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最高なのはいつだって九月最後の水曜日  作者: 園村マリノ
第三幕

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09 ちょっと聞いてよ過去語り

 電車の中で[Gyahoo!]のニュース記事一覧に目を通す。


《【速報】 原宿で陥没事故 負傷者多数か》


 事故が起こったのは、ミランダ川中がわたしの霊視を始めた頃のようだ。現場の写真は上がってないけど、そのうち別の記事に載るだろう。


 自宅の最寄駅前で合流したカズキと一緒に帰宅すると、すぐにテレビを点けた。やっぱりワイドショーでも、現場からの中継を交えながら神妙な様子で報道されていた。


「うわ……」


 陥没したのは、原宿駅の目と鼻の先だった。穴は予想していたよりも大きくて、歩道の一部まで巻き込み、こちらから見える限りでも何台もの自動車が落下している。例えるなら、おもちゃ箱代わりの小さな紙の容器に、ミニカーをぎゅうぎゅう詰めにしようと試みたけど上手くいかなくて、箱まで壊れちゃったような。


 車内外どちらにも人間の姿は見えないけど、すぐに救助されたのだろうか。それとも、まだまだ取り残されている? 簡単には手も光も届かない──深淵の闇のような場所に。


「横浜で事故が起きなかったのは良かったけど……まさかその代わりが原宿?」


 カズキは答えず、リアルタイムの現場の映像を食い入るように観ている。


「ねえ……やっぱり〝時空の管理者〟とやらの仕業なんだよね?」


 ちょっと待ってから聞いてみた。


「恐らくは。今現在の映像だと、奴の姿は見当たらないが。もうとっくに移動したんだろうな」


 あ、そうだ。


「待ってカズ君。もしかしたらあるかも」


「あるって、何が」


 わたしはスマホで〝陥没事故 動画〟と検索した。


「……あった! これ!」


 わたしがスマホに表示したのは、陥没事故から大して経たないうちに動画投稿サイトに上げられた、一本の動画だ。投稿から一時間ちょっとで、既にかなりの再生数を叩き出している。


「たまたま事故直前から撮影されていたみたい。ほら、最初は道路は何ともないでしょ」


「再生してくれ」


 言われた通りに、動画の真ん中の三角矢印をポチッとな。


「あ……!」


 わたしたちの予想は当たっていた。再生してからほんの数秒後、画面左から〝時空の管理者〟が四つ足でのそのそと現れた。車道を堂々と歩いていられるのは、信号が赤だからだろう。


「轢かれちゃえばいいのに」


 わたしの残酷な願いはすぐに叶った。右側からやって来た白い自動車が〝時空の管理者〟を轢くと、後続の自動車も次々と続いた。ああ、薄ら笑いが浮かんじゃう。


「いい気味!」


 でも次の瞬間。


〝時空の管理者〟が画面から消えた──バネが付いているかのように高く飛び上がったからだ。


 飛び上がったからには着地するよね?


 そうして数秒後、轟音と共に出来上がったのが、大惨事の現場だったのだ……。


「う……わぁ……」


 カメラのブレに、砂埃やら粉塵やらで見えにくくなったけど、〝時空の管理者〟はさっさと移動したらしく、もうその姿は何処にもなかった。


「あいつ、そんなに重たいの? ていうか何で自分は巻き込まれないんだよクソが! で、暴れてスッキリした後は、イレギュラーの美女を探してその辺をウロウロって?」


 こんな調子じゃまた怒られるかな。


 カズキはスマホから顔を上げると、


「まあ、神宮を参拝するような信心深い奴ではないだろうな」


 おお? 意外と面白い事言うじゃん。それとも嫌味?


「じゃあ秋葉原かも」

 

「家電品が必要だとも思えないな」


 家電品?


「意外とアニオタかもしれないじゃん」


「アニオタ……?」


 あれ、まるで初めて聞いた単語だと言わんばかりの反応。


「それにしても、だ」


「ん?」


「こんなの初めてだ。俺の時だって、こんな──……」


 そこまで言って、カズキははっとしたように口を噤んだ。


 わたしは、カズキと出逢った時からの疑問を、初めてはっきり口にしてみた。


「カズ君……きみは一体何者なの?」


 カズキは悪戯(いたずら)を咎められた小学生男子のようにわたしから目を逸らし、俯いた。そのまま沈黙、室内は笑えるくらい静寂。今お腹鳴っちゃったら恥ずかしいだろうな。そういえば、あんまりお腹空いてないや。


「そんなに話したくないの? こんな状況だよ、今更隠す必要なくない?」


 沈黙、静寂。ああ、これじゃあわたしが年下の子を虐めているみたいじゃないの。


 もう、仕方ないな。


「よし、わかった。それじゃあ公平に、わたしの話からするね!」


 予想通り、カズキは戸惑いを浮かべた顔を上げた。


「あんたの?」


「そ! わたしの過去を、今なら特別にあなただけに!」


 あんまり上手くないウィンクも添えた、胡散臭いセールス女の爆誕。


「聞いてほしいだけだろ……」


「うっさい。その通りだよ。いいからお聞き」


 わたしはひとつ咳払いすると、居住まいを正した。反対に、カズキからは肩の力が少しだけ抜けたようだった。




 父親がどんなモラハラ&フキハラ男だったか、母親がいかに頼りにならなかったか。そしてこの夫婦の一人娘が、何度心を傷付けられてきたか。


 喋っている途中でイライラしたり、急に泣き叫びたい衝動に駆られたり。でもどちらも我慢しつつ、恥を捨てて長年の鬱憤を吐き出した。


「言葉や態度で相手に精神的苦痛を与える事が、モラハラ。不機嫌な態度で相手を精神的に支配するのが、フキハラ……か」


「そ。それの職場バージョンがパワハラ、性的な言動で相手に苦痛を与えるのがセクハラ」


 今時誰でも知っているような単語を、カズキは全然知らなかった。


 何となく……本当に何となくだけど、この子の素性がわかった気がする。


「今は親との交流は?」


「あー、最近は全然。一人暮らししてから最初のうちは定期的に連絡取ってたけど、それですらもストレスだったし」


「そうか……」


「次こっちの神経逆撫でするような発言してきたら、今までの分も全部引っくるめて仕返ししてやろうかなって──」


 ここまで言って、ようやくわたしはある事実に気付いて脱力しかけた。立っていたら、膝から崩れ落ちていたかもね。


「そうだよ、それだよ……! ループで毎朝リセットされるんだから、何回でもボコボコに出来るじゃん、毎回違う方法で! 何なら一回くらいは殺してやれば良かった!」


 ああ、何で思い付かなかったんだ、わたしの馬鹿、アホ、間抜け!! せっかくのチャンスを! 何回もあった絶好のチャンスを! ああ勿体無い!!


 いや……まだいけるんじゃ?


 あの傍迷惑な管理者の暴走は心配だけど、もう一回ループしたくらいでいきなり世界が滅亡するわけじゃないだろうし、被害者が出たって、また次の朝にはピンピンしているはず。


 問題は、この頭の固い少年だ。わたしの企みを知ったら間違いなく止めようとするだろうし、居場所の特定もお手の者だもんね。何とか騙して実行に移せないかな──


「無理だよ」


 ──っ、ビックリした。え、まさかわたしの思考を読まれた? 


「無理だよ。あんたはそんな事が出来る人間じゃない」


「ええ?」


 思わずちょっと笑いそうになっちゃった。……きみがわたしの何を知ってるっていうのさ。


「あんたが他者に危害を加えられる人間なら、とっくに思い付いて実行し(やっ)ていたはずだ。他にも自分の気に入らないものがあれば、片っ端から滅茶苦茶にしてさ。

 でも、少なくとも俺が知る限り、あんたはそういう事はしなかった。誰も故意に傷付けず、自分なりに楽しく幸せに暮らす事を考えていた」


 ああ、何か言い返してやりたいのに出来ない。悔しいけど、カズキは間違った事を言っていない。どうせわたしはビビリだもん、仮に思い付いていたとしても、実行には移せなかっただろうしね!


 言い返せない理由はもう一つ。


 今のカズキ、まるで娘を諭す父親のような雰囲気だった。いや、わたしの父親はこういう人間じゃないけど……こんな人が父親だったら良かったのにな、なんて、ちょっと思ってしまったんだ。


「……せめて職場くらい破壊しても良かったかも」


 意地を張っても、カズキは怒りも、嫌味を言いもしなかった。うーん、何か調子狂う!


「あー……そのさ、ついでに職場の愚痴も聞いてくれる?」


「ああ」


 今の職場の、自分には甘く他人には厳しい、気分屋で性格の悪いクソ女。こいつの口撃や他責思考のせいで、一緒に働く人たちがなかなか定着しなくて、常に人手不足。上司が注意しても効果なし。

 

 わたしが所属する課は全部で四人。わたしともう一人の契約社員の女性と、正社員のそいつと、最近入ってきたパートの女性。でも今度、もう一人の契約社員の人が辞める事になった。その人は結構優秀だったから、自分の負担が増える事に焦ってんのか、正社員の女は常にイライラ。


 そしてこの間──いや正確には()()の火曜日も、本当に態度が酷かった。おまけに自分のミスをわたしのせいにしてきたから、もう我慢の限界。それはおかしい、あなたが間違っているって旨をはっきり言い返してやったら……


「自分のミスを認めないどころか! 〝え、草薙さんて多重人格じゃないの?〟なんて、のたまいやがったんだよ!? それお前が言うかってね!!」


「それで働くのが嫌になって、水曜日は会社をフケたのか」


「うん。……それに、ブチ切れてひと暴れちゃったから、行くの気まずいんだよね。まあ、いずれ謹慎処分か、最悪契約終了になるだろうから、行かなくて済む事になるだろうけど……」


 カズキの両目がまん丸になった。


「ひと暴れだって?」


「うん、文字通り暴れちゃった。どんなもんかは想像に任せるけど」


 これは完全にドン引かれたかな、なんて思っていたら……


 カズキはお腹を抱えて笑い出した。


 無邪気な、年相応の笑顔。仏頂面してないで、そうやっていつも笑っていればいいのに。


「ほ、ほんとかよ……フフッ、あんた本当に……ははは……」


「えー、そんなにおかしい~?」


「超人ハルクみたいな……ンフフッ!」


「もっと可愛い例えはないの!?」


 言いながら、わたしもつられて笑ってしまった。




「カズ君てさ、今の時代の学生じゃないでしょ」


 互いの笑いの発作が収まると、わたしは改めて核心に迫った。


「かつてはきみも……ルーパーだったんじゃない?」


 ここまで話してもダンマリだったらどうしよう、という心配は杞憂に終わった。


「その通りだ。三三年前──一九九一年の九月最後の水曜日に、一六歳の俺は何度も何度もループを繰り返した」


 ああ、やっぱりそうだったのか。


「仲間もいたが、皆、先に斃れた。俺は何も出来なかった」


 仲間……か。わたしは一人でずっとループしていたけど、もし誰か一緒だったらどうだったんだろう。


「あの……まだわからない事が多々あるんだけど」


 名探偵麻希奈(まきな)にも解明出来なかった、謎の数々。ここでスッキリさせておきたい。


「何で一六歳のまま、この時代にいるの? 瞬間移動も出来るよね? ルーパーなら〝時空の管理者〟に狙われるはずなのに平気そうだし、それどころかアレの生体に詳しそうだよね?」


「……俺は……」


 カズキは苦しみを吐き出すように続けた。


「俺は一度、あの化け物に喰われた。だが何故か死ななかった。死に損なった」


 え……?


「あの化け物に喰われるって時に、俺は最後の足掻きで暴れて、あいつの一部を喰い千切った。結局、抵抗虚しく呑み込まれてしまったが、同時に俺も喰い千切った部分を呑み込んでいた。そして次に気付いたら、時空を彷徨う特殊な存在になり果てていた……」

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