閑話 国王
「まったく、あのバカ息子は……」
祝賀会が終わったあと。国王は疲れたように背もたれを軋ませた。会場近くの王族用控え室。今ここにいるのは国王と宰相、そして第二王子のみだ。
「陛下。ずいぶんと慌てておりましたな」
苦笑する宰相に対して国王がジロリとした目を向ける。
「当然だ。勇者め、儂と愚息に殺気を飛ばしてきおったわ」
「ほぉ、それはそれは。怖いもの知らずではありますが……しかし『殺気を感じた』などという曖昧な理由で処罰するわけにもいきませんからな。さすが勇者、手慣れておることで」
何が楽しいのかククッと笑う宰相だった。あるいは単純に国王が慌てふためくのを楽しんでいるだけかもしれない。
「……しかし、『賢者』ニキが勇者パーティーを辞したか」
賢者。
公にこそしていないが、勇者パーティーのニキに与えられた称号だ。つまり現在は賢者がパーティーを抜けてしまった状態となる。
本来であればこれほどの重要案件はすぐに国王へと報告されるべきだ。が、どうやらどこかの時点で「まぁ、ニキが辞めるくらいは大したことではないか」と判断した人間がいるのだろう。賢者であるとは公表していないので仕方がない部分もあるとはいえ……。
「勇者とニキの関係が悪化したわけではなければいいのだが……」
「大丈夫でしょう。あの『聖女』アイリスがわざわざ関係の良好さを明言したのですから」
「世界の滅びは延期されたか……。うーむ、ニキが戦場で勇者の手綱を握ってくれないのは不安だが、万が一死なれては困るからな。王都に留まってくれるならそれはそれで良しとしよう」
「なにせ勇者を御せる唯一の人物ですからな」
「うむ。ニキが死んだとき勇者がどんな行動に出るか……想像するだけで恐ろしい」
「さらには、ランクAの鑑定眼持ちと」
「勇者の件を抜きにしても、国が保護しなければならない人材だ」
「ならば、王城に招きますか? ランクA持ちなのですから陛下直属の役職を与えても問題はないでしょう。主席鑑定士や筆頭鑑定士といった具合に。こちらとしてもランクA鑑定士が城に勤めているのは便利ですし。なにせ人の嘘まで見抜けますからな」
「そうだな。魔王もニキの重要性を認識しているかもしれぬし、彼の安全を確保するなら……いや、勇者がどう出るか分からぬからな。勇者の同意を得てからの方がいいだろう」
「では、しばらくは近衛騎士団から護衛の人員を派遣しましょう」
「いや、町中に近衛騎士は目立ちすぎる。『影』の方がいいだろう。派遣前には勇者に話を通すのだぞ? 勇者にあらぬ疑いを掛けられたら一大事だ」
「もちろんでございます」
「そして、だ」
王は宰相から視線を外し、息子の中でまだまともな第二王子・カイラスへと視線を移した。
「勇者と何か話していたな? どうであった?」
「はい。勇者様は、ニキ君との結婚を認めるならどちらが王でも構わないと」
「そうか。後継者争いに介入しないならそれだけでありがたい。……騎士団の出陣については何か言っていたか?」
四天王の不在を突いて、騎士団を派遣して魔族領を占領する。そうすれば領土が増えるし、魔王討伐後に我が国は有利に交渉を進めることができるだろう。ノタノタしていてはミルテイン公国が先に炎のグラントの領地を占領してしまう。
――四天王の領地を最初に占領する。その栄誉を我が国に。
と、第一王子ダルタスの進言により騎士団の出陣が決まったのだが。正直言って、ダルタス一人でそこまでは考えられないだろう。
王としては後継ぎを第一王子から第二王子へ移せないかと画策している最中だったが、第一王子の提言は魅力的だったので了承するしかなかったという事情がある。
もしもこのまま魔族領への逆侵攻が成功し、第一王子が武功を立てたなら。次の王は第一王子で決まりだろう。
国のことを思うなら、後ろ盾の貴族の操り人形にしかなれない第一王子は外したいのだが……。
そんな国王の心境を理解しているのか、いないのか。カイルスは平静な声で勇者とのやり取りを伝えた。
「勇者様いわく、騎士団が攻め込めば、おそらくは魔王が出てくるだろうと」
「なに!?」
「そして、第二王子の望む通りになる、とも」
「……そうか」
魔王軍と最前線で戦い続けてきた勇者なら、魔王の戦略というのも手に取るように分かるのかもしれない。あるいは『賢者』からの助言があった可能性もある。
もしもそれが事実であるとして。魔王が出てきたらどうなるだろうか?
ふむ、と自らの顎髭を撫でる王。
騎士の多くは死ぬだろう。無謀な作戦を了承した国王にも非難の目が向けられるかもしれない。短期的に見れば大損害だ。
しかし。王たる資格のない後継者は失脚するし、死亡する可能性すらある。
そうなれば国内外の同情は集まるし、魔王との決戦時に多国間で軍勢を出すようになった場合、我が国はこのときの損害を理由として最低限の戦力抽出で済むだろう。
自らの息子と、騎士たちの命。それと国の将来を天秤に掛ければ――
――悪くはない。
そう考えてしまう国王は、やはり王たる者であった。
愚者が王となったあとの損害を考えれば、それも当然の話ではある。
無論、今さら騎士団の出陣を止めようとしても止められるものでもないのだが。




