噂
お店を引き継いでから一週間ほど。
僕にとってはやっと落ち着いてきたかなぁという日々の中。このお店での出来事といえばセリーナ様がやって来たことと、サナとアリサさんが(店の路地裏で)大ケンカしたことくらいだった。
まぁ、二人がケンカするのはいつものことだし、勘違いが原因らしいので大した騒ぎにはならなかったのだけどね。半壊した路地裏もアリサさんが直していたし。竜列国の術って凄い……。
お店の方は平穏無事な日々を送っていたものの、王都は何かと騒がしかった。
まずは敗退してきた第一騎士団が戻ってきて一騒ぎ。治癒魔法を使える人間が動員されたり、ポーションが摘発されたりしてかなり混乱していた。
その後は魔王軍の追撃があるかもしれないと第二騎士団や第三騎士団が警戒に当たり、王都全体が物々しい雰囲気に包まれていた。
それもやっと落ち着いてきた今日この頃。王都で話題になっているのは『魔王』についてだ。
なんと、第一騎士団の前に魔王が出てきたらしいのだ。そりゃあ話題にもなるよね。
まぁ、魔王としても次々に四天王がやられているのだから前線に出てきてもおかしくはないと思うし、魔王相手なら騎士団が負けるのも仕方がないと思う。
ただ、問題は負け方だ。
なんでも騎士団を率いていた第一王子が真っ先に逃げ出してしまったらしく、評価が急落中。これは第二王子が次の王様になるんじゃないかともっぱらの噂だった。最近ではむしろこっちが話題になっている感じ。
とはいえ『魔王が出てきたのだから仕方ない』とか『王太子なのだから真っ先に安全を確保するのは当然』という擁護の声も多く、なかなか混沌としているみたい。
「なんか、きな臭くなってきたなー」
ちなみにサナたちは軍議のために王城へと呼び出されている。この数日、サナは暇があるといつもお店にいたのでちょっと寂しいなーっと僕が考えていると、冒険者ギルドマスター・デーニッツさんがお店にやって来た。
なんかもう、毎日休憩時間にやってきてお茶を飲んでいる感じだ。そろそろお茶代を請求しようかな? ……むしろ喫茶店をやるのもいいかもしれないね。このお店、収入がほとんどないし。古美術品を楽しめる喫茶店みたいな感じで。
「おうニキ。相変わらず暇そうだな」
「余計なお世話でーす」
「ははは、まぁそう言うな。客がいないなら内緒話をするのにうってつけだからな」
「内緒話?」
「おう。ニキの意見を聞きたくてな」
僕の意見と言われてもなぁ。僕は学校も出ていない村人だし。
カウンター前に置いておいた椅子に腰掛けるデーニッツさん。かなり椅子が軋んでいるので、そろそろデーニッツさん用に頑丈な椅子を準備しないといけないかもしれない。
カウンターに片腕を置き、デーニッツさんが小さな声で質問してきた。
「第一騎士団が負けて帰って来たってのは知っているよな?」
「はい、噂程度なら。王子殿下が真っ先に逃げ出したのですよね?」
「おう。今も部屋で布団を被って震えているって話だ」
「へー。……普通に考えれば、王宮の中の様子が漏れ聞こえてくるはずがないですから……誰かが意図的に流しているんですかね? 第二王子派とか」
僕が率直な感想を述べると、デーニッツさんは『ニヤリ』と口端を吊り上げた。
「さすが勇者パーティーの『賢者』だな」
賢者?
「それ、僕のことです?」
「おうよ。一般には広まっていねぇがな。勇者を補佐し、助言し、さらには御することのできる知恵者。ニキがいなけりゃ勇者パーティーは成り立たないと評判だったんだぜ?」
「……初耳なんですけど?」
「ニキが注目されると困る人間が多かったんでな。まっ、勇者パーティーを抜けたんだからそろそろいいだろ」
「あー」
つまり、『勇者パーティーにただの村人が所属しているのは困る。ここは見た目では貢献の分かりにくい賢者ということにしておこう』みたいな? うんそれはしょうがない。僕には何の力もないけど、国としては勇者パーティー全員が優秀ということにしたいだろうし。
「あとは『猛獣使い』って呼ばれ方もしていたな」
「猛獣使いって」
僕はテイムのスキルなんて持ってないし、猛獣に襲われる側なんだけどなぁ。
何がおかしいのかククッと笑ったあと、デーニッツさんは真面目な顔を作った。
「そんな賢者様から一つ助言を賜りたいんだがな」
「はぁ……? とりあえず、その『賢者』ってのを止めてくれれば話くらいは聞きますよ」
「そうこなくちゃな。……実は『上』の方でも意見が割れていてなぁ。第一騎士団の報告書を見るに、どうやら魔王は状態異常の魔法かスキルを使ったんじゃないかって話になっているんだが……」
「…………」
なんでギルドマスターが騎士団の報告書を見られるんです? という疑問はとりあえず置いておくことにした。どうせ本当のところは教えてくれないだろうし。そもそもただのギルドマスターが『上』とやらの意見を知れるはずがないもの。
なので、ここは二番目の疑問で話を進めることにした。
「状態異常ですか?」
「おう。ここだけの話、魔王らしき存在が現れたあと、騎士が同士討ちを始めたらしい」
「ははぁ。訓練を積んだ騎士が同士討ちなんてするはずがないですから、確かに状態異常を疑ってもいい状況ですね」
「だろう?」
「でも、騎士は状態異常の耐性を付けているものなのでは?」
「……そこなんだよなぁ。生き残った連中で確かめてみたが、状態異常への耐性はちゃんとついていた」
「それなら耐性の低い人からやられちゃったとかですかね? で、耐性の高い人だけが生き残った感じで」
「そうか、その可能性もあるか……。耐性にも個人差があるからな……」




