賢者
「他に何かおかしなことはなかったのですか?」
「そうだなぁ……。お、そうだ。どうも逃げ帰った第一王子は『妹』を見たと証言しているらしいんだ。いや、証言というよりは呟きとか呻きか」
「妹ですか?」
「おう。王都生まれじゃねぇニキは知らねぇかもだが、幼い頃に亡くなられたお姫様がいるんだよ」
「へぇ」
亡くなった妹の姿を見る。状態異常で混乱しているならあり得る話だ。
けれど。
「第一王子は今も布団に包まって震えているんですよね? 状態異常ならもうとっくに解けているはずなのに」
「……さすがだな。そう、魔導師団からは状態異常にしては効果が長すぎるという意見が出ていてな。王子の他にも、生き残りの中にはまだ混乱状態にある騎士もいる」
「他の騎士はどんな姿を見たんですか? まさかみんな姫様というわけではないですよね?」
「それがなぁ、皆それぞれ違う姿を証言していてなぁ。死んだ母親だの、恋人だの、早くに亡くした妹だの……」
「ふぅん。母親に、恋人に、妹ですか……。つまりは、大切な人の姿を見たのですね?」
「……そうか。本人に確かめねぇといけねぇが、たしかに大切な人でもおかしくはないな」
「…………」
一つ。思い浮かんだ仮説があった。
「例えばですけど、」
僕はカウンターに置かれたままだった商品に手を伸ばした。この前デーニッツさんが手に取った、黒いモヤが漏れ出している謎の仮面だ。……鑑定した僕にはこれがどんな仮面であるか分かっているのだけど。
その仮面を被り、魔力を通してから僕はデーニッツさんの方を向いた。
「――げぇ!? 母ちゃん!?」
目を丸くしながら仰け反るデーニッツさんだった。その動きに耐えられなかったのか椅子が壊れ、デーニッツさんが床に尻餅をつく。うわー、あちゃー。
込められた魔力を使い切った魔導具は効果を失い、また不気味な仮面に戻ったはずだ。そのせいかデーニッツさんも落ち着きを取り戻した。
「大丈夫ですか?」
「お、おう……。なんだその仮面? 一瞬、母ちゃんの顔に見えたんだが……」
「これは特殊な仮面でして。魔力を通すと、目の前にいる人間が『最も大切に思っている人』の顔になるんですよ。ものすごく魔力を消費するので一瞬だけですけど」
この国一番の魔法使いであるリッラちゃんでも数分が限界のはず。
この前セリーナ様から問われたときはあえて出さなかった代物だ。だって効果は一瞬なので常時相手を騙すことなんて不可能だし。変なことを教えて思考が妙な方向に行っても大変だもの。
仮面を外してカウンターの上に置くと、デーニッツさんがお尻に付いたホコリを払いながら立ち上がった。
「おいおい、そんなものがあるのか……? よく分からねぇが、それ、とんでもねぇ魔導具じゃないのか?」
「そうですね。お値段は1,000万となっております」
「この店より高いじゃねぇか」
「ですね。ただし顔は変わりますが肉体に変化はありませんし、このように効果は一瞬だけです」
「そういや体つきはニキのままだったな。それで1,000万かよ……。なんでそんな使えないものが作られたんだ?」
「えーとですね――これは『魔王の仮面』と呼ばれていまして」
「……魔王か」
「はい。歴史的経緯からこのお値段となっております。なんでも討伐した魔王の顔から皮を剥ぎ、それを張り付けたとか」
「うげぇ。よくそんなものを顔に付けられるな……」
「あくまで伝承ですし。……かつての魔王が持っていた稟質魔法を模したものといわれてまして」
稟質魔法。別名、固有魔法。条件が揃えば誰もが使える魔法ではなく、類似能力が数多く確認できるスキルでもなく、その個人でしか使えない特殊な魔法。あるいはスキルと呼ぶ人もいる。
僕が言いたいことを理解したのかデーニッツさんが一筋の冷や汗を流した。
「……つまり、だ。騎士たちを混乱に陥れたのは状態異常ではなく、魔王の稟質魔法だと言いたいんだな?」
「その可能性はあるかと。あくまで可能性ですけどね」
「だが、稟質魔法といっても本人以外に再現性がないだけの魔法だろう? そこまでの効果はあるのか?」
「もしかしたら稟質魔法で平静さを失わせてから状態異常を使ったのかもしれません。混乱状態にあれば状態異常にも掛かりやすくなるでしょうし。それならば耐性の高い騎士が生き残れた理由にもなります」
「……にわかには信じがたいが……しかし戦場にいきなり大切な人が現れたら混乱もするか……。検討する価値はあるな」
よし、っとデーニッツさんが頷いた。
「とりあえず、魔導師団長と約束を取り付けて話を聞くか。場合によっては連れてきて仮面を見せて……ったく、あいつは中々捕まらないんだよなぁ」
ガシガシと頭を掻いたデーニッツさんは、何か思い出したかのように僕へと視線を戻した。
「おっと、あんがとなニキ。参考になったぜ。さすがは賢者様だ」
「だから、賢者様は止めてくださいよ」
「ははは、すまんすまん。うまいこと話が纏まったら報酬をぶんどってくるからよ、それで納得してくれや」
悪びれた様子もなく笑ってからデーニッツさんは店を出て行ったのだった。




