02 蝶よ猫よ①
朝、目が覚めて真っ先にする事は、スマホのホームディスプレイで日付と時間を確認する事だ。
9月25日 水曜日 07:42
よし、今回もループしてる。
そういえば、ループするようになってから、夜眠っている間に夢を見なくなった。中途覚醒と早朝覚醒もなくなった。うんうん、いい事だ。
朝ご飯……ループが始まってからは、火曜日の残り物だったり、レトルトカレーや冷凍のパスタなんかを食べているけど、流石にちょっと飽きてきたな。新たに買っておいても、朝起きたらリセットされちゃうから意味ないし。次回は何処かの店にモーニングを食べに行こうかな。
食事が終わると、すぐに会社へ欠勤連絡した。今回は今までのループで一番遅く起きたから、電話するのもちょっと遅くなった。
「あら、具合が悪いの? わかった、伝えておく。お大事にね」
電話に出たのは、今回が初の総務課のベテラン女性。ちなみに今までは、わたしの直属の男性上司が出る事が多かった。
「はい、すみませんがお願いします。では失礼します……」
ちょっと弱々しい感じで喋ってみたんだけど、大袈裟だったかな? ま、どうでもいいや。
そんな事よりも今日は……猫カフェだ猫カフェ!
京急線川崎駅から徒歩約一〇分。
イタリアの丘の上の街をモチーフにした複合商業施設〈LA CITTADELLA〉の横道を抜け、辿り着いた小さなビルの一室。
〈譲渡型保護猫カフェ にゃんぱら〉──ガラス扉にカッティングシートでデザインされている店名と、優雅に歩く猫と足跡のシルエット。うへへへ、テンション上がってきた!
「いらっしゃいませ!」
わたしが店に入ると、レジカウンターから、にこやかな女性店員が出て来た。
「今までに当店のご利用はございますか?」
「いえ、初めてです」
鍵を渡され、バッグを個別のロッカーに入れる。おっと、スマホだけは忘れずに出しておかなきゃね。
「では、ルールやコースの説明をさせていただきますね」
店員の説明が終わると、わたしは一時間コースを選んだ。フリータイムと迷ったんだけど、せっかくだから川崎駅周辺の色んな場所も見て回りたかった。
レジの正面の壁際にはドリンクコーナー。そしてその右隣の〝ふれあいルーム〟に猫ちゃんたちがいるのが、出入口のガラス扉から見える。先客も三人くらいかな。わたしが来たのは開店から一〇分足らずだったのに……早いな。
喉は渇いていないし、早く猫ちゃんたちに会いたい。ドリンクは後回しにして、しっかり手を洗ってから、いざ、ふれあいルームへ!
わたしが扉を開けると、先客たち──四人いた──と、数匹の猫たちが一斉にこちらを向いた。何帖分あるのだろうか、決して広くはない室内全体にカーペットが敷かれ、壁際にはキャットタワーやケージ、天井にはキャットウォークもある。
扉を閉めて完全に室内に入り、さてどうしようかなと考えていたら。
「ニャア」
扉の近くにいた黒白のぶち猫ちゃんが、挨拶に来てくれた! 立っているわたしの足元に体を擦り付けてきたので、わたしもしゃがんで体を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めている。
「えへへへへっ! いい子だねぇ~!」
ほんと可愛いなもう! 写真も撮っちゃうぞ!
クッションやキャットタワーで寛いでいる猫たちが多い。わたしが舌を鳴らして反応する子としない子がいるけど、構わずどんどん写真を撮っちゃう。
でも……次の朝には消えちゃうんだよね。ああ残念。
お、壁のボードに、この店の猫たちの写真とプロフィールが掲載されている。どれどれ……。
最初に挨拶に来てくれた子は……あった。名前は〝きらり〟で、三歳のメス。人懐っこくて好奇心旺盛、遊ぶのも食べるのも大好き。
クッションの子は茶トラ猫だったから……あら、茶トラだけでも四匹いる。どの子だろ? ボードの写真と猫の方を何度も交互に見て確認する。ピンクの首輪をしてるよな……ああ、あの右端の一番上の写真の〝いろは〟っていうメスか。人見知りだけど、慣れると所謂へそ天を披露してくれるらしい。
壁に背を付けて座っているおじさんが撫でている子は……うわぁ、黒猫は六匹。いや全然どの子かわかんないんだけど!
……何回か来ないと覚えられないなこれ。
一旦諦めて、空いているスペースに腰を下ろす。室内に流れるオルゴールのBGMは、海外の有名なアニメ映画の主題歌だ。ゆったりとしたテンポだし、お客さんも猫たちも静かだから、眠くなってきそう……。
「あら蓮、起きたの?」
室内の一番奥にいる白髪の女性客──上品な雰囲気でマダムって感じ──の声。どうやら、すぐ隣のキャットタワーのてっぺんから降りたキジトラの事を言っているらしい。
キジトラはおばさまを一瞥する事もなく、近くに座る大学生くらいの女性二人の横を通ると……わたしの所へ来た!
「あらら~っ、こんにちは~っ」
我ながら気持ち悪いデレデレ声……。
あ、おじさんが撫でていた黒猫が起き上がった。しかもこの子までこっちに来る! やだもうわたしったら、意外と猫にはモテるんじゃない? 人間はさっぱりなのに! HAHAHA!!
と思いきや、黒猫はキジトラに体を寄せ、頭をスリスリし始めた。キジトラの方もそれに応え、「ニャウ~ン」なんて甘えた声を出している。か、可愛過ぎるよあんたたち……!
「ラブラブだねぇ~きみたち」
改めて黒猫の名前を探そうと、ボードに目をやる。
「その子は夏時よ」
マダムだった。わたしと目が合うと、やっぱり上品な微笑み。
「黒猫は夏時、キジトラは蓮。二匹とも一〇歳で、小さい頃からずっと仲良しなの」
「へえ~! もう熟年カップルって感じですかね」
「そうなの。両方オスなんだけれどね」
「両方オス」
その後も様々な猫たちに癒されながら穏やかな時間を過ごし、あっという間に残り五分。ジュースを飲んでないし、そろそろ出よう。
「じゃあね~」
クッションからカーペットに移動し、こちらに背を向けて寝そべっているいろはの前に回り込んで声を掛けると──いろはは目を見開き、垂直ジャンプ! かなりビックリさせてしまったらしく、奥の方に逃げてしまった……。
「ご、ごめんね!?」
マダムやおじさん、若い女性二人は大笑い。
「本当にビックリしたのね!」
「跳んだなぁ~」
「写真撮りたかったぁ~!」
「きゅうりに驚いてああいう反応する猫もいますよね」
ああ、なるほど確かに……って──……
「わたしはきゅうりかい……」
わたしがぼやくと、また笑いが起こったのだった。
布団を敷き、その上に座ると、猫ちゃんたちの写真を眺めながら一日を振り返る。
猫って最高だよね。犬もフレンドリーだから好きだけど、やっぱ猫よ猫。〈にゃんぱら〉を出た後は〈LA CITTADELLA〉やその他の商業施設を見て回ったけど、やっぱり猫ちゃんたちとの触れ合いが一番だった。
一時間だけじゃ物足りなかったな。次はフリータイムか、せめて二時間コース以上にしよう。んで、帰る時はいろはをビックリさせないようにしなきゃね。
そう……次。
次ももう一回、猫ちゃんたちに会いに行くぞー!
と、脳内で決意表明すると、わたしは布団に入ったのだった。
猫の夢でも見られればいいなと思っていたけど、やっぱり夢は見なかった。