一家
それから数日が過ぎた。
奇妙な習慣ができあがっていた。
グラウンドの自動販売機前。京志、春也、間柴の三人が座るベンチ。
そして、そこから必ず数メートル離れた場所に、竜がいる。
竜は決してベンチには座らない。
会話にも混ざらない。
ただ、まるで地縛霊のように、その場にへばりついているだけだ。
傷口が塞がる前のかさぶたのような、痒くて、痛々しい沈黙だけが、四人の間には流れていた。
ただいつもと違うのは、後ろから一中の連中が寄ってくる。
中心にいるのは江藤、いつものイキった様子ではない。
春也が口を開く。
「……なんや、江藤。また数頼みで喧嘩売りに来たんか?」
春也が少し首を傾げて笑う。だが、その目は笑っていない。
江藤たちが何か言い淀んでいるのを見て、春也はため息交じりに核心を突いた。
「お前らどうせ、闇天狗の追い込みがこれからきつくなること予想してんねやろ?」
図星を突かれた江藤の肩が、揺れた。
春也は、ベンチにもたれて冷ややかに続ける。
「竜が負けた。……兄貴の猛が黙ってるわけないわな。これから一中への締め付けはもっとエグなる。お前らみたいな中途半端なんは、真っ先に狩られる対象や」
江藤たちは視線を泳がせた。
否定できない。その恐怖こそが、彼らをここまで動かした原動力だった。
頭を下げてでも、強固なシェルターに入り込みたい――その必死な計算が、透けて見えていた。
「……いや。ただ……春也、あの時は、すまんかった」
江藤が絞り出すように言う。謝罪の言葉だが、その響きは「命乞い」に近い。
「……別に、俺がやられたんは、俺が弱かったからや」
春也の少しの笑みに、ほっとするのも束の間、その視線は春也ではなく、その後ろで無造作に座る「狂犬」後藤竜に向けられていた。
「俺らも、入らせてくれへんか」
江藤の後ろで俯いていた川上が言った。その声は、絞り出された微かな震えを伴っている。
「“京志一家”……。あんたらの喧嘩見て、なんつーか。……このままじゃ、アカンと思ったんや」
憧れか、切実さか、とにかく圧倒的な力を持つ京志に対する生存本能が彼らを突き動かしている。
「一家ぁ? 勝手に名前つけんな。みっともなくヘラヘラしやがって」
少し離れた場所で竜が立ち上がり、こちらに一歩踏み出す。
川上たちの肩がビクリと跳ねた。無意識に一歩下がる足音。刻まれた恐怖の記憶が、彼らの身体を支配している。
竜はそれを逃さず、鼻で笑った。
「……チッ、お前ら。無理してここに居らんでええぞ」
氷のような一言に、場の空気が一瞬で凍りつく。
竜自身もわかっていた。こいつらが怯えているのは、自分の背後にある「兄」の影だ。その影から逃れるために、自分を倒した京志を利用しようとしていることも。
その浅ましさに軽蔑を感じながらも、自分もそうなのかもしれないと思うと、拳が微かに震える。
そんな竜を気にしつつも江藤は引かない。引けば、外にはもっと恐ろしい「現実」が待っているからだ。逃げられないこの街の一つのしがらみ。
「京志さん。……あんたはどうなんや」
視線の先で、京志は一度も彼らと目を合わせなかった。
錆びついた手すりに背を預け、遠くの夕陽、その届かない高みを見上げている。
自分を利用しに来た連中。保身のために集まってきた有象無象。
だが、京志にとってそれは、拒絶する理由にはならなかった。
「ここは誰のもんでもないやろ」
突き放すような低い声。
お前らが俺を盾にしようが、どうしようが勝手にしろ――そんな冷めた許容だった。
「敬語はやめろ。……調子狂う」
京志はそれだけ言うと、飲み干した缶をゴミ箱へ放り投げた。綺麗な放物線を描いた空き缶が、鈍い音を立てて落ちる。
和解も、握手もない。あるのは、互いの生存のための「利用価値」と、わずかな打算。
だが、その不協和音こそが、泥濘の底で産み落とされた、剥き出しの「共生」の始まりだった。




