野良
数日経った夕暮れのグラウンド裏。校舎の影が長く伸び、少し肌寒さも感じる時間帯。
京志と春也が並んでベンチに座っていた。春也は缶コーヒーを、京志は麦茶のペットボトルを静かに飲んでいる。しばらく沈黙が続いてから、春也がぽつりと呟く。
「あいつ、闇天狗の集会バックれてるらしいで」
京志は答えない。ただ、うっすらと目を細める。
「お前なんで最後までやれへんかってん?」
「……さぁな」
京志は持っていた麦茶を静かに飲み干した。
春也が続ける。
「あいつ、今までみたいに暴れとっただけやなく、苦しんどったようにも見えたわ」
京志は横目で一瞬春也を見て、また地面に視線を戻した。拳は落ち着きなく手のひらを打ち鳴らしている。
その時、背後から足音。
振り返ると、包帯ぐるぐる巻きの竜が、手にコンビニの袋ぶら下げて立っていた。
「……勝手なこというなや」
そこに立っていたのは、あの惨状をそのまま引きずった竜だった。
制服は裂け、右腕は力なく垂れ下がっている。顔面の腫れはひどくなり、片目はほとんど塞がっていた。
「おったんか」
春也が息を呑む。竜は京志と目を合わせることすらできず、ベンチから数メートル離れた場所で力なく立ち尽くした。足元には、道中で買ったのだろうか、泥のついた缶コーヒーが一本だけ転がっている。
「……お前に情けかけられたせいで、俺はもう、兄貴のところへは帰れん」
竜の声は、枯れた木の枝が擦れるように震えていた。
「戻ればええ。戻って、また殴られとけ」
京志は視線すら向けない。突き放すような言葉。
「俺には関係あらへん。……ただ、次俺の前にその面見せるときは、自分の足で立て」
まるで、自分の中に巣食う“父”に唾を吐きかけるように、京志は言った。
吹っ切るように立ち上がり、竜の横を無造作に通り過ぎる。その際、わざとぶつかるように竜の肩を突いた。
竜の身体は、耐える力もなく地面に崩れ落ちた。土を掴む指が小刻みに震える。
京志が去った後のベンチには、飲み干され、へこんだ麦茶のペットボトルだけが残されていた。
竜は膝をついたまま、その空っぽのボトルをじっと見つめた。ただ、ラベルも剥がされ、中身も空になりながら、それでも自立しているそのプラスチックの塊が、今の自分には到底手の届かない「意志」の象徴に見えた。
春也が黙って、自分の缶コーヒーを竜の傍らに置く。
竜は震える手でそれを掴もうとしたが、指に力が入らず、コーヒーはコンクリートの上に転がり落ちた。
カラン、という虚しい音。溢れ出した黒い液体が、夕闇に溶けていく。
竜はコーヒーのシミを見つめたまま、喉の奥で、ひゅう、と空気が漏れるような音を立てて笑った。
泣いているのか、笑っているのかも分からない。
「……最悪やな、この街は」
遠くで、闇天狗のバイクの爆音が聞こえ始める。
京志の歩いていった方向とは逆、夜の深淵から、兄・猛の影が近づいてくる予感に、竜の身体は激しく拒絶反応を示していた。




