閑話 魔王、立つ
「――魔王様! 勇者です! 勇者の魔力を感知! まっすぐ魔王城へと向かってきます!」
飛び込んできたその報告に、魔王の執務室で仕事に当たっていた官僚たちは大混乱に包み込まれた。
「な、なぜいきなり勇者が!?」
「真っ直ぐこちらへだと!? まずは残りの四天王を攻めるものではないのか!?」
「すぐにフィーナ様に増援要請を!」
「しかし、ここでお二人が領地から離れると――」
慌てふためく部下たちを落ち着かせるように、魔王は何度か手を打ち鳴らした。
「四天王は各々の城に待機。ここは私が勇者を迎え撃とう」
「魔王様!?」
「しかし、危険すぎます!」
「せめてトラップの設置まで時間稼ぎを!」
魔王城も行政機関としての役割を持っているので、普段はトラップの類いを取り外しているのだ。通例であれば勇者が王都から出たことを斥候の魔族が伝え、それから準備をすれば間に合っていたのだが……。
不安そうな目をする部下たちを安心させるように、魔王が不敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。勇者に対しては切り札がある。むしろ、無理に迎え撃とうとして犠牲が増えることは避けたい。皆は地下に避難してほしい」
「し、しかし、」
「そういうわけにも……」
「――私の言葉が、信じられないのかな?」
魔王が威圧をすると、部下たちは一斉に直立不動の体勢となった。
「いえ! そのようなことは!」
「信じます!」
「すぐに地下へと退避します!」
部下たちが避難したのを確認してから、魔王はゆっくりと立ち上がり、城の闘技場を目指した。
ここで歴代の魔王であれば玉座での戦いを選んだのだろうが、万が一城が崩壊しては地下に逃れた部下たちが生き埋めになってしまうため、闘技場での決戦を選んだのだ。
(なんという濃密な魔力か)
探知魔法を使うまでもなく、『勇者』の接近が手に取るように分かる。
魔王城に向けて突進してきた勇者は城近くで一旦停止し。そのまま、ゆっくりとこちらに向けて歩き始めた。まるで「面倒だから全員出てこい。皆殺しにしてやる」とでも言わんばかりに。
(バケモノめ)
魔族だとか。魔王だとか。よくぞ言ったものだ。人間の準備する勇者こそが魔王と呼ぶに相応しい存在ではないか。
(ニキという男はよくぞあのようなバケモノと共に行動できたものだな……おっと)
戦いの前だというのに、こんなことを考えるとは。いくらこれからニキの模倣をするとはいえ。
あるいは。戦闘能力で言えば魔族の中でも凡庸な魔王は、知らず知らずのうちにニキという少年に共感を覚えていたのかもしれない。
(……私が魔王でなければ)
あるいは、ニキが魔族であったなら。仲良くすることもできたかもしれない。そんなことを考えてしまう魔王だった。
「――やめよう」
感傷的になってもしょうがない。
これから魔王は勇者を殺す。
そうすれば、ニキは魔王を許さないだろう。魔王も、ニキに顔向けできないだろう。
だが、それでもやるのだ。
すべては魔族のために。
人間との戦いに勝利するために。
「――水面よ、望む姿を」
魔王が稟質魔法を発動させる。
その力の一つは、相手が最も望む姿になること。美人が好きならば美人に。美男が好きならば美男に。会いたい人がいるなら、その人に。といった具合に。
そして、もう一つの力は――自ら、好きな姿に変身できるというもの。
今回変わるのは、もちろんニキの姿だ。
身長は低くなり。
肉体も少年のものとなり。
声も、顔つきも、ニキそっくりに変化していく。
その上で先日ニキとやり取りしたことで習得した声音と言動を真似すれば、いくら勇者とはいえ見抜けない擬態となるのだ。
「さぁ来い、勇者。貴様には『愛する者との戦い』という恐怖を与えてやろうではないか」




