03 シュガーバターにサンシャイン
最寄駅から四〇分超で品川駅に到着し、JR線に乗り換えて約三五分。わたしは池袋に到着した。
前回来たの、何年前だっけ。高校時代からの友達の瑠璃ちゃんと二人で遊びに来た以来だ。
瑠璃ちゃん、元気かなぁ。向こうが結婚して神奈川県外に引っ越しちゃってから、何となく疎遠になっちゃったんだよね。今度こっちから連絡してみようかな。
案内板を見ながら移動して、35番出口から外に出た。少し歩くと、サンシャイン60通りに差し掛かったので、迷わずそちらへ進む。
そういえば、東京も過ごしやすい空気だな。駅構内が何となく蒸していたから、外もそんな感じかなと思っていたんだけど。
通りの景色は、前回来た時と変わってるかな。ああ、ゲーセンは前からここにあった。お、この靴屋も見覚えがあるぞ。あのレストランは……あったような、なかったような。
しばらく歩くと、地下道の出入口である下りエスカレーター前まで辿り着いた。そう、目的地は〈サンシャインシティ〉! 代表格の〈サンシャイン60ビル〉を含めた全部で五つのビルから形成されていて、とにかくもう、色んな店が入ってる!
エスカレーターを下りてから、動く歩道に乗って奥まで進んで〈サンシャインシティ〉内部へ。
平日だけど、人多いなぁ~! まあ、東京なんだから当たり前か。外国人観光客に、サラリーマンから小学生くらいの子供まで──学校休みなのかな──様々だけど、高齢者はそこまでいない感じ?
広いフロアー内のそこかしこに店が並んでいる様子を見ていたら、何かだんだんテンション上がってきた!
「えへへへへっ」
おっといけない、つい気持ち悪い笑い声を口に出してしまった……。小声だったから、幸い誰にも聞かれなかったみたいだけど。……多分。
さぁ~て……何処から見て廻りましょうかねえ!
といっても、何処にどんな店があるのか、ほとんど把握してないんだよね……。瑠璃ちゃんと来た時は、二階にある屋内型テーマパークの〈ナンジャコラタウン〉で遊ぶのがメインで、それ以外はほとんど寄らなかったもんな。
適当にフラフラしながら発見するのも面白いけど、とりあえずざっくりとでも確認しておこうと、近くの壁に展示されているフロアーマップを確認。あ、意外と地元でも見掛けるチェーン店が多いのね。
せっかくだから、ここにしかないような店を見たい。〈ナンジャコラタウン〉に一人で行ってみようかな。水族館とかプラネタリウムでもいいよね。
あ、そうだ。
〈サンシャインシティ〉といえば、地上60階の展望台! やっぱこれっしょ! そういえば、瑠璃ちゃんと来た時も行ってみよっかって話になったんだけど、結構混んでたからやめちゃったんだよな。
よし、そうと決まれば早速行こう!
わたしは改めて展望台への向かい方を調べると、地下一階にある展望台専用エレベーターを目指したのだった。
それから約二時間後。
わたしは今、〈サンシャインシティ〉の一角にあるクレープ専門店のイートインスペースでベンチソファに座り、ホットクレープに喰らいつこうとしている。その二〇分くらい前に、クレープ店からちょっと離れた場所にある飲食店でランチにしたばっかりなんだけど、甘い物は別腹ってね!
……え? 展望台はどうだったかって?
まさかの貸切で入れませんでしたー! 何でも、新作ドラマの撮影だとかで……ざーんねん。
それじゃあ何処に行こうかなって考えてたらお腹が空いてきたから、先にランチにして、今はおやつタイムってわけ。
というわけで、クレープいただきまーす!
んんん……ああ……甘い! 美味しい! やっぱりシュガーバター最高! 熱で溶けたバターがシュガーを巻き込んで、口の中いっぱいに広がる。舌軽く火傷したけど気にしない。わたし、アイスやら何やらが沢山入っているやつより、こういうシンプルなものが好きなんだよね。
〝麻希奈ちゃんって、見かけに寄らず食いしん坊だよね~〟
瑠璃ちゃんの言葉を思い出して、懐かしくなると同時に口元が緩んだ。あの時のわたしも、ランチで肉料理をがっつり食べたにも関わらず、すぐに甘い物が恋しくなったんだよな。でも瑠璃ちゃんはまだお腹いっぱいで……。
「おれ、チョコミントって嫌いなんだよなー」
「うちは結構好きだよ」
「あ、そーなの?」
高校生の男女二人がクレープ片手にやって来て、わたしの斜め前のベンチソファに並んで腰を下ろした。男子はちょっともっさりした黒髪と太い眉毛が特徴的で、女子は黒髪のボブカットだ。
「え、アレって歯磨き粉みたいな味するじゃんか」
「苦手な人って皆そう言うよね。まあ、うちもチョコミントよりはベリー系が好きだけど」
カップル……かな。それとも単なる友達? わたしが学生の時は、男子と二人で行動するなんて考えられなかったな。男友達なんていなかったし、全然モテなかったし。
……はい、正直に申し上げます。それは大人になってからも変わりませーん!
「……どう? 美味しい?」
男子高生が、クレープに口を付ける女子高生をまじまじと見やりながら尋ねた。
「うん、美味しいよー」
ベリーちゃんが返事すると、アンチョコ君──長いから省略ね──は満足そうに微笑み、それから自分も食べ始めた。
……えーと。
別にわたしは、ずーっと二人を見ていたわけじゃないんだけどね。でも、斜め前に、こっちを向いて座っているわけだから、自然とその姿が視界の端に入っちゃうわけなんだけど。
アンチョコ君……ベリーちゃんの食べるところ、いちいち見過ぎ!
ベリーちゃんは片手でスマホをいじるのとクレープを食べるのを交互にやってるんだけど、一口でも食べる度に、隣のアンチョコ君が食べる手を止めて、それはもう穴の開く程、じーーーーっと見つめる。
それに対して、ベリーちゃんには嫌がったり気にしている様子はない。……わたしの方が変に気になっちゃうんだけど?
そうこうしているうちに、シュガーバタークレープは、全部わたしの腹の中に納まった。少し休んだら移動しよう。ああそうだ、口の周りが汚れていないか、手鏡でチェックだ。
「おれ、ちょっとトイレ。ゆっくり食べててな」
「うん」
わたしが手鏡をしまい、クレープの包装紙を片手に席を立ち上がったのと同時に、同じく食べ終わったアンチョコ君がイートインスペースを離れていった。
さて、何処に行こう。水族館やプラネタリウムはまた今度にして、気になった店でも覗こうか──
「あ~~~うざっ」
……んえっ?
思わず声の主の方を見やる。両手にそれぞれスマホと食べかけのクレープを持ったまま、ちょっと脱力したように下を向いていたベリーちゃんは、わたしの視線に気付いたのか、顔を上げてこっちを向いた。
「付き合ってないんですよ、うちら」
「……えっ」
「ただの友達。二人だけで遊びに来たのは初めてなんですけど、何かと彼氏面されて」
「そう……なんだ」
アンチョコ君の片想いだったのか。それも望みが薄そうな。
「あ、なんかすいません勝手に喋っちゃって。忘れてください」
「え、あ、はは……」
そう簡単に忘れられそうにないんだけど~!
二三時を過ぎた頃。
布団に入ったわたしは、今日の出来事を思い返しながら睡魔が訪れるのを待っていた。
展望台は残念だったけど、他のお店を見て回るの楽しかったし、ランチもホットシュガーバタークレープも美味しかった!
まあやっぱり、MVPはベリーちゃんだよね。よく赤の他人のわたしに愚痴れたな……。
ああ、まだ舌がちょっとヒリヒリする。まあ、明日になれば治ってるでしょ。
……明日、か。
明日って、また九月二五日なの? それとも、何事もなかったかのように二六日に進むのか、はたまた一日飛んで二七日?
わからない。わからないけど……どうかもう一度、いや今後も毎日ずっと、暑くなくて過ごしやすい、九月二五日水曜日でありますように!!
だって、仕事行きたくないもん。もう嫌な思いしたくないもん。
〝え、草薙さんて多重人格じゃないの?〟
ああもうやめろ。眠れなくなるだろうがよクソが。
こういう時はアレだ、素数、じゃなくてマッチョを数えよう。
ドウェイン・ジョンソンが一人……ドウェイン・ジョンソンが二人……ドエッ──ロック様が三人……