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最高なのはいつだって九月最後の水曜日  作者: 園村マリノ
幕間

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一九九一年の四人⑤

 次のループで、俺たちが〈臨港パーク〉の桜木町駅側の出入口までやって来たのは、一二時半頃だった。


「あいつ……いるかな」


「広いからね……手分けして、と言いたいところだが、危険だから一緒に探そう。基本、単独行動はなしだ」


 ケンさんを真ん中に、俺が海側、ナコさんが芝生広場側を歩きながら、化け物の気配を探った。海側にはカップルが目立ち、逆に芝生広場側には子連れや犬を散歩させている人間が多い。


 ナツエさんがいた時も含めて、俺たちは傍から見ればどんな関係なんだろうな。親子か? 俺とナコさんが堂々と歩いていても何も言われないのは、私服を着ているだけじゃなく、ケンさんが隣にいるのが大きいよな。


 古びたジャケットのポケットに左手を突っ込んだハゲ頭のおっさんが、すれ違いざまにナコさんをジロジロと見やる。園内を長時間うろついているあのおっさん、若い女性には()()だ。前にもナツエさんとナコさんの事をジロジロ見て、気付いたナツエさんに睨まれたら何処かに行ったっけ。


 〈臨港パーク〉には、ループを繰り返す間に何回も足を運んでいるため、園内の顔触れもほとんど覚えてしまった。名前も知らない、恐らく今後も交流する事のない人々。彼ら彼女らは、同じ毎日を繰り返している事に、この先もずっと気付かないままだろう。


 ……やっぱり良くないよな、今の状況は。


「このループが終わったら、どうなるんだろうね」ケンさんが言った。「次の日になるのか。それとも、今までループした回数分、月日が経過しているのか」


 そういや、そこまで深く考えた事はなかったな……。


「ナッちゃんも言ってた。次の日になればいいけど、何箇月も経っちゃってたら、って」


「もうループの回数なんていつにも数えていないが、まだ一年は経っていないよな……?」


「逆に、また水曜日かもしれない。でも〇時になったら、ちゃんと日付が変わる」


「うーん……それもあり得るな」


 その後も、互いに緊張を和らげようとするかのように、何かしらの会話を続けながら黒いヤツを探し続けた。


「……いない、ね?」

 

 かれこれ一時間が経過したが、黒いヤツの姿は見当たらなかった。あんなに目立つ存在を見逃すだろうか。隠れているのではと思い、ナコさんを一人にするのは気が引けたものの公衆トイレ内まで探したが、人間の使用者すらいなかった。


「どうやら公園内にはいないようだな……」


 俺たちは化け物を倒すために、それぞれ携帯出来るサイズの武器を持ってきている。化け物を見付けたらケンさんとナコさんがなるべく人気(ひとけ)のない場所まで移動し、俺が囮になって化け物を挑発し、二人の所まで誘導したら三人で叩く──そんな作戦だ。


臨港パーク(ここ)〉を出てしまうと、正直やり辛い。下手すりゃ、武器を振り回す三人組がいるなんて通報されかねない。


「どうする、他を探しに行くかい?」


 ナコさんは肩を竦めた。ケンさんは目で、俺に答えるようにと訴えてきた。


「……一旦出よう、気分転換も兼ねて。しばらくしたらまた戻ってくればいい」


 誰も反対しなかった。


 


〈臨港パーク〉を出た俺たちは、ナツエさんとの思い出や、ループ中に経験した出来事を語りながら歩いた。特に目的地はなかったが、気付くと、桜木町駅を通り過ぎて高架下までやって来ていた。


「わ、凄いな」


 俺は思わず声を上げた。高架下の壁一面には、カラフルでゴチャゴチャしたアートが所狭しと描かれ、横浜方面までしばらく続いている。


「グラフィティアートというやつだね。賑やかだな」


 好意的なケンさんに対し、ナコさんは眉をひそめ、


「うろ覚えだけど、ここ、前はもっと素敵な絵がチョークで描かれていたはずだよ。あっちの方が良かったな」


「そういえば最初の頃ははそうだったなぁ……」


 へえ、そうなのか。こっちは全然来た事ないから知らなかった。


「あんまり離れてしまっても戻るのが面倒だけど、もうちょっと先まで行こうか」


「うん、いいよ。カズ君もOKでしょ?」


「ああ」


 左側の車道からは行き交う自動車、頭上からは時々電車の走行音が響く中、グラフィティアートをぼんやり見やりながら、横浜方面へゆっくり進んでゆく。似ているようで異なる、不思議な模様やアルファベットに、独特な顔の数々。一体何人がここに自分自身の痕跡を残したのだろう。


「これ見て、変な顔! 中学の同級生にこんな奴がいた!」


 ナコさんが愉快そうにアートにケチをつけると、ケンさんは笑ったり、異論を唱えたり、一緒にケチをつけたり。そんな二人の様子を微笑ましく思いながら、俺は少し後ろを歩いていた。


 今回はもう〈臨港パーク〉に戻らなくてもいいんじゃないだろうか。俺たちの今後に関わる重大な戦いは次回にして、このまま違う所へ行って、他の何かも見たり、美味いものを食べたり、駄弁ったりと、平和な時間を過ごす……。


 ループを終わらせるべきなのはわかっている。でも、あの化け物を倒せばループが終わるという確証はないのだし、ケンさんが言った通り、倒せるかもわからないじゃないか。


 そんな風に考えてしまうのは、あの化け物との戦いに大きな不安と、それ以上に大きな恐怖を抱いているからだ。……こんな情けない話、ケンさんとナコさんには口が裂けても言えないけどな。


「カズ君、どうする?」


「……うん?」


 しまった、聞いていなかった。しかもいつの間にか、二人と五、六メートル程の距離が開いている。


「ごめん、聞いてなかった!」


「ケンさんがね、ちょっとお腹空いちゃったんだって。ポテトとか食べにいかないかって」


「ああ──」


 賛同の言葉は、外に出る事なく口内で溶けるように消えてしまった──壁の一部が蠢いたように見えたからだ。


「え……何……?」


 ナコさんも気付いて、警戒するように車道側のケンさんの方に体を寄せた。


 ……嘘だろ。


 俺と二人の間の、丁度真ん中ら辺。スキンヘッドでギョロリとした赤い目玉の男が描かれている部分から……あの黒いヤツが、這い出るように姿を現した!


 何で。どうして。


 呆気に取られている俺たちの目の前で、黒いヤツはベチャリと音を立てて地面に落下した。


 どうしてそんな所から。ドアも穴もないはずだ。それなのに──……


「二人共、見るんじゃないぞ」


 ケンさんの視線は、俺ではなく頭上に向いていた。


「カズ君。私たちの方を見ながら、慌てずに歩いてこっちに来なさい。何があっても反応はするな」


 そんな事言われても。嫌でもヤツは視界に入る。


 電車が横浜方面から近付いてくる音がする。


「カズ君。さあ。慌てるなよ」


 最後のケンさんの言葉は頭上を走る電車によってほとんど掻き消されたが、俺はさりげなく車道側に寄りながら、ゆっくり歩いた。


 見るな……見るな……もぞもぞ動いて……見るな……こっち来るんじゃ……見るな。

 

 ケンさんとナコさんの後ろから、小太りのおばさんが自転車を走らせやって来た。自転車は二人を避け、ちょっと迷惑そうな顔をしながら俺を避け、歩道の真ん中に──


 ぐちゃり。


 黒いヤツが轢かれた。おばさんに気付いた様子はなく、何事もなかったかのように去ってゆく。ああ、やっぱり認識していないんだ。


 俺は二人の元まで辿り着くと、大きく息を吐き出した。


「あいつ……死んだのかな」


 ナコさんが囁き声で、俺やケンさんも抱いている疑問を口にした。黒いヤツはピクリともせず、歩道の真ん中に伸びている。


「あまり見るな。気絶しているだけかもしれない」


 ケンさんも囁くように言って、俺とナコさんを回れ右させた。


「まあ、本当に死んだのだとして、ループはどうなったと思う?」


「日付が変わるまでわからないのかも」


 俺も囁いた。おかしなやり取りだが、状況的に全然笑えない。


「夜までのお楽しみってやつかい。楽しみだ」


「どうする、もしあいつが全く関係なかったら」


「うーん……そうなったらもう、若者であるきみたちが考えてくれ」


「ケンさんだってまだ若──」


 はたと気付くと、ナコさんがケンさんの隣にいなかった。


「お、おい……!」


 ナコさんは、黒いヤツへと近付いてゆく途中だった──その右手に、小学校の図工の授業で使うような小刀を握り締めて。


「ナコちゃんっ……! よしなさい!」

 

 危険だ、危険過ぎる。まだ生きているかもしれないというのに。しかし俺たちが何度声を掛けても、ナコさんは振り返りもしなかった。


 今ならわかる。ナコさんは、自らの手でナツエさんの仇を取りたかったんだ。


 ナコさんと黒いヤツの距離が、一メートルあるかどうかまで縮まったところで、あの化け物は意識を取り戻したのか、小刻みに震えながら上体を起こした。


 ナコさんは慌てて飛び退くように足を止めたが、怯んではいなかった。手にした小刀を構え直し、黒いヤツに突き刺さすように──


 そこから先は、見ていない。ケンさんに凄い力で引き寄せられ、胸元に押し付けられたからだ。


 でも声は聞こえた。電車の走行音にも掻き消されないくらい大きな、ナコさんの悲鳴は。


 俺は自由な両手で両耳を塞いだ。寒くもないのに、体がガタガタと震えた。




 ケンさんに解放されるまでに掛かった時間は、ほんの十数秒にも、何十分にも感じられた。


 ナコさんも化け物も、跡形もなく姿を消していた。向こうからやって来る通行人たちが、俺たちの事をチラチラと見てくるが、睨み返す気力もなかった。


「これではっきりしたよ……あの黒い化け物は、自分を認識している人間だけを襲うんだ。恐らく五官のほとんどがないから、至近距離まで近付かないと、すぐには判別出来ないのだろうね」


 ケンさんの声色は、不気味な程落ち着いていた。


「そしてあの化け物を認識出来るのは、同じ一日をループしている人間だけ……残りは二人、きみと私だ」




 俺とケンさんはループを続けた。俺はあの化け物を倒すべきだと主張を続けたが、ケンさんは頑なに拒み、他の脱出方法を探すべきだと言って聞かなかった。


 ああ、俺の精神はいつまで正常でいられるだろうか。ケンさんには迷惑を掛けたくない。二人で元の時間の流れに戻りたい。そしてナコさんとナツエさんの分も、しっかり生きたい……。




 先に限界を迎えたのは、ケンさんの方だった。

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