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血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
第1部 一章 西成第一中学
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後悔

夜、誰もいないと思っていたいつもの場所に、竜がひとり、ぼんやり立っていた。

そこへ、足音。間柴が手をポケットに突っ込んだまま、近づいてくる。


「……お前、最近ようここ来るな」


竜は振り返らない。ただ一口、コーヒーを飲む音だけ。


「ガキの頃、よう逃げとった場所に似とる」


間柴はその言葉に少し目を細めて、竜の隣に立った。風がフェンスを鳴らす。


「お前……あの喧嘩からなんか変わったな」


竜は何も言わない。だが、反応はしている。


「前は、“暴れるために暴れる”って感じやった。けどあのときは……なんちゅうか、“逃げへん”って顔しとった」 


竜の手が少しだけ震える。

間柴は、目線をフェンスの先に向けたまま、ゆっくり言葉を続けた。


「……ずっとお前に対して後ろめたかった」


「は?」


「施設んとき。お前、あのとき大人に目ぇつけられて、毎日シバかれてたやろ。でも俺、止められんかった……怖かったんや。ほんまは助けたかった、けど身体が動かんかった」


竜の眉がピクリと動く。けど、言葉は返ってこない。


「ずっと情けなかったわ。どっかで仕方ないやんけ。俺のせいやないって言い訳しとった」

 

間柴は、苦笑した。


「せやけど、あの加賀谷との喧嘩……お前は、怖さに向きあって、自分の足で立とうとしてた」

 

竜は、俯いたまま。


「だから……俺も」

 

その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるように静かで、でもどこまでも本音だった。


竜はようやく口を開いた。


「間柴、お前あのとき助けんかったん、気にしてたんか」

 

間柴は応えない。

ただ、錆びついたフェンスに置かれた分厚い拳が、微かに震え、それからゆっくりと力を失っていく。

 

二人の視線の先には、ひしゃげたトタン屋根と無数の電線が複雑に絡み合う、灰色の街並みが広がっている。

 

「相変わらず暗いやつやで」

 

それきり、会話は途絶えた。

 

吹き抜ける風が、鼻をつく酸化した油の匂いを運んでくる。隣に立つ男の影が、自分の影と重なり合い、西成の暗がりに溶け込んでいく。


今は、それだけで十分だった。

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