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村人Aとヤンデレ勇者(♀)  作者: 九條葉月


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閑話 魔王とニキ・3


 


「何かお探しですか?」


 にっこりと笑う少年、ニキ。


 はて、これはおかしいと魔王は首をかしげた。


 魔王の稟質魔法(リタット)――固有魔法である『水面よ、望む姿を(ナルピオーク)』は確かに発動している。その力の一つは、相手が望む姿を自動で判別、魔王の見た目がそうであると誤認させるというものだ。


 たとえば美女が好きであれば美女の姿に。美男子が好きなら美男子の姿に。亡くなった人に会いたいなら、その姿に。


 老いも若いも、細身も筋肉美も、羨望も後悔も。相手が最も好む姿に変わるのだ。


 とはいえ実際に姿が変わっているわけではなく、認識が変化しているだけなので触れられたりすると露見してしまうのだが……。効果は確かなはずだ。今も、魔王の姿はニキが最も好む姿に変わっているはず。


 だというのに、ニキは動揺するどころか、驚く姿すら見せなかった。自分の望みそのものの存在が現れれば、少しくらい態度に出てもいいはずなのに。……今までの人間も、魔族も、そういう反応をしてきたというのに。


(なんだ、この男は?)


 平然としたニキの様子に、逆に魔王が動揺してしまう。


「……どうかしましたか?」


 そんな魔王を見て、少し訝しげな顔をするニキ。これはマズいと魔王は気を取り直す。せっかく人間の国の奥深くまで潜入したのに、ここで疑われては何の意味もないではないか。下手をすれば鑑定眼(アプレイゼル)を使われてしまう。


「あ、いえ、思ったより若い店主だったので驚いてしまいまして……」


 人気のある店だったり接客が主となる店であれば見目麗しく若い人間を雇うというのは魔王の知識にもあった。


 逆に、こういう寂れた店では店主が接客をしている可能性が高い。それはニキも分かっているのだろう、彼は魔王の言い訳を深く疑うことなく少し申し訳なさそうな顔をした。


「そうでしたか。驚かせてすみません。先代の店主からお店を引き継いだばかりでして」


「いえ、こちらこそ不躾に驚いてしまいまして――」


 謝罪しつつ、不自然ではない範囲でニキを観察する魔王。


 凡人、であると思う。


 魔力量こそ人間の平均より多いが、人の範疇は超えていない。勇者パーティーの魔法使いや魔族に比べれば安心感すらある。


 筋力量も長剣をやっと振れるくらいだろう。重い鎧を纏って動いたり、重量のある武器を使ったりはできないはずだ。


 なによりも、この物腰の柔らかさ。


 意を決していた魔王がつい気を緩めてしまいそうになる、穏やかな笑顔。


(なるほど……勇者パーティーでは折衝役をしていたのだったか)


 過激な言動の多い勇者の代弁者となり、交渉役を担っていたというが。このような人間であればそれも可能であろう。


(そして、勇者が惚れるというのも分かる)


 味方ですら雑に扱い、勇者のくせに殺人も厭わない女。魔王にあがってくる報告書も、ことごとく勇者の異常性と危険性を訴えていた。


 ――人間は、自分にないものを持つ相手に惚れると聞く。


 力に溺れ、力に振り回される勇者だからこそ、このような『平凡』な少年に惚れてしまったのだろう。次々に勇者パーティーから人が逃げ出す中で、最初からずっと一緒にいてくれたのなら尚更だ。


 そんなことを考えながら、魔王は『人間らしい』穏やかな笑みを浮かべた。


「すみません。こちらの店は変わった品を取り扱っていると聞きまして」


「はい、ギルドで買い取らないような素材や、古い魔導具も取り扱っていますよ」


「――では、『魔王の心臓』はありますでしょうか?」


「魔王の心臓、ですか?」


「もちろん、本物の心臓ではありません。そのような名前の付いた宝石です」


「へぇ……。うちの在庫にはないですね。もしかしたら別の商品名かもしれません。特徴などありますでしょうか? お望みでしたら知り合いの宝飾店に確認することも可能ですが」


 ニキの言葉を受け、魔王は親指と人差し指で小石くらいの輪っかを作った。


「はい。大きさはこのくらいで、まるで血を啜ったかのような赤い色をした宝石です。一説には魔王を討伐したあとにドロップする素材であるとか」


「魔王を討伐したときに、ですか……。さすがにそんな貴重なものは無いと思います。真っ赤な宝石であればそこにありますけど……」


 ちらり、と。


 ニキが視線を動かした先にあったのは壁際に備え付けられた木製の棚。その三段目に置いてあったのは――


「――――っ!?」


 驚きは、顔に出なかったと信じたい。


 棚の上に雑に放置されていたのは――まさしく、間違いなく、魔王の心臓であった。


 いわく、魔王を討伐した際のドロップ品。

 いわく、願いを三つまで叶えてくれるという。


 それだけなら素晴らしい素材なのであるが……願いを叶える際の隠れた条件として、願った者の魂を喰らうというものがある。そして喰らった魂が一定数を超えたとき、魔王は再びこの世界に舞い戻ることとなるのだ。


(な、なぜこんなところに魔王の心臓が……!? 歴代の勇者が売りに来たのか!?あるいは勇者関係者……?)


 経緯はとにかく、魔王の心臓だ。


 何代目のものかは分からないが――これを使えば、魔王を復活させることもできるのだ。


 ただでさえ四天王が次々に討伐されている現状、過去の魔王が復活してくれるなら戦況の逆転も可能だろう。


 けれども、ここで食いついては怪しまれると魔王は判断した。『魔王の心臓』だと知られ、国にでも提出されたら一大事だとも。


「こ、これは魔王の心臓ではないですね」


「あぁ、ですよね。こんな棚に放置されているものがそんな大層なものであるはずがないですし」


「そ、そうですそうです、あり得ないです。……しかし、お店に入ってなにも買わないというのもアレですし……この宝石をいただきましょう」


 我ながら上手く人間のフリができたなと魔王が自画自賛していると、


「お売りすることはできません」


「……なぜですか?」


「実は、これは前の店主が個人的に預かっているものでして。商品ではないのですよね」


「そ、そうなのですか。では――」


 前の店主と交渉して、と口にしようとした魔王に被せるようにニキが微笑んだ。


「それと……お恥ずかしいのですが、僕の鑑定眼(アプレイゼル)のレベルが足りなくて、その石はまだ鑑定できていないんですよね。なので、たとえ前の店主が許可を出してもお売りすることは出来ません」


「……持ち主の許可が出ても、ですか?」


「えぇ、ダメです。危険かもしれないものを売るわけにはいきません。おそらく前の店主もそう言うでしょう」


「…………」


 その瞳からうかがえるのは強固な決意。


 これ以上やり取りをしても埒があかないかもしれない。

 穏当にやるなら、持ち主だという前の店主と交渉をするべきだ。


 しかし、そんなことをしていては勇者が戻ってくる可能性がある。そうすれば『魔王の心臓』を手に入れるどころか、逃げることすら叶わないかもしれない。勇者とは直接会ったとこはないはずだが、『勇者』としての能力で魔王だと露見する危険性がある。


(盗むか?)


 あまりやりたくない手だが……と考えた魔王は思い出す。この店の入り口には攻撃用の魔導具が設置されていると。


 魔法で破壊するのは――暴発の危険があるので無理か。

 全力で逃げれば――さすがに雷より早くは動けない。


 ではどうするか?


「…………」


 ここは賭けに出るべきだ、と魔王は判断した。


「売ってください」


「ダメです」


 軟弱そうなくせに意志の強いニキという少年に対して、


「――売れと言っているのです」


 魔王は『威圧』をした。


 威圧(ズウィン)


 魔王固有のスキルであり、本気でやれば四天王すら萎縮させることができるものだ。普通の人間が受ければ動けなくなるどころか錯乱したり呼吸混乱になってもおかしくはない。


 だが、しかし。


「――売れません」


 平然と。威圧を受けながら。それでもニキは断ってみせた。


(……なんだ、この男は?)


 確かに威圧したはずだ。

 絶対的な恐怖が襲いかかったはずだ。

 魔力の低い人間にとっては断れない『命令』となるはずだった。


 ……いいや、勇者であれば耐えてみせるかもしれないが……この男は、凡人だ。命の危険を感じ、頭で考える前に身体が『魔王の心臓』を差し出してもおかしくはないというのに。この男は真っ直ぐと魔王を見据えながら、断ってしまった。威圧に耐えながら。……いいや、耐える様子すら見せないで。


 この男に、恐怖心というものはないのか……?


(なんなのだ!? この男は!?)


 ――恐ろしい。


 魔王は、魔族を統べる王は、確かに恐怖していた。


 何の力もないはずなのに。命の危機すら感じているはずなのに。それでもこの男は平気な顔をしている。赤の他人であるお客様(魔王)のために、売却を断ってみせた。よく分からないものなど売り払ってしまえばいいだけなのに。


 もしや、あれが魔王の心臓だと気づいた?


 ……いいや、そんな感じはない。他人に化けるため、魔王は観察眼を鍛え続けてきたのだ。たとえ初対面の人間であろうとも、嘘やごまかしがあればすぐに察することができる。


 つまり、この男は。本気でお客様のことを考え、どんな危険があるか分からないものは売れないと言っているのだ。


 ――不気味だ。


 確かに。それが人の道というものだろう。他者を思いやり、自らの利益よりも相手の不利益を防ぐ。井戸に落ちそうになっている赤ちゃんがいれば、とやかく考える前にまず助ける。それが理想的な『人間』というものだ。


 だが、その理想を実現できる人間がどれほどいる?


 魔物は常に人間の生存権を脅かし。

 貴族の機嫌によって簡単に庶民の命は奪われ。

 少し天候が悪いだけでも飢饉が発生し。


 さらには、魔王軍による侵略も発生した、この世界で。一体どれだけの人間が『人間らしく』生きられるというのか。


 ニキは正しい。

 ニキは真っ当だ。


 考えていることは分かるが、理解はできない。


 人間であるからこそ。人間らしくなく、恐ろしさしか感じられない存在……。


(……倒せる、とは思う。魔王の心臓を強奪することもできるはずだ)


 いくら魔王が直接的な戦闘を不得手としているとはいえ、目の前の少年になら勝てると思う。思うのに、なぜか身体は動かない。頭は決断することはできない。なにか、本能とでも言うべきものがそれを拒否していた。


(……いや、いや。考えを改めよう。当初の目的であるニキの観察はできたのだ。その上さらに魔王の心臓がある場所が分かったのだから、これで良しとしよう)


 この頑固さであれば売り払われることもないだろう。


 使い魔を増やし、監視させれば誰かに盗まれる心配もない。


 そう結論づけた魔王は踵を返し、店から出た。


 魔王が、まるで、逃げるかのように……。




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