災害
――それから数日。
雨の日だった。教室の窓際、京志はひとりで弁当を食べていた。数日たったが、周りとの距離は縮まらず。相変わらず張り詰めた空気が流れていた。
ガタン、と不快な金属音が響いた。
春也が隣の椅子を逆手に引き、断りもなく腰を下ろす。
「格闘技、何から入った」
唐突な問い。春也の目は、こないだの刺々しさとは違う、飢えた野良犬のような光を宿していた。
「知らん」
「隠さんでもええ。拳の返し、膝のタイミング……素人のそれやない。俺はボクシングや。去年、大阪のジュニアで一番獲った」
自慢ではない。それは、強者同士の「名刺」だった。春也は窓の外、雨に煙るあべのハルカスを睨みつける。
「こないだのは……筋が通ってへんかった。それは、認めたる」
「意外やな」
「謝罪やない。確認や。……この一中で、お前みたいな『目』してる奴は、そうはおらんからな」
春也は指先でコンコンと、京志の弁当箱の角を叩いた。
「ここは荒れてるけど、みんな“どっかで繋がってる”んや。俺も例外やない」
「俺には関係ない」
表情一つ崩そうとしない京志のその言葉に、春也はクスッと笑う。
「関係ない……か」
春也はふいに教室の「ある一角」に目を向けた。
そこには、一つだけ異質な机があった。
誰の荷物もなく、ただそこにあるだけの机。だが、その周囲三メートルには、昼休みの喧騒の中でも誰も立ち入ろうとしない「真空地帯」が出来上がっていた。
「……あそこの奴には、かかわんな」
春也の声から、さっきまでの覇気が消えた。
「ウチには、ルールも通じん、言葉も通じん……ただの『災害』みたいな奴がおる」
その時、廊下を歩いていた一人の生徒が、ふざけ合っていた拍子にその「空席」の椅子に背中をぶつけた。
椅子が床を擦る不快な音が響いた瞬間、騒がしかった教室から、全ての音が消えた。
ぶつかった生徒は、自分が何をしたかを悟った瞬間、顔から血の気が引いていくのが遠目にも分かった。彼は震える手で、ミリ単位の狂いもないように椅子を元の位置に戻し、祈るように何度も頭を下げてその場を離れた。
誰も何も言わない。だが、全員が共通の「何か」を恐れ、その空白を凝視している。
京志は箸を置いたまま、春也の顔を見つめる。春也はそれ以上語らなかったが、教室の空気が重さを帯びたようだった。




