閑話 サナという少女
――銀髪赤目。
子供のくせに老婆のような髪だ、とか。まるで血を啜ったかのような瞳だ、とか。そんなことばかり言われてきた。
でも、しょうがないと思う。
人とは違うことを自分でも分かっていた。
たぶん、こんな見た目を嫌って、両親も私を捨てたのだ。
だから村の人たちから忌み嫌われ、虐められるのも当然だと思っていた。……自分だって、きっと彼らの立場なら同じ行動をしただろうから。
別に村の人を許したわけではない。
絶対に許すことは無いと思う。
でも、私は諦めていたのだ。どうせ何を言っても無駄だし、どんな行動をしたところで彼らが私を見直すことはないのだから。
私は、人間がそういうものであるということを知っていた。
……それに。
彼がいれば、他の人なんてどうでも良かった。
ニキ。
名字はない。私は聖剣に選ばれたときに大層な名字を与えられたけれど、ニキは自称『村人』なので名字すらなかったのだ。小さな村にそんなものは必要ないから。強いて言うなら『大樹の近くの家のニキ』とかそんな感じ。
まぁ、それはどうでもいい。結婚したら私の大層な名字を一緒に名乗ることになるのだから些細な問題だ。二人で名字を決めて新しい『家』を作るのもいいかもしれない。
そう。私はニキがいい。
ニキ以外の人間なんて、考えたことすらない。
彼は、彼だけは、幼い頃からずっと側にいてくれた。いつも私を庇ってくれた。私と一緒に遊んでくれたし、親がいなかった私に色々なことを教えてくれた。私の銀髪を褒めてくれたし、私の瞳が綺麗だと言ってくれた。いつだって、何度だって私を助けてくれた。
ニキさえいれば、それでいい。人類なんて滅んでもいいし、世界がどうなろうと知ったことではない。
ただ、人類が滅んだらニキが悲しむと思う。
世界が滅んだらニキも消えてしまうかもしれない。
だから私は、聖剣に選ばれた者として、魔王を倒すことにしたのだ。
あのとき。聖剣に選ばれたと知っても嬉しさはなかった。私なんて勇者と呼ばれるような人間じゃなかったし、なによりもニキと別れて旅に出なければいけないことが嫌だった。
でも、私と一緒にいるせいでニキも村人たちから疎まれるようになってきていて。一旦距離を取らなければニキに迷惑が掛かってしまうし、丁度いい機会だったのだ。
そうして旅立ちの日。
「――サナは村の誇りだ」
「――頑張って魔王を倒してね」
今までの行いを忘れたかのような見送りをする村人の中に……ニキの姿はなかった。
怒ってしまっただろうか? 旅立つことはニキに相談せずに決めてしまったから。
私はニキを怒らせてしまったことがない。いつも、いつも、ニキは優しく受け止めてくれたし、私が何か間違えたときも静かに諭してくれたからだ。
そんなニキが怒ってしまったら……どうなるだろう?
怒鳴られる?
ぶたれる?
いや、ニキは絶対そんなことはしない。静かに怒り、静かに距離を取る。他の村人たちにはそんな感じだった。
だから、私の場合も、きっとニキは静かに離れて行ってしまって……。
――もう二度とニキと会えないかもしれない。
会えたとしても、冷たくあしらわれてしまうかもしれない。
その可能性に思い至ったとき、私は怖くて怖くてしょうがなくなった。勇者に選ばれたときも、魔王との戦いのために旅立つと決めたときも、ちっとも怖くはなかったというのに……。
――もういいや。
人類なんてどうでもいい。
世界なんてどうなってもいい。
すぐにニキを探して、謝ろう。旅立ちなんてやめて、ずっとニキと一緒にいよう。
村人は邪魔をするかもしれない。
王都の連中も邪魔をするかもしれない。
でも、問題ない。
そんな奴ら、全部消しちゃえば――
「――待って! サナ!」
息を切らせながら。
私の元へやって来てくれたのは、もちろんニキ。
分厚い生地で作られた服に、背中に背負ったリュック。
あきらかに旅装。明らかに旅立ちの姿だ。
まさか。
胸の鼓動を必死に押さえつけながら、私は彼に問いかけた。
「ニキ、どうしたの?」
「うん。迷惑じゃなければ、僕もサナについていこうと思って」
「……そう」
自分でも、なんとも素っ気ない反応だったと思う。でもしょうがない。私はそもそも笑い方なんて知らないのだから。
でも、嬉しいのは事実だ。
喜んでいるのは本当だ。
もう逃がさないと心に決めた。
だから私は必死に笑顔を作った。たぶんぎこちなくて、また勘違いされて、変な風に誤解されてしまいそうな表情かもしれなかったけど……今の私にできうる限りの笑顔を浮かべてみたのだ。
「――ありがとう、ニキ。これからもよろしく。ずっと、ずっとね」




