬で修羅場へと変貌した。新参のメンバー数人が、先行する闇天狗の突撃に抗う術もなく路面に叩きつけられる。

地面を転がる半ヘルメット。砕けた歯がアスファルトに散らばる。

京志一家の統制が崩れかけたその時、一人の男が先陣を切って飛び出した。


赤髪のリーゼント。白の特攻服の背中には、夜目にも鮮やかな金糸の刺繍が躍っている。


「ビビんなぁ!!! お前らぁぁぁ!!!」  


怒鳴ったのは、楓一平かえで いっぺい――元・西成ニ中の頭。中二で暴走族三人を同時に沈めた伝説を持つ暴れん坊。 “喧嘩の機会が多そう”それだけの理由で京志一家に加入。誰もが認める“殴るために生まれた男”。


「一平、無理すんな. アイツは――」


間柴の制止が背後から飛ぶ。だが、一平の勢いは止まらない。獲物を見つけた野獣のような笑みを浮かべ、彼は肩を揺らした。


「うるせぇ。“西成一番”は俺や。あんなもん、五秒や」  


一平は鼻先で笑うと、コンクリートを蹴り破らんばかりの踏み込みで地を這うように加速した。その速度、その気迫。一平の拳が、小野原の顔面を粉砕せんと最短距離で突き出される――。


その刹那、小野原の膝が逆に最短距離を突き抜け、一平の顎を正確に貫いた。


一平の身体が重力を失ったかのように宙で回転する。 それは、放り出されたゴミ屑のような無惨な光景だった。  


力なく背中から地面へ叩きつけられる。寸前に見えた背中に刻まれた光る、金糸の刺繍


 ――「喧嘩実力超一流」――


その文字が泥と排ガスに汚れ、無様に歪んでいる。

 

場が凍りついた。誰もが呼吸を忘れ、横たわる一平を見つめていた。小野原は一歩も動かぬまま、冷徹に唇を動かす。


「西成一番? 寝言は寝て言え。昨日までチンコの毛ぇ生えてなかったようなガキが」  


殺気が物理的な圧力となって場を支配する。新参はおろか、一家の中堅までもがその威圧感に足を止めた。

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