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道標

ライゼルの顔役、MC厳鉄。

顔中に刻まれた無数の傷、胸で揺れる拳銃のペンダント。西成のリアルを標榜するカリスマが、舌打ちと共にステージへ上がる。


「貸せオラァ!!」


厳鉄は禍々しいタトゥーだらけの腕でマイクをひったくると、獣のような咆哮でフロアを制圧しにかかった。


「みたことねーぞこいつガキのカリスマ? 全然たんねーぞおまえカスリが!!」


プロのフロー。重厚な声量。フロアが一気に沸き返る。


「うおおおおッ!!」

「殺せ厳鉄ゥ!!」


「ライゼルの肩書き! 肩で風きるカスが歩くな街通り! 俺がレペゼン西成北津守!!」


厳鉄が男の胸を突き飛ばす。よろめくフードの男。観客が煽る。


最前列にいた坊主頭の子供――まだ中学生ぐらいだろうか――も、周りの大人に合わせて手を挙げていた。だが、その目はどこか空虚だった。


「俺のフッドはモクモクスモッグ! 俺の方がどーみてもSWAG! 環境や生まれ……中指立ててFUCK!! 

ぶちかます破壊光線! 一生のっとけ蟹工船!!」


POW POW POW!


フロアが爆発する。完成された暴力的なライム。そこら中で破裂音がこだまする。勝負は決まったかに見えた。


――だが。

フードの男は、微動だにせず、ただ冷ややかに厳鉄を見つめていた。ただその目が語っていた。

厳鉄の表情が強張る。


男が、再びマイクを握る。

厳鉄の作った濁流を、真っ向から押し返す静かなる殺気。


「……確かにレップしてる西成」


静かな声。だが、その冷たさが逆に熱狂を冷やし、全員を注目させる。


「……だか必要ないだろ、肩書き」


男が自分の胸を叩く。


「大事なのは生き方と中身……刻んでる、裸に落書き」


空気が変わる。それは**「魂の嘔吐」**。


「クソガキのいきがり……聞いてくれるほど甘かないぜこの街」


一歩、また一歩と厳鉄に迫る。


「周り見渡せばクソな大人ばかり……だから逃げ込んだ、音の中に」

 

最前列の坊主頭が、ビクリと肩を跳ねさせた。

心臓を、素手で握られたような衝撃。

 

 ――「逃げ込んだ、音の中に」

 

学校にも家にも居場所がなくて、音楽だけがシェルターだった。誰にも言えなかった痛みを、この男は知っている。

 

男の声が、少年の胸に突き刺さる。

痛い。


少年は、挙げていた手を力なく下ろした。もう、厳鉄を見ることはできなかった。


「こいつ責任ないから言いたい放題……なにもない路上」


フードの男は天井を仰いだ。そこには何もない。ただの闇と、配管だけ。


「泥かき集めて作る砂の塔……手を伸ばせば掴める、明日と頂上!!」


静まり返っていた観客が、弾かれたように叫びだす。


空気が持っていかれる。厳鉄が焦った。顔を紅潮させ、唾を飛ばして吠える。


「お前みたいなガキが頂上!? ふざけんなまるで処女の小娘!! こうるせー毎日夢描く白馬の王子! 来るわけねー迷い込んでる袋小路!!」


厳鉄の声が上ずる。焦燥がリズムを狂わせる。


「西成に生まれて西成で死ね! お前の一生なんてそんなもんだ! 小銭かせぐトニーモンタナ! スカーフェイス

見てみなこの修羅場物語る傷!! これが本物のカタルシス!!」


歓声がこだまする。だが、男はもう厳鉄を見ていなかった。


その視線は、この澱んだ空気の向こう――もっと遠く、もっと高い場所を見据えていた。


男の瞳に宿る光が、照明よりも強く厳鉄を射抜く。


「くだらないなお前の人生観」


吐き捨てるように


「足りねーよ、全然真剣さ」


男が、自分のバンダナに手をかける。


「迷い込んだ裏路地……西成の暗がりで見つけた唯一の光」


声が震えている。

それは恐怖ではない。魂が燃える熱さで、喉が焼け付いているのだ。


「夢みがちの少女……それでいい本当」


「仲間とマイク! つかんで死ねるなら本望!!」


男の叫びが、厳鉄の存在をかき消す。

坊主頭の子供の頬を、熱いものが伝った。

 

「夢なんか見るな」「ゴミらしく生きろ」……そう言われ続けてきた心に、男の叫びが染み渡る。

 

男の咆哮は、少年の喉から出なかった叫びそのものだった。


その姿が、眩しくて、涙が止まらない。


「誰に言われるまでもねえ。俺が決めた。ここで生き、ここで死ぬ! ラッパーとして生き、ラッパーとして死ぬ! ―― ゲットーキッズみてるか!!」


フードの奥の瞳が、震える少年とカチリと合った気がした。

少年は無意識に、拳を握りしめていた。爪が食い込むほどに。


叫びと共に、男がバンダナを引きちぎった。

同時にフードが大きく揺れ、汗ばんだ素顔がライトに晒される。

 

息を呑んだ。

 

そこにいたのは――自分と変わらない、まだあどけない顔をした「少年」

 

同じように怯え、同じように傷つき、それでも必死に虚勢を張って、俺たちの痛みを背負って立っている。

 

涙で視界が歪む。


「――生き様で照らす道しるべ! くだらねぇしがらみ――ぶっちぎるぜ!!」


地鳴りのような歓声が、フロアを爆発させた。


厳鉄が後ずさる。言葉の暴力に殴られ、自分がただの「演者」であることを突きつけられた男の顔が、恐怖に歪んだ。


勝負はついた。だが――終わらない。

静かに前へ出て、フロアに中指を突き立てる。

最後の言葉は、ラップではない。死刑宣告だった。


「血で滲んだバンダナ……次はお前らの番やな」


視線が、奥のテーブル――ライゼルトップスの幹部たちへ向けられる。


「俺らの絆……見てな間柴。全てを壊しに来た」


ニヤリと笑う。

その笑顔は、悪魔のように美しく、凶悪だった。


「名前は――ニトロ」


マイクを離した手が、ゆっくりと持ち上がる。

その指先が、銃口のように奥のふんぞり返るライゼルの幹部たちが座るソファを、正確に捉えた。


「まずはお前ら……地獄へどうぞ」


その言葉の後、DJブースに向かって、マイクを全力で投げつけた。


機材が火花を散らす。


照明が落ち、世界がブラックアウトする。


暗闇の中で爆ぜたのは、ビートではない。

硬質な何かが、生身の肉を寸断する音だった。


「ギャツ、あ.....!?」


暗闇の中で肉体と肉体が衝突し、硬質な衝撃音が連鎖する。


「ひ、光イ!誰か......ツ!!」


誰かの懇願が、湿った音と共に唐突に途切れる。喉を潰された音だ。


ーーやがて、予備電源の頼りない薄明かりが戻る。



悲鳴の中、血濡れたソファの前で男たちが横たわっていた。


その中心で、紫のバンダナを巻いた竜の狂ったように鋭い目だけが、フロアの全員を凍らせていた。


顔面に返り血。拳からは肉の焼けるような熱。


「……こんなんじゃ、足らへんねん……」


怒りは収まらない。足りない。全然、足りない。

この怒りをぶつけるべき相手は、もっと奥にいる。――間柴をやった、そいつらが。

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