式
――お店にテーブルセットが欲しい。
そんなことを考える僕だった。
この前アリサさんにお茶を出したときも立ったまま飲ませてしまったし。セリーナ様が来たときも同様のやり取りとなってしまった。
買い取り作業には時間が掛かることもあるので、お客さんが座って待っていることができるテーブルセットは必要だと考えたのだ。そうすればお茶も出せるからね。
それに、お店の在庫を整理した結果ずいぶんと床も広くなったし。テーブルセットの一つや二つ置くことができるようになったのだ。
「師匠ー、テーブルセットって置いても大丈夫ですかー?」
「あん? もうお前さんの店なんじゃから好きにせい。儂も明日からは二階に引っ込んでいるから気張るのじゃぞ?」
「はーい、じゃあ、そういうことで。……魔石のコンロを持ち込んでお茶を淹れるのも平気ですか?」
「だから、好きにしろと言うに」
呆れたようにため息をつく師匠だった。
◇
テーブルセットを設置した翌日。
天気はあいにくの雨。お客さんが少ないのはまぁしょうがないと納得することにする。……いや天気の日でも師匠のお店は暇していたんだけどね。
「あーあ、天気が悪いと古傷が疼くんだよねぇ」
サナとの旅でそれなりにケガしちゃったからね。ほんと実力不足な僕……。
僕が古傷を撫でていると――お店のドアが開かれ、冒険者ギルドマスターのデーニッツさんが入ってきた。
「おう、ニキ。もう店を引き継いだそうじゃないか」
「いらっしゃいませー。そうですね、前々からお店を手伝っていたのですんなり引き継げました」
「ま、ニキは真面目だからな。爺さんもやりやすかっただろう。俺もお前さんみたいな後継者が欲しいぜ」
「デーニッツさんはまだまだ働き盛りじゃないですか」
「それもそうだがなぁ」
準備したばかりのテーブルセットに腰掛けるデーニッツさんだった。うーん、筋骨隆々なデーニッツさんが座ると椅子が可哀想な感じ……。
「しっかし、店主が替わっても店の雰囲気は変わらねぇなぁおい。少しは片づいたみたいだが……」
どこか呆れたような顔をしながらデーニッツさんが店内を見渡し、カウンターの上に置きっぱなしだった仮面を手に取った。黒いモヤが立ちこめているんだけど、よく持てるなぁ。僕みたいに鑑定眼で安全確認をしたわけでもないのに。
「こんな仮面、誰が買うんだよ?」
「同感ですが、価値はあるんですよね。……ちなみにそれ、かなりお高めですよ? 下級貴族の年収くらい」
「げっ、マジかよ」
ゆっくりと仮面をカウンターの上に戻すデーニッツさんだった。
「まぁ、しかし、鑑定眼持ちがこういう店の店主に収まるのも当たり前か。ギルドに引っ張れると思ったんだがなぁ。あの爺さんに先を越されたぜ」
デーニッツさんと師匠は前もそんなことを言っていたけれど。
「……なんだか、それだと僕を取り合っていたみたいじゃありません?」
「みたい、じゃなくて事実そうなんだよ。ったく、こんなことならもうちょっと強く勧誘しておくんだったぜ」
「えー、僕をですかぁ?」
「お前さんは自信なさげだけどな、ランクAの鑑定眼持ちなんてこの国に二人しかいないんだぜ? 放っとけという方が無理な話じゃねぇか」
「僕はただの村人なんですけどねぇ」
「ハッ、ただの村人が勇者にくっつき回って今まで生き残れるわけねぇだろうが。お前さんが本格的に冒険者としてやっていくならBランク冒険者証を準備してやるよ」
Bランク冒険者といえばかなりの実力者だ。冒険者ギルドでも「おお! Bランクか!」と一目置かれるくらい。まぁガルスさんたちはAランクなんだけどね。
ちなみにサナは勇者として旅立ったので冒険者としての登録はない。けど、実力で言えばSランク冒険者になれると思う。
そんな勇者パーティーの皆はとにかく、僕がBランクというのはさすがに無理がある。
「身内人事すぎません?」
「ギルドは完全な実力主義だ」
「ほんとですかー?」
「実力主義じゃなきゃサナはあんなにも自由にはできねぇよ」
「それについては僕からも謝罪いたしたく」
「おう、分かってるならちゃんと手綱を握っとけよ?」
「手綱って」
サナに引きずり回される僕の姿が見えるようだ。いや手綱くらい噛み千切っちゃうかな?
「……さて、ちょっと真面目な話をするか」
カウンター前の椅子にどかっと座るデーニッツさんだった。
「真面目な話ですか?」
「おう、貴族連中が騒いでやがる。どうやら第一王子の野郎がサナを嫁に迎えるつもりらしい」
「野郎って。王子様を野郎呼ばわりって」
「あんなアホは野郎で十分だ。……で? どうするんだよ?」
「そうですねぇ。サナが嫌なら一緒に逃げよう、みたいな話はしましたね」
「おっ、いいねぇお熱いねぇ。やっぱ若い奴はそうじゃなくちゃな」
「まぁできれば平和的に行きたいですけどね」
「そりゃそうだ。しかも店を持ったばかりだからな。……そこでだ。アイリスの伝手を使って教会を後ろ盾にするって手もある」
「教会ですか?」
「おう。教会が認めちまえば王家であろうが無茶はできねぇからな。とりあえず形式上の式は挙げちまって、諸々の準備はあとで整えればいい」
「式?」
どういうことだろうと悩んだ僕は――理解した。
つまり、『サナは出家して教会に入った』という形にするつもりなのだ。魔王を倒した勇者が犠牲者を悼むために教会へ、というのは過去にも例があるみたいだし。勇者が出家するならそれはもう盛大な式典となるはずだ。聖女が後見人になるなら尚更に。
それに、出家したあとでも還俗すれば教会を出て普通に暮らすこともできるので、王子が婚約者と結婚したあとにそうすればいい。聖女であるアイリスさんが口添えすれば簡単に還俗できるはずだ。すごいなぁ。もうそこまで考えてくれていたのか……。
「まずはアイリスさんにお話ししないとですね」
「だな。そのためには無事に帰ってきてもらわねぇとだが……。ニキがいなくてアイツらは大丈夫なのかねぇ?」
「大丈夫ですよ、みんな強いですから。僕がいなくても立派に勇者パーティーとしての使命を勤めてくれるはずです」
「ならいいんだがな。……ガルスたちの様子を見るに、いっぱいいっぱいみたいだがなぁ」
「まぁ、急に一人抜けちゃいましたからね。でも大丈夫ですよ。サナには『無茶しないでね?』と言っておきましたし」
「あぁ、それなら安心だな」
「勇者パーティーにはまだ新しいメンバーが入らないんですか?」
「そうだな。そんな命知らずはいねぇだろ」
「そうなんですか? 冒険者って結構命がけで魔物を倒したりダンジョンに潜ったりしますよね?」
「サナ相手は無理だってことだろ」
「あー、そっか。魔王相手は勝手が違いますか」
しかも今入るといきなり四天王戦だものね。よほど自信がなければ無理だし、自信だけで実力がない人間はギルドの方で弾いちゃうと。納得するしかない僕だった。




