慈善
――その夜、集合住宅の屋上。間柴は一歩、また一歩と近づいて、竜に語りかけた。
「久しぶりやな」
返事はない。ただ風に髪をなびかせている。
沈黙が数秒――いや、数十秒。
次の瞬間、無言で振り返った。その目は、昼間と変わらずギラついている。
「何の用や」
低い声。刺すような口調。
「ここ来そうな気ぃしてな。飯、余ったから持ってきただけや」
パンの袋を軽く放り投げる。足元に落ちた。竜は拾わず、無言で見下ろす。
「……施しか?」
「ただのメシや」
「持って帰れ。俺は犬やあらへん」
その目は、怒りか悲しみ獣の光が宿っている。間柴はまっすぐ受け止めて言う。
「……お前、変わったな。昔は……もっと怯えたような目しとった」
竜は鼻で笑った。
「アホか。昔の話なんか、今さら持ち出すなや」
「すまん」
「謝るな。気色悪い。お前みたいなヤツが素直に“悪い”思うた時点で、おしまいや」
間柴は黙って、竜の腫れ上がった顔と拳に視線を落とす。
「加賀谷とやったんやろ」
「見たらわかるやろ。骨ぐらい折れとっても、歩けりゃそれでええ」
「 “歩けりゃええ”、か。昔からそう言うて、無理してたよな」
――竜の表情が、ほんの一瞬、硬直する。だがすぐに鋭い目でにらみ返す。
「さっきからなんや。昔の俺を語るな。何も知らんくせに」
「知ってるつもりはない。……ただ……、ただ見てただけや」
風が吹いた。制服のすそが、ばさばさ揺れる。竜は一歩だけ間柴に近づいて、低く囁く。
「……あの時、止められたよな。お前」
沈黙。何も言わず、それが全てを語る。竜はそっぽを向いて、再び金網にもたれた。
「……お前はそれでええ。俺は、もう戻られへん。どっちみち木曜までにあいつをやらな俺は……」
震えを隠すように夜のチャイムが響き渡る。間柴は静かに踵を返す。背を向けたまま呟く。
「……お前が折れるとこ、見たないねん」
竜は何も返さない。ただ――足元のパンの袋を、無言で拾い上げて、ポケットにねじ込んだ。




