屈辱
三崎は器用な少年だった。周りの子よりも体格が大きく運動もできる。理解力があり勉強もできた。そして、父と母譲りの気性の荒さも持ち合わせていた。喧嘩は負け知らずで、幼稚園の頃から「クニ」には誰も逆らえなかった。
小学校では、教師を睨みつけて授業を止めた。担任の女教師が泣いた。それを見て、クラスの連中が黙る。快感だった。
「声がデカくて、先に殴れる奴が一番や」
ずっとそう思っていた。だが、その”真理”は中一の春にあっさりと崩れさる。
中学で出会った隣町の一人の少年が、三崎の世界を変える。勉強もできて、運動もそこそこ、誰にでも分け隔てなく笑顔を見せる。教師に可愛がられ、生徒に慕われた。
「おまえ、教師の犬かよ。真面目ちゃんが」と、喧嘩を売ったが、そいつは涼しい顔で笑った。
「やりたいようにやってるだけやけどな」
その姿が、羨ましかった。支配せずとも人がついてくる“何か”を、そいつは持っていた。初めて「勝てない」と思った。三崎は焦った。自分が手に入れてた“力”が、全く通用しなかった。それから暴力だけが力でないことを知り、より一層机に向かった。
参考書を古本屋で探し、図書館で問題集をコピーし、毎晩深夜まで蛍光灯の下でノートを埋めた。一番でないことが我慢できなかった。いつからか父に言われていた、「一番以外は意味がないんじゃ」が、自分の言葉になった。
高校受験。県内トップの進学校・越前高校に合格したとき、教師たちは驚いていた。
「三崎が?」という目で見られることに、彼はむしろ静かな誇りを感じた。
だが、高校に入っても貧しい生活は相変わらずだった。朝は新聞配達、夜は港の冷凍庫で仕分けのバイト。日曜は家事。疲れが抜けず目の下にクマができても、ノートの文字は乱れなかった。目指すは、慶應義塾大学。
東京を初めて見たのは中学の修学旅行だった。たった数日。だが世界が違った。帰ってから感じる田舎の空気が、自分を腐らせるように感じた。どうしても、この町から出たかった。そして、その高校には慶應の指定校推薦の枠が“ひとつ”だけ存在した。それは、親の職業や地元のしがらみとは無縁に、「実力だけで東京に出られる切符」だった。
教師たちの間でも、「今年は三崎だろう」という空気があった。評定平均、模試の偏差値、課外活動、全て申し分ない。本人も、密かに確信していた。だが、結果は違った。
推薦を獲ったのは、地元の有力な建設会社社長の息子。成績は並以下。納得できなかった三崎は、進路指導の教師を問い詰めた。
教師は目を逸らしながら言った。
「……まあ、いろんな兼ね合いがあってな。成績だけやない、色んなことを総合的に判断した結果や」
その言葉を聞いた瞬間、三崎の中で何かが音を立てて崩れた。あとで知った。校舎の耐震補強に多額の寄付を出していたのがそいつの親父の会社だった。町議会とのパイプもあり、校長と社長は高校の同級生。努力も才能も関係ない。人を動かすのは、“力”。コネと金と空気。
その夜、三崎は自室で吐くまで泣いた。しかし、翌朝には机に向かっていた。
「全部、使ってやる……暴力も、勉強も、コネも、汚れも、全部」
この時、彼の中で「信じるもの」が一つ、明確になった。勝つためなら、なんでも使う。
それが、三崎邦親の原点だった。




