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血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
第1部 一章 西成第一中学
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災害

――それから数日。


雨の日だった。教室の窓際、京志はひとりで弁当を食べていた。数日たったが、周りとの距離は縮まらず。相変わらず張り詰めた空気が流れていた。


ガタン、と不快な金属音が響いた。

春也が隣の椅子を逆手に引き、断りもなく腰を下ろす。

 

「格闘技、何から入った」

 

唐突な問い。春也の目は、こないだの刺々しさとは違う、飢えた野良犬のような光を宿していた。

 

「知らん」

 

「隠さんでもええ。拳の返し、膝のタイミング……素人のそれやない。俺はボクシングや。去年、大阪のジュニアで一番獲った」

 

自慢ではない。それは、強者同士の「名刺」だった。春也は窓の外、雨に煙るあべのハルカスを睨みつける。

 

「こないだのは……筋が通ってへんかった。それは、認めたる」

 

「意外やな」

 

「謝罪やない。確認や。……この一中で、お前みたいな『目』してる奴は、そうはおらんからな」

 

春也は指先でコンコンと、京志の弁当箱の角を叩いた。


「ここは荒れてるけど、みんな“どっかで繋がってる”んや。俺も例外やない」


「俺には関係ない」


表情一つ崩そうとしない京志のその言葉に、春也はクスッと笑う。


「関係ない……か」


春也はふいに教室の「ある一角」に目を向けた。


そこには、一つだけ異質な机があった。

誰の荷物もなく、ただそこにあるだけの机。だが、その周囲三メートルには、昼休みの喧騒の中でも誰も立ち入ろうとしない「真空地帯」が出来上がっていた。


「……あそこの奴には、かかわんな」


春也の声から、さっきまでの覇気が消えた。


「ウチには、ルールも通じん、言葉も通じん……ただの『災害』みたいな奴がおる」


その時、廊下を歩いていた一人の生徒が、ふざけ合っていた拍子にその「空席」の椅子に背中をぶつけた。

 

椅子が床を擦る不快な音が響いた瞬間、騒がしかった教室から、全ての音が消えた。


ぶつかった生徒は、自分が何をしたかを悟った瞬間、顔から血の気が引いていくのが遠目にも分かった。彼は震える手で、ミリ単位の狂いもないように椅子を元の位置に戻し、祈るように何度も頭を下げてその場を離れた。

 

誰も何も言わない。だが、全員が共通の「何か」を恐れ、その空白を凝視している。

 

京志は箸を置いたまま、春也の顔を見つめる。春也はそれ以上語らなかったが、教室の空気が重さを帯びたようだった。

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