09 ちょっと聞いてよ過去語り
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《【速報】 原宿で陥没事故 負傷者多数か》
事故が起こったのは、ミランダ川中がわたしの霊視を始めた頃のようだ。現場の写真は上がってないけど、そのうち別の記事に載るだろう。
自宅の最寄駅前で合流したカズキと一緒に帰宅すると、すぐにテレビを点けた。やっぱりワイドショーでも、現場からの中継を交えながら神妙な様子で報道されていた。
「うわ……」
陥没したのは、原宿駅の目と鼻の先だった。穴は予想していたよりも大きくて、歩道の一部まで巻き込み、こちらから見える限りでも何台もの自動車が落下している。例えるなら、おもちゃ箱代わりの小さな紙の容器に、ミニカーをぎゅうぎゅう詰めにしようと試みたけど上手くいかなくて、箱まで壊れちゃったような。
車内外どちらにも人間の姿は見えないけど、すぐに救助されたのだろうか。それとも、まだまだ取り残されている? 簡単には手も光も届かない──深淵の闇のような場所に。
「横浜で事故が起きなかったのは良かったけど……まさかその代わりが原宿?」
カズキは答えず、リアルタイムの現場の映像を食い入るように観ている。
「ねえ……やっぱり〝時空の管理者〟とやらの仕業なんだよね?」
ちょっと待ってから聞いてみた。
「恐らくは。今現在の映像だと、奴の姿は見当たらないが。もうとっくに移動したんだろうな」
あ、そうだ。
「待ってカズ君。もしかしたらあるかも」
「あるって、何が」
わたしはスマホで〝陥没事故 動画〟と検索した。
「……あった! これ!」
わたしがスマホに表示したのは、陥没事故から大して経たないうちに動画投稿サイトに上げられた、一本の動画だ。投稿から一時間ちょっとで、既にかなりの再生数を叩き出している。
「たまたま事故直前から撮影されていたみたい。ほら、最初は道路は何ともないでしょ」
「再生してくれ」
言われた通りに、動画の真ん中の三角矢印をポチッとな。
「あ……!」
わたしたちの予想は当たっていた。再生してからほんの数秒後、画面左から〝時空の管理者〟が四つ足でのそのそと現れた。車道を堂々と歩いていられるのは、信号が赤だからだろう。
「轢かれちゃえばいいのに」
わたしの残酷な願いはすぐに叶った。右側からやって来た白い自動車が〝時空の管理者〟を轢くと、後続の自動車も次々と続いた。ああ、薄ら笑いが浮かんじゃう。
「いい気味!」
でも次の瞬間。
〝時空の管理者〟が画面から消えた──バネが付いているかのように高く飛び上がったからだ。
飛び上がったからには着地するよね?
そうして数秒後、轟音と共に出来上がったのが、大惨事の現場だったのだ……。
「う……わぁ……」
カメラのブレに、砂埃やら粉塵やらで見えにくくなったけど、〝時空の管理者〟はさっさと移動したらしく、もうその姿は何処にもなかった。
「あいつ、そんなに重たいの? ていうか何で自分は巻き込まれないんだよクソが! で、暴れてスッキリした後は、イレギュラーの美女を探してその辺をウロウロって?」
こんな調子じゃまた怒られるかな。
カズキはスマホから顔を上げると、
「まあ、神宮を参拝するような信心深い奴ではないだろうな」
おお? 意外と面白い事言うじゃん。それとも嫌味?
「じゃあ秋葉原かも」
「家電品が必要だとも思えないな」
家電品?
「意外とアニオタかもしれないじゃん」
「アニオタ……?」
あれ、まるで初めて聞いた単語だと言わんばかりの反応。
「それにしても、だ」
「ん?」
「こんなの初めてだ。俺の時だって、こんな──……」
そこまで言って、カズキははっとしたように口を噤んだ。
わたしは、カズキと出逢った時からの疑問を、初めてはっきり口にしてみた。
「カズ君……きみは一体何者なの?」
カズキは悪戯を咎められた小学生男子のようにわたしから目を逸らし、俯いた。そのまま沈黙、室内は笑えるくらい静寂。今お腹鳴っちゃったら恥ずかしいだろうな。そういえば、あんまりお腹空いてないや。
「そんなに話したくないの? こんな状況だよ、今更隠す必要なくない?」
沈黙、静寂。ああ、これじゃあわたしが年下の子を虐めているみたいじゃないの。
もう、仕方ないな。
「よし、わかった。それじゃあ公平に、わたしの話からするね!」
予想通り、カズキは戸惑いを浮かべた顔を上げた。
「あんたの?」
「そ! わたしの過去を、今なら特別にあなただけに!」
あんまり上手くないウィンクも添えた、胡散臭いセールス女の爆誕。
「聞いてほしいだけだろ……」
「うっさい。その通りだよ。いいからお聞き」
わたしはひとつ咳払いすると、居住まいを正した。反対に、カズキからは肩の力が少しだけ抜けたようだった。
父親がどんなモラハラ&フキハラ男だったか、母親がいかに頼りにならなかったか。そしてこの夫婦の一人娘が、何度心を傷付けられてきたか。
喋っている途中でイライラしたり、急に泣き叫びたい衝動に駆られたり。でもどちらも我慢しつつ、恥を捨てて長年の鬱憤を吐き出した。
「言葉や態度で相手に精神的苦痛を与える事が、モラハラ。不機嫌な態度で相手を精神的に支配するのが、フキハラ……か」
「そ。それの職場バージョンがパワハラ、性的な言動で相手に苦痛を与えるのがセクハラ」
今時誰でも知っているような単語を、カズキは全然知らなかった。
何となく……本当に何となくだけど、この子の素性がわかった気がする。
「今は親との交流は?」
「あー、最近は全然。一人暮らししてから最初のうちは定期的に連絡取ってたけど、それですらもストレスだったし」
「そうか……」
「次こっちの神経逆撫でするような発言してきたら、今までの分も全部引っくるめて仕返ししてやろうかなって──」
ここまで言って、ようやくわたしはある事実に気付いて脱力しかけた。立っていたら、膝から崩れ落ちていたかもね。
「そうだよ、それだよ……! ループで毎朝リセットされるんだから、何回でもボコボコに出来るじゃん、毎回違う方法で! 何なら一回くらいは殺してやれば良かった!」
ああ、何で思い付かなかったんだ、わたしの馬鹿、アホ、間抜け!! せっかくのチャンスを! 何回もあった絶好のチャンスを! ああ勿体無い!!
いや……まだいけるんじゃ?
あの傍迷惑な管理者の暴走は心配だけど、もう一回ループしたくらいでいきなり世界が滅亡するわけじゃないだろうし、被害者が出たって、また次の朝にはピンピンしているはず。
問題は、この頭の固い少年だ。わたしの企みを知ったら間違いなく止めようとするだろうし、居場所の特定もお手の者だもんね。何とか騙して実行に移せないかな──
「無理だよ」
──っ、ビックリした。え、まさかわたしの思考を読まれた?
「無理だよ。あんたはそんな事が出来る人間じゃない」
「ええ?」
思わずちょっと笑いそうになっちゃった。……きみがわたしの何を知ってるっていうのさ。
「あんたが他者に危害を加えられる人間なら、とっくに思い付いて実行していたはずだ。他にも自分の気に入らないものがあれば、片っ端から滅茶苦茶にしてさ。
でも、少なくとも俺が知る限り、あんたはそういう事はしなかった。誰も故意に傷付けず、自分なりに楽しく幸せに暮らす事を考えていた」
ああ、何か言い返してやりたいのに出来ない。悔しいけど、カズキは間違った事を言っていない。どうせわたしはビビリだもん、仮に思い付いていたとしても、実行には移せなかっただろうしね!
言い返せない理由はもう一つ。
今のカズキ、まるで娘を諭す父親のような雰囲気だった。いや、わたしの父親はこういう人間じゃないけど……こんな人が父親だったら良かったのにな、なんて、ちょっと思ってしまったんだ。
「……せめて職場くらい破壊しても良かったかも」
意地を張っても、カズキは怒りも、嫌味を言いもしなかった。うーん、何か調子狂う!
「あー……そのさ、ついでに職場の愚痴も聞いてくれる?」
「ああ」
今の職場の、自分には甘く他人には厳しい、気分屋で性格の悪いクソ女。こいつの口撃や他責思考のせいで、一緒に働く人たちがなかなか定着しなくて、常に人手不足。上司が注意しても効果なし。
わたしが所属する課は全部で四人。わたしともう一人の契約社員の女性と、正社員のそいつと、最近入ってきたパートの女性。でも今度、もう一人の契約社員の人が辞める事になった。その人は結構優秀だったから、自分の負担が増える事に焦ってんのか、正社員の女は常にイライラ。
そしてこの間──いや正確には昨日の火曜日も、本当に態度が酷かった。おまけに自分のミスをわたしのせいにしてきたから、もう我慢の限界。それはおかしい、あなたが間違っているって旨をはっきり言い返してやったら……
「自分のミスを認めないどころか! 〝え、草薙さんて多重人格じゃないの?〟なんて、のたまいやがったんだよ!? それお前が言うかってね!!」
「それで働くのが嫌になって、水曜日は会社をフケたのか」
「うん。……それに、ブチ切れてひと暴れちゃったから、行くの気まずいんだよね。まあ、いずれ謹慎処分か、最悪契約終了になるだろうから、行かなくて済む事になるだろうけど……」
カズキの両目がまん丸になった。
「ひと暴れだって?」
「うん、文字通り暴れちゃった。どんなもんかは想像に任せるけど」
これは完全にドン引かれたかな、なんて思っていたら……
カズキはお腹を抱えて笑い出した。
無邪気な、年相応の笑顔。仏頂面してないで、そうやっていつも笑っていればいいのに。
「ほ、ほんとかよ……フフッ、あんた本当に……ははは……」
「えー、そんなにおかしい~?」
「超人ハルクみたいな……ンフフッ!」
「もっと可愛い例えはないの!?」
言いながら、わたしもつられて笑ってしまった。
「カズ君てさ、今の時代の学生じゃないでしょ」
互いの笑いの発作が収まると、わたしは改めて核心に迫った。
「かつてはきみも……ルーパーだったんじゃない?」
ここまで話してもダンマリだったらどうしよう、という心配は杞憂に終わった。
「その通りだ。三三年前──一九九一年の九月最後の水曜日に、一六歳の俺は何度も何度もループを繰り返した」
ああ、やっぱりそうだったのか。
「仲間もいたが、皆、先に斃れた。俺は何も出来なかった」
仲間……か。わたしは一人でずっとループしていたけど、もし誰か一緒だったらどうだったんだろう。
「あの……まだわからない事が多々あるんだけど」
名探偵麻希奈にも解明出来なかった、謎の数々。ここでスッキリさせておきたい。
「何で一六歳のまま、この時代にいるの? 瞬間移動も出来るよね? ルーパーなら〝時空の管理者〟に狙われるはずなのに平気そうだし、それどころかアレの生体に詳しそうだよね?」
「……俺は……」
カズキは苦しみを吐き出すように続けた。
「俺は一度、あの化け物に喰われた。だが何故か死ななかった。死に損なった」
え……?
「あの化け物に喰われるって時に、俺は最後の足掻きで暴れて、あいつの一部を喰い千切った。結局、抵抗虚しく呑み込まれてしまったが、同時に俺も喰い千切った部分を呑み込んでいた。そして次に気付いたら、時空を彷徨う特殊な存在になり果てていた……」




