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血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
三章 西成公道百鬼夜走
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決別

夜の公園。京志一家の面々は、真新しい白の特攻服をまとい、焚き火を囲みながら高揚感に浸っていた。


ライゼルトップスとの死闘、その剥き出しの姿に、魂を焼かれた者たちが続々と合流し、一家の勢力は日に日に膨れ上がっていった。


「はー、やっとやなぁ! 中学も卒業したし、これで正式や!」


江藤匠が緩んだ笑みを浮かべ、糊の効いた硬い特攻服の袖を大きく振ってみせる。


「なんや江藤、似合ってへんぞ!」


誰かが野次を入れると、一斉に哄笑が沸き起こった。カクも、まだ中学生の身には余る特攻服に袖を通し、「俺も正式メンバーっすよね⁉」と、空回り気味に声を張り上げている。そんな弛緩した空気を、春也が鋭い声音で断ち切った。


「気ぃ抜くな。こっからがスタートや。俺らは今日、京志一家としてここ西成から名前を売る」


そのときだった。  


遠方から、大気を震わせる爆音が響いてきた。直管マフラー特有の、鼓膜をやすりで削るような排気音。

数にして数十台。複数のエンジンの咆哮が、地響きとなって迫ってくる。


「なんや、あれ……」


誰かが呟いた直後、公園の入り口から、漆黒の特攻服に身を包んだ集団が雪崩れ込んできた。 先ほどまでの浮ついた空気は瞬時に霧散し、鉛のような重圧が公園を支配する。  


まさに”本物”の暴走族――闇天狗の一団だった。


ずらりと並ぶ三十人を超える黒ずくめの隊列、背中には金糸で刺繍された『闇天狗』の文字。全員が息を呑み、思わず後退る。しかし、京志だけは微動だにせず、冷徹な視線を彼らに向けていた。その背中を見て、春也と間柴も即座に臨戦態勢をとる。


「引くなよ! みんな!」


春也が檄を飛ばし、仲間たちを鼓舞する。


遅れて入ってきたXJRの重低音が、公園の空気をさらに震わせた。派手な金髪の小野原千里がハンドルを握り、後部座席には堂島大吾が鎮座している。堂島は紫煙をくゆらせながら、悠然とした態度で乗り込んできた。  


その威圧感、そして射抜くような視線。

京志たちの目の前で単車を止める。


「おい、ガキぃ……ここはお前らの遊び場か?」


堂島が不気味に笑いながら言った。

小野原は無言のまま、口角を歪める。


「お前ら京志一家言うとんけ……? これ……“本気”でやってんちゃうよな?」


その場の空気だけで、全員の体が強張る。抗えない、“本物”の存在感がそこにあった。


不意に、小野原の鋭い眼光が春也を捉える。


「おい、そこの金髪ぅ」


小野原が鋭く指を突き付けた。単車から無造作に降り立つと、硬い足音を響かせながら春也へと歩み寄る。その圧倒的な威容に、春也の肩がわずかに跳ねた。だが、春也は視線を逸らさず、小野原を睨み返す。


「なんや……? お前……俺と揉めんのか?」


小野原の目が殺気を帯びた瞬間、春也が反応するよりも速く、膝蹴りが春也の腹部に突き刺さった。


「ガフッ!」


肺から強制的に空気を吐き出され、春也は地面に手をついた。胃の内容物が逆流し、アスファルトに撒き散らされる。その無様な姿を見て、小野原は声を上げて嘲笑した。


「クソガキがぁ、何が京志一家や」


その一言が、周囲の温度を氷点下まで下げる。京志一家のメンバーが一斉に色めき立つが、堂島の眼光に射すくめられ、誰も動けない。


その緊張を弛緩させるようにホンダ・バブ特有の騒々しい排気音と共に、後藤猛が遅れて現れた。


エンジンが切られると、公園全体が不自然な静寂に包まれる。


「……竜」


猛の声が響く。竜の体が痙攣したように強張った。猛は弟に歩み寄り、腹の底から絞り出すように言った。


「オレは情けないで」


その声には、怒りも呆れもない。ただ純粋な、血を吐くような軽蔑だけが滲んでいた。


猛が怒号を叩きつける。


「家族を、裏切るんかゴラァアア!!!」


公園の空気が震えた。竜は拳を握りしめ、顔を上げる。あの頃と変わらない兄の無機質な瞳。

『お前は落ちこぼれや』――その呪詛が、今も鼓膜に張り付いて離れない。  

膝が震えて止まらない。今にも地面に崩れてしまいそうな感覚。

恐怖が蘇る。施設で何もできなかった無力な自分。恐怖で身動きが取れなかった過去。そして今も感じる絶望感に、逃げ出したくなる衝動が走る。


だが、そのとき間柴が竜の隣に並んだ。無言で、力強く。


「猛さん……」


「ん? お前健坊やんけ。クックッ傑作やな。お前もか……やめとけぇ。お前らには向いてへん」


反応せず間柴が一歩、竜の前に出て睨み返す。竜を守るために。 竜の胸に、熱い感情が込み上げる。


視線の先に、京志、春也、江藤、カクたち。それを視界に捉えた竜は、震える声で、しかしはっきりと告げた。


「兄貴はオレの家族ちゃう……オレの家族は――」


仲間たちを見据えながら、拳に力を込める。


「ここに、おる」


猛は無言で竜を凝視した後、竜に向かって苛立ったように煙草を投げつける。

さらに一歩踏み出そうとした、その瞬間――


遠くからパトカーのサイレンが割り込んできた。その甲高い警告音が、張り詰めた糸を断ち切る。


「クソ、こんなところでオマワリかよ」


小野原が吐き捨てるように言い、顔をしかめて周囲を見渡す。  堂島もその反応を見て、険しい表情で指示を飛ばした。


「急げ、撤収や!」


闇天狗のメンバーたちは即座に反応した。バイクに跨り、一気に公園を後にする。金属質の駆動音が重なり合い、エンジンが一斉に唸りを上げた。


「おい、金髪!」


背後から投げかけられた声に、小野原が振り返った。  その刹那――鈍い衝撃音と共に、春也の強烈な頭突きが小野原の顔面に叩き込まれた。


「グゥっ…!」


小野原がよろめき、顔を押さえる。指の隙間から鮮血が滴り落ちるのを見て、怒りが烈火のごとく燃え上がる。


「てめぇ…!!」


小野原の目に殺意が宿る。だが春也は、低く吐き捨てた。


「やり逃げはさせへん……あと、金髪、俺より似合ってへんで」


小野原は鼻を押さえ、春也を睨みつけたまま、呪うように呟く。


「殺す……次、会ったら……殺す。絶対にや」


歯噛みしながら、最後まで春也の背中に怨嗟の視線を送りつつ去って行った。


静寂が戻った公園。遠ざかるサイレンを背景に、春也が息を吐くように言った。


「本物……やったな」


間柴は何も言わず、ただ目を閉じて深く息を吸う。江藤は震える手で特攻服を正し、カクはまだ恐怖の余韻に言葉を失っていた。誰かの足が震えているのが分かる。春也は口元の血を乱暴に袖で拭うと、脇腹を押さえながら、脂汗の浮かんだ顔で呟いた。


「それでも……俺らは、こっからや」


京志がゆっくりと立ち上がり、仲間たちを見渡す。その言葉に、全員が再び意識を集中させる。京志一家の新たな始まりを、今まさに肌で感じているのだった。

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