表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血環 ー大阪・西成、裏社会と少年たちー  作者: 京田 学
第1部 一章 西成第一中学
17/88

野良

数日経った夕暮れのグラウンド裏。校舎の影が長く伸び、少し肌寒さも感じる時間帯。


京志と春也が並んでベンチに座っていた。春也は缶コーヒーを、京志は麦茶のペットボトルを静かに飲んでいる。しばらく沈黙が続いてから、春也がぽつりと呟く。


「あいつ、闇天狗の集会バックれてるらしいで」


京志は答えない。ただ、うっすらと目を細める。


「お前なんで最後までやれへんかってん?」


「……さぁな」


京志は持っていた麦茶を静かに飲み干した。

春也が続ける。


「あいつ、今までみたいに暴れとっただけやなく、苦しんどったようにも見えたわ」


京志は横目で一瞬春也を見て、また地面に視線を戻した。拳は落ち着きなく手のひらを打ち鳴らしている。


その時、背後から足音。


振り返ると、包帯ぐるぐる巻きの竜が、手にコンビニの袋ぶら下げて立っていた。


「……勝手なこというなや」


そこに立っていたのは、あの惨状をそのまま引きずった竜だった。


制服は裂け、右腕は力なく垂れ下がっている。顔面の腫れはひどくなり、片目はほとんど塞がっていた。


「おったんか」


春也が息を呑む。竜は京志と目を合わせることすらできず、ベンチから数メートル離れた場所で力なく立ち尽くした。足元には、道中で買ったのだろうか、泥のついた缶コーヒーが一本だけ転がっている。


「……お前に情けかけられたせいで、俺はもう、兄貴のところへは帰れん」


竜の声は、枯れた木の枝が擦れるように震えていた。


「戻ればええ。戻って、また殴られとけ」


京志は視線すら向けない。突き放すような言葉。


「俺には関係あらへん。……ただ、次俺の前にその面見せるときは、自分の足で立て」

 

まるで、自分の中に巣食う“父”に唾を吐きかけるように、京志は言った。


吹っ切るように立ち上がり、竜の横を無造作に通り過ぎる。その際、わざとぶつかるように竜の肩を突いた。

竜の身体は、耐える力もなく地面に崩れ落ちた。土を掴む指が小刻みに震える。

 

京志が去った後のベンチには、飲み干され、へこんだ麦茶のペットボトルだけが残されていた。


竜は膝をついたまま、その空っぽのボトルをじっと見つめた。ただ、ラベルも剥がされ、中身も空になりながら、それでも自立しているそのプラスチックの塊が、今の自分には到底手の届かない「意志」の象徴に見えた。


春也が黙って、自分の缶コーヒーを竜の傍らに置く。

竜は震える手でそれを掴もうとしたが、指に力が入らず、コーヒーはコンクリートの上に転がり落ちた。

カラン、という虚しい音。溢れ出した黒い液体が、夕闇に溶けていく。


竜はコーヒーのシミを見つめたまま、喉の奥で、ひゅう、と空気が漏れるような音を立てて笑った。

泣いているのか、笑っているのかも分からない。


「……最悪やな、この街は」


遠くで、闇天狗のバイクの爆音が聞こえ始める。

京志の歩いていった方向とは逆、夜の深淵から、兄・猛の影が近づいてくる予感に、竜の身体は激しく拒絶反応を示していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ