後悔
夜、誰もいないと思っていたいつもの場所に、竜がひとり、ぼんやり立っていた。
そこへ、足音。間柴が手をポケットに突っ込んだまま、近づいてくる。
「……お前、最近ようここ来るな」
竜は振り返らない。ただ一口、コーヒーを飲む音だけ。
「ガキの頃、よう逃げとった場所に似とる」
間柴はその言葉に少し目を細めて、竜の隣に立った。風がフェンスを鳴らす。
「お前……あの喧嘩からなんか変わったな」
竜は何も言わない。だが、反応はしている。
「前は、“暴れるために暴れる”って感じやった。けどあのときは……なんちゅうか、“逃げへん”って顔しとった」
竜の手が少しだけ震える。
間柴は、目線をフェンスの先に向けたまま、ゆっくり言葉を続けた。
「……ずっとお前に対して後ろめたかった」
「は?」
「施設んとき。お前、あのとき大人に目ぇつけられて、毎日シバかれてたやろ。でも俺、止められんかった……怖かったんや。ほんまは助けたかった、けど身体が動かんかった」
竜の眉がピクリと動く。けど、言葉は返ってこない。
「ずっと情けなかったわ。どっかで仕方ないやんけ。俺のせいやないって言い訳しとった」
間柴は、苦笑した。
「せやけど、あの加賀谷との喧嘩……お前は、怖さに向きあって、自分の足で立とうとしてた」
竜は、俯いたまま。
「だから……俺も」
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるように静かで、でもどこまでも本音だった。
竜はようやく口を開いた。
「間柴、お前あのとき助けんかったん、気にしてたんか」
間柴は応えない。
ただ、錆びついたフェンスに置かれた分厚い拳が、微かに震え、それからゆっくりと力を失っていく。
二人の視線の先には、ひしゃげたトタン屋根と無数の電線が複雑に絡み合う、灰色の街並みが広がっている。
「相変わらず暗いやつやで」
それきり、会話は途絶えた。
吹き抜ける風が、鼻をつく酸化した油の匂いを運んでくる。隣に立つ男の影が、自分の影と重なり合い、西成の暗がりに溶け込んでいく。
今は、それだけで十分だった。




