異物
西成・某クラブ「SIX BLOCK」――地下フロア。
スモークと青紫のネオンが視界を濁らせ、鼓膜と臓腑をぶち抜くウェッサイの重低音が、そこにいる全員の理性を揺らしていた。
集まっているのは、三十人の闇。キャップを目深に被り、バンダナで顔を隠し、足元ではC‐WALKを踏む。中にはあどけなさがまだ残る子供も混ざっている。ここにあるのはコードネームと、退廃だけ。
壁際、赤玉と札束が無造作に積まれたテーブル。そこだけが、熱気の中で異様に凍てついている。
ここはライゼルトップスの巣だった。
その空間に――異物が滑り込む。
紫のバンダナを口元に巻き、黒いフードを深くかぶった男。その目は異常な鋭さを持ち、どこか“死”を連れていた。
「名前は?」
キャッシャーのグリーンと呼ばれる男が、ガラス越しに気怠げに訊く。
「おい、名前は……!」
だがフードの男は、ただ睨む。
何も言わず、口元の血に染まった紫のバンダナを指差し、そのまま無言でフロアをすり抜けた。
その一瞬の視線だけで、グリーンの背筋に冷たいものが走る。
(……なんや。こいつ……)
直感が警鐘を鳴らす。――“ヤバいのが来た”。
ステージ上――DJが煽るように叫んだ。
「だれでもええで! オープンマイクや! 自信あるヤツから、あがってこいやあッ!!」
マイクが放り投げられ、宙を舞う。
放物線を描くその黒い鉄塊を、フロアの誰もが目で追った。
空中で、白い手がそれを掴み取る。
ゆらりと黒いフードの男がステージに立っていた。
「誰や、あいつ……?」
「やれるんか」
観客のざわめき。好奇心と侮蔑が混じった視線。
男はDJに目もくれず、ビートの頭など無視して、マイクを口元へ運んだ。
「……紫の布」
吐き出されたのは、カミソリを飲み込んだような、低く、しゃがれた声。
スピーカーが不快なハウリングを起こしかけるが、男は構わず言葉を重ねる。
「……それがチケット」
一瞬、客の手が止まる。
リズムに乗ろうとしていない。ただ、事実を突きつけるような声音。
「クソヤロウどものエチケット」
男が一歩、前に出る。
「見せつける地獄の通行証……ここはさながら、九龍城」
呼吸音すら吸い込まれるような静寂が落ちた。
韻を踏んでいるのかすら分からない、独特の拍の取り方。だが、その声には音楽を超えた「圧倒的な質量」があった。
客が息を呑む音すら聞こえる静寂の中、男は畳み掛ける。
「やめとけ中途半端ないきがり……晒してる? 西成で生き恥」
視線が、奥のソファで項垂れているライゼル幹部たちを射抜く。挑発ではない。事実の確認だ。
「身なりだけは金ピカ……文句あんなら返してこいよチンピラ」
男が強く足を踏み鳴らす。床板を震わせる重低音が、心臓の鼓動のように響く。
「叩きこまれてきた……この街に、礼儀と仁義は」
言葉がナイフとなって、観客の鼓膜を突き刺した。
キャッシャーのグリーンは、数える手を止めていた。
「あいつ、何者や……」
そのとき、奥のソファ席が割れた。
「――出るってよ、“厳鉄”が」




