血統
地下鉄御堂筋線。朝の通勤ラッシュ。人の熱気と雑音が満ちる車内で、神谷才の世界だけが凍りついていた。
車窓の向こう、天王寺駅のホームに巨大な広告が貼られている。
そこに写っていたのは、笑顔の父親、母親、子ども―― “理想の家族像”。
「未来のために。家族のために」
そんなキャッチコピーが、白々しく輝いていた。 才の脳裏に、あの声がまた響く。
“期待外れやな”
その一言が、今朝も頭にこびりついて離れない。まるで最初から「人間」として見られていないような感覚。
家族のぬくもり? 親子の信頼? 最初から与えられたこともない。
広告の中には、“ない”ものが全部詰まっている。吊革を握る才の拳が震えた。爪が掌に食い込む痛みだけが、かろうじて彼を現実につなぎとめていた。
天王寺学院・教室
「おはよ、神谷くん! どうしたん? 顔、怖すぎやで?」
「……ああ、腹が痛かっただけや」
「びっくりしたぁ。でも神谷くんも、そういう顔するんやな。ふふ」
才は苦笑とも呼べぬ表情を浮かべて席に着く。
背筋はまっすぐ。表面上は優等生そのもの。だが、その胸の内は煮えたぎっていた。俺は、誰かとつるんで笑うために生まれてきたんちゃう。ただ一人――“父親”に認められるために、生きてきた。せやのに……。
――授業中。窓の外。B組の体育。グラウンドではサッカーの試合が行われていた。
一点ビハインド。残り時間わずか。味方は疲弊し、ボールは敵に支配されている。
その中で、ひときわ目立つ存在。三崎京介。
味方のパスを受け、敵の間を強引に切り裂く。転ばされそうになりながらも、足を振り抜いた。乾いた音と共にボールはゴール右隅へ吸い込まれる。逆転ゴール。歓声。笑顔。抱き合う仲間たち。
「ナイスや! 京介!」
「エグすぎやろ!」
「やっぱ、おるだけで流れ変わるわ!」
京介は照れくさそうに笑っている。誰にも恨まれず、誰にも否定されず、ただ存在するだけで光になる男。その姿を見た瞬間、才の中で“なにか”が崩れた。
なんでお前なんや。なんでお前だけがそんな顔できんねん。知らんのやろ。俺と“同じ血”を半分持ってるってこと。知らんまま、父親の“誇り”として生きてるんやろ。お前は生きてるだけで――俺の存在を否定しとんねん!
才の眼が鋭く細まる。その表情は、喜びのグラウンドに一切合わない、獣の目だった。
その獣の目は、まぎれもなく彼の中に流れる「父親の血」そのものだった。
誰よりも上を渇望し、誰よりも理不尽に虐げられ、底辺から這い上がろうと牙を剥き出しにした、泥にまみれた血。




