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血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
第1部 一章 西成第一中学
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脅威

朝の天王寺学院。

西成から一つ道路を挟むだけでここは何もかも違う別世界。緑に囲まれた校門をくぐる高校生たちの中で、一際目立つ白い光をまとって歩く一人の生徒がいた。


――神谷 才。


白銀のロン毛。細面の顔、肌はまるで発光するような白さ。制服のネクタイもピシッと整え、背筋は常に真っ直ぐ。彼が教室に入ると空気が変わる。


「おはよう、神谷くん。ノートみせてもらえない?」


周囲の生徒たちは、彼に近づくとき少し緊張していた。それは「人気」や「畏敬」じゃなく――本能的な“畏れ”だった。才は笑う。常に完璧な笑顔で、口調も丁寧。


「全然ええよ〜、僕のノートでよかったら使ってや。……でも、間違ってたらゴメンな?」


どこまでも柔らかく優しい声。でも、なぜか聞いてる側の背筋がぞくりとする。その“優しさ”の裏に、別のものが透けて見えるから。――昼休み。才は屋上に一人で座っていた。


「ホンマつまらんカスだらけやで……。同じような人種しかおらん」


呟きながら、スマホに目を落とす。画面には、ライゼルトップスの武市長男からの報告。


「ブツ、また売れました。次いつですか?」


才は笑った。さっきまで「優等生」だったその顔が、一気に“別人”に変わる。


「チョロすぎやろ、このアホ。落伍者ども……リスクを計算する頭もなく金だけ数えとる」


ポケットから取り出した小瓶の中には、西成を拠点とする暴力団南雲一家から流れてきた合成ドラッグの新型カプセル。依存性が高く、一度ハマれば抜け出せない。


才は一人で肩を大きく揺らし隠すこともなく笑った。風が吹く中、才は紫のバンダナを指先でいじる。ライゼルトップスの象徴。――だが、彼にとってはただの“操り人形の印”だった。



その夜、御堂筋を走る黒塗りの車の中で才は後部座席に座っていた。運ばれてきた新しいブツの確認。中身を確かめて、口の端を吊り上げた。


「そろってきたで。……ほな、そろそろこれで、始めよか」


助手席の男が聞く。


「ぼっちゃん、次の狙いは?」


才はその問いに、悪びれもなく即答する。


「こいつ使って後藤兄弟追い出すで 」


目の奥が冷たい。笑ってるのに、吐く言葉が全部、刃物。


「後藤猛はもうおしまいや。弟は新入りに負けて一中で立場無くしとる」


才の口端が、せり上がる。笑いを抑えきれずに痙攣した。

それは、長年待ち望んだ結末を今まさに舌の上で転がしているような、甘美でどす黒い悦楽。


「その上、自分の地元が、弟ごとしょうもないチンピラギャングにやられたとなったら、あいつのチームでの信頼はガタ落ちや。俺が闇天狗を手に入れるのも時間の問題やで」


助手席の男があとに続けて言う。


「ですが、ぼっちゃん。なぜそこまでしてガキの族の頭になんかこだわるんです? 親父さんに相談すれば一発では?」


「あほぅ、そんな強引なやり方しても意味ないんや」


才は窓の外、西成の空に立ち昇る排気ガスの煙を、愛おしそうに眺めた。


「『依存』させるんや」


才はニタニタしながら言った。


「ゆっくりじっくり心酔されなあかん。こいつと一緒や。『持ってない』奴ほど何かにすがる」


運転席の男は、バックミラー越しに才を見た。


小瓶をゆらゆらと手のひらで遊ばせる。子どもが玩具を手に入れた様に。


この少年は、本気でーーあるいは、自分がどう見えているかを計算し尽くしているようだった。

男は背中に、得体の知れない寒気が走るのを感じた。


神谷才は、二つの顔を持っていた。ひとつは、完璧すぎる天才。もうひとつは、笑いながら人を地獄に突き落とす処刑人。

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