命令
裸電球の灯りだけが照らすコンクリ打ちっぱなしの空間。毎週木曜の定例会、闇天狗の幹部らが黙って席につく。
席の中央には、後藤猛。そして、隣にはその弟、後藤竜が無言で座っている。
場の空気を破ったのは、いつものように飄々とした調子の神谷才だった。
「どーもどーも、おつかれさまですわ。いや〜、この季節は花粉があかんわぁ。なんか目ぇかいぃてしゃーない」
誰も反応しない。才だけが楽しそうにひとりしゃべる。
「そんでや――加賀谷慎吾て知ってまっか? あの伝説のムエタイの。あれの息子が、今西成に戻ってきとるんやってな」
突然の問いかけに、空気がわずかに揺れる。
「ま、知らんやつもおるやろ――」
口元に笑みを浮かべながらも、目は周囲の反応をしっかり観察している。
「—―あの伝説は、闇天狗の“はじまり”や」
才がわざとらしく指を立てて笑う。
「うちらの初代。加賀谷慎吾。その息子が、今――西成一中におる」
淀んだ空気に、劇薬が滴り落ちたかのような波紋が広がった。
広がるざわめきを深く味わい、才は満足げに、少し離れた位置にいる竜へと視線を流した。
「京志っちゅう名前やそうや。ちょっと話題になっとるで?」
竜は内心驚きながらも、反応を見せないようにした。ただ黙って聞いている。
「で――その“はじまりの血”に、一中の看板、取られたりせんわなまさか?」
周囲の空気がまた重くなる。才は薄く笑ったまま、テーブルをトントンと叩いた。
「いやな、これ別に責めとるわけちゃうんやで? ただ、今うちは次期総長を選ぶセンシティブな時期や。誰がこの“地”まとめんのか――ごつい看板や、そらぁ当然見られとる。……このタイミングで初代の息子が、なぜか戻ってきた……しかも、うちの幹部の弟がいるガッコに通っとるとなったらな……」
今度は猛の方をちらりと見やる。
「一中はあんたの地盤やろ。アガリだけでもそこそこのもんや。なぁ……猛はん」
猛は何も言わず、目を細めるだけだった。才はその反応に、満足げに笑い立ち上がる。
「まぁ、猛はんが頭になろうと、わいがなろうと、誰がなってもええ思てますけどな。俺らに上も下もない、俺らは形だけや」
才はヘラヘラした顔を一瞬尖らせた
「――せやけどな、わいは負け犬の看板担ぐんは、我慢ならんねん」
その瞳から一切の光が消える。
猛の喉元を直接抉り出すような殺気が、室内の温度を一気に氷点下まで叩き落とした。
「死んだ総長もきっとあの世で頷いてくれてますわ」
間を置いて、複雑な感情を浮かべる幹部達の顔を見回した後、才は再びふっと顔を崩した。
「あ、死んでへんかったわ」
一人乾いた音を吐き出して満足そうに大袈裟に笑う。
それだけ言って、才は軽く手を振りながら出口に向かった。
「ほな、頼みまっせ。こっちは、また稼いできますわ」
才が去ったあと、しばらく沈黙が流れる。その空気を破ったのは、竜だった。
「……兄貴」
猛は煙草に火をつけたまま、何も言わない。
じりじりと紙の焼ける音だけが、やけに鮮明に響く。灰が短く折れ、床に落ちるまでの空白。
やがて、猛は一言だけ落とした。
「明日や……」
竜はその言葉に、小さく頷いた。




