洗礼
――昼休み。何も言わずに弁当を食う京志に、誰も話しかけようとはしない。ただ、数人の生徒が、京志に鋭い視線を投げながらヒソヒソと春也に耳打ちしていた。
チャイムが鳴ると同時に、京志は一人で帰路についた。学校の門を出て少し歩いたところで――
背後から、ぞろぞろと足音。振り向かなくても分かる。五人。
前に立つのは春也。その背後に、仲間たち。
眉毛のない川上がガムをくちゃくちゃと噛みながら言う。
「おお、なんかやたら眩しい思たら、よそもんがおるやんけ。どこのお坊ちゃんか知らんけど、観光気分か」
粘つくような声が鼓膜を打つ。視界の端に映ったのは、安っぽいジャージと、手入れされていない虫歯だらけの口元だけだ。
だが、京志は足を止めない。
「無視かコラア!!」
罵声が背中にぶつかる。それでも京志は歩速を変えず、低く吐き捨てた。
「……何が言いたいねん」
京志の声は低い。だが、春也はまったく怯えない。むしろ楽しそうに口元を歪める。
「予防接種みたいなもんや。卒業まで震えて過ごしたないやろ?」
下卑た笑い声が四方から降り注ぐ。脅威は死角にあった。背後の空気が、ふいに質量を変える。振り返るまでもない。マスクの男が、今まさに背中へ肉薄していた。
京志の脊髄に焼き付けられた回路が、勝手に火を噴く。
(――踏み込みが浅い)
脳内で、あの男の冷徹な声が響いた気がした。
京志の意志とは無関係に、身体が最適解をなぞる。
半歩前へ。首を掴み、引き寄せるのと同時に、鋭角に突き上げた膝。
それは、何度も何度も吐くまで繰り返させられた、父の「作品」そのものだった。
肉が内側へ食い込む感触。
その嫌な柔らかさが、膝から全身に走る。
「……っ、げほっ、ぐぅ……!」
一撃。――男の口から白いものが飛んだ。
京志は、自分の膝を見下ろした。
完璧なタイミング。完璧な角度。
そこに高揚感など微塵もない。
染み付いたその「機能美」が、京志の胃液を逆流させる。
「......ウッ」
再び周囲がざわめいた瞬間、京志は込み上げるどす黒い吐き気を無理やり飲み込み、静かに春也に目を向けた。
春也が眉を上げる。その目にかすかな笑い。他の少年が狼狽する中、春也だけは違った。
「へぇ――」
遠くの路地裏で、ゴミを漁るカラスの羽音が、不自然なほど大きく響いた。




