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血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
第1部 一章 西成第一中学
2/95

洗礼

――昼休み。何も言わずに弁当を食う京志に、誰も話しかけようとはしない。ただ、数人の生徒が、京志に鋭い視線を投げながらヒソヒソと春也に耳打ちしていた。


チャイムが鳴ると同時に、京志は一人で帰路についた。学校の門を出て少し歩いたところで――


背後から、ぞろぞろと足音。振り向かなくても分かる。五人。

前に立つのは春也。その背後に、仲間たち。

眉毛のない川上がガムをくちゃくちゃと噛みながら言う。


「おお、なんかやたら眩しい思たら、よそもんがおるやんけ。どこのお坊ちゃんか知らんけど、観光気分か」


粘つくような声が鼓膜を打つ。視界の端に映ったのは、安っぽいジャージと、手入れされていない虫歯だらけの口元だけだ。


だが、京志は足を止めない。


「無視かコラア!!」


罵声が背中にぶつかる。それでも京志は歩速を変えず、低く吐き捨てた。


「……何が言いたいねん」


京志の声は低い。だが、春也はまったく怯えない。むしろ楽しそうに口元を歪める。


「予防接種みたいなもんや。卒業まで震えて過ごしたないやろ?」


下卑た笑い声が四方から降り注ぐ。脅威は死角にあった。背後の空気が、ふいに質量を変える。振り返るまでもない。マスクの男が、今まさに背中へ肉薄していた。


京志の脊髄に焼き付けられた回路が、勝手に火を噴く。


(――踏み込みが浅い)


脳内で、あの男の冷徹な声が響いた気がした。

京志の意志とは無関係に、身体が最適解をなぞる。

半歩前へ。首を掴み、引き寄せるのと同時に、鋭角に突き上げた膝。


それは、何度も何度も吐くまで繰り返させられた、父の「作品」そのものだった。


肉が内側へ食い込む感触。

その嫌な柔らかさが、膝から全身に走る。

 

「……っ、げほっ、ぐぅ……!」


一撃。――男の口から白いものが飛んだ。

 

京志は、自分の膝を見下ろした。

完璧なタイミング。完璧な角度。

 

そこに高揚感など微塵もない。

染み付いたその「機能美」が、京志の胃液を逆流させる。


「......ウッ」


再び周囲がざわめいた瞬間、京志は込み上げるどす黒い吐き気を無理やり飲み込み、静かに春也に目を向けた。


春也が眉を上げる。その目にかすかな笑い。他の少年が狼狽する中、春也だけは違った。


「へぇ――」


遠くの路地裏で、ゴミを漁るカラスの羽音が、不自然なほど大きく響いた。

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