巣立
夜の西成、南津守の工業地帯の外れ――ひときわ大きな鉄骨の廃倉庫がある。
中では確かに“ 生きた”人間の気配があった。倉庫内には、折りたたみ机とパイプ椅子。机の上には吸い殻と缶コーヒーの空き缶。
ここが闇天狗の“幹部会議”の現場だった。
「……京志一家ねぇ。クックック“一家”やて。聞いたときは、俺、吹き出してもうたわ」
才が切り出す。幹部たちは反応しない。才だけが、そぐわない明るさをまとっている。
「俺らみたいな連中が“家”とか“兄弟”とか言い出すと、だいたいロクなことにならんやろ? せやけど、それでも言いたなるんやなぁ、西成ってとこは……」
才は一つ笑い、わざとらしく天井を見上げる。
「……ほんで、それを言うのが後藤の弟くんやっちゅうのが、またグッとくるやん?」
一瞬、空気が張る。猛は何も言わず、タバコの煙だけが揺れる。才が続ける。
「俺もな、最初は“裏切り”か思たけど……よう考えたら、“ 巣立ち”かもしれへん。せやけどまぁ、巣立つってのはな……親鳥が納得してるときだけの話やろ? 勝手に飛び立って、他所で枝張って。ほんでその枝に、誰が止まんねん、ってな話や」
その言葉は、明確に「弟を止めなかった兄」を刺していた。
「まぁ、猛くんも難しい立場やろうけど……“兄”ってのは、背中で語る存在やからな。黙ってるいうんも、時に刃になるんやで? こんな時のその動き見とったら安心してあんたに命預けられへんってやつもでてくるんちゃいまっか?」
―― 硬質な衝撃音と共に、パイプ椅子が床を転がった。
立ち上がったのは、猛派筆頭の小野原千里。歯を食いしばり、目が血走っている。
「……おい、てめぇ。さっきからしゃりしゃりと後藤やと? 誰の名前だしてんだ? あ?」
才は首だけで小野原を見るが、微笑は崩さない。その横で堂島も立ち上がる。
「お前……勘違いしとんな。ここはお前の通ってるおぼっちゃん学園ちゃうねんぞ、才。西成や。舐めた口きいて帰れる場所や思うなよ」
「おぉ……こわ。どうしたん、そんな顔して。家族の話”が地雷やった? 悪いな、気ぃ遣えんタイプで」
小野原が一歩踏み出す。壁を蹴るようにして、才との距離を詰める。
「うっさいねん。舐め腐った口で“猛さん”の名、二度と出すなや――カスが」
才は鼻で笑った。
「 “猛さん”言うてもうてるやん、ほら。“兄貴想い”出とる出とる。ええねぇ、ええドラマやわ。お前、演技指導いらんやろ?」
堂島大吾のこめかみに血管が浮く。
「お前、どこまで調子乗っとんねん。頭ん中ええ感じで腐っとるわ。ぶち割って中見よか?」
才の取り巻きも立ちあがる。空気がバチバチに焼ける。
「ええ、ええ。座っとってや。小野原くん堂島くんはカルシウム足りてへんだけやから」
小野原のこめかみの血管が膨張する。
「ええか、才。こっちからすりゃ、お前みたいな小賢しいガキに、闇天狗の看板背負われるんが一番腹立つんじゃ。泥で塗ったら、殺される覚悟持っとけ」
才の目の奥が、わずかに光る。
「おぉ……こっわ。でもな――そういうのが、俺、好きやねん。血の通った怒り。生きてる証やん?」
薄ら笑いを浮かべ才は、ゆっくり立ち上がり特攻服の裾を整える。
「せやけど……どっちが看板汚してんのか。――答え合わせ、そろそろやな」
才は振り返らず、背を向ける。
「ほな。いつまでもこんなしみったれたとこおってもしゃあない……“弟思いの兄貴”の答え、楽しみにしてるで」
閉まるドア。小野原の拳が、無言のままブルブル震えている。猛は動かない。ただ、煙草の火が消えかけてることにも気づかず、目を閉じていた。去っていく才の背中を、幹部たちは誰も追わない。ただ猛だけが、吸い殻の火が消えるまで握り締めていた。




