表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

01 草薙麻希奈(くさなぎまきな)①

草薙(くさなぎ)です、おはようございます。すみません、体調が悪いので今日一日お休みさせてください。いえ、昨日のは関係ないというか……ええ、はい、すみませんがよろしくお願いします。はい。失礼致します」


 わたしは電話を切ると、大きく息を吐き出した。


「……っっしゃ! 休みじゃい!!」


 土日休みの人間にとっては、月曜日と同じくらい憂鬱でかったるく感じるであろう、この水曜日に!


「草薙麻希奈(まきな)、遠慮なく突発休みしまぁ~す!! わはははは!!」


 そうと決まれば、さあ早速出掛けよう! もう何が何でも休む気満々だったから、身支度は既にバッチリ、あとは戸締りするだけ!


 ……あー、別にわたし、しょっちゅうこんな事やってるわけじゃないのよ? むしろ学生時代も含めて人生初……いや高校の時に三回くらいはサボったっけ。まあいいや、それはもう時効。


 自分で言うのもアレだけど、真面目に生きて、真面目に働いてる。今の会社は中途入社で、今年で二年目。仕事量は多いし、最初のうちは覚える事が多過ぎて着いていくのがやっとって感じだったけど、何とか慣れて余裕も出来たし、給料もまあ、悪くはないかな。


 でもさ、やっぱり人間関係の悪さっていうのは、とんでもなくストレスになるものでしょ? そんでもって、蓄積されていたそのストレスを職場で、それも何人もの前で爆発させてしまったら?


 ……休んだっていいよね?


 というわけでわたしは意気揚々と、横浜の外れ──ちょっと歩いたらすぐに横須賀──にある小さなアパートの一室を後にした。


 ……おっ?


 歩き出してすぐに気付いた。今日、何かすごくいい天気じゃない?


 絵に描いたような青空。お天道様は当たり前のように顔を出してはいるけど、昨日までの容赦ない照り付けと蒸し暑さは何処へやら。絶妙な涼しさの風が心地好くって、何かもう一気に秋になっちゃったって感じ。


 そういえば昨日の天気予報で、おじさん予報士が言ってたっけ……今日、この九月最後の水曜日は、気温が上がり過ぎず空気が程良く乾いた、とても過ごしやすい陽気だと。


 うん、最高じゃん。休んで大・正・解!




 通勤ラッシュで混雑した電車に揺られ、やって来たのは横浜駅。特に何か目的があるわけでもなければ、休日にしょっちゅう来ているから珍しくも何ともない。でも、平日のこの朝の時間帯に来たのは初めてだから、ある意味新鮮? 人、人、人。とにかく人がいっぱい。


 真顔だったり俯きがちだったり何かイライラしてそうな人たちを横目に、時にはその人波に呑まれそうになりながらも、わたしは駅構内の地下街を西に東にと、フラフラ歩き回った。


 あちゃー……時間が早過ぎて、何処もかしこもシャッターが降りてる。カフェやコンビニくらいしか開いてない。朝食からまだ二時間かそこらしか経ってないし、喉も渇いてない。


 よし、ちょっと駅から離れるか。


 東側から階段を上って外に出て、みなとみらい方面へ。オフィスビルが競うように建ち並んでいるけど、無機質なようでいて華やかに感じられて、歩くだけで何か楽しい。まあ、そんな気分になれるのは、わたしがこの辺りで働く人間ではないからだろう。


 歩き出して約三〇分後。


〈横浜ランドマークタワー〉と〈よこはまコスモワールド〉を通り過ぎると、JR線の桜木町駅前まで到着。うーん、やっぱりまだ早いから、駅の横の商業施設も閉まって……いや、上階の映画館は開いてるみたいだ。


 商業施設の壁に、上映中の映画のポスターがズラリ。おっ、この筋肉盛りっ盛りな上裸のおじさん三人が並んだやつ、気になるな。タイトルは『隠しサウナの(さん)マッチョ』、フランスのアクション映画? わお、一番左のおじさん、とてつもないケツアゴ!


 ……今から上に行って、間に合うかな? 


 わたしは急いでエレベーターを見付けると、映画館のフロアーに向かった。




 それから約四時間半後。


 わたしが今いるのは、海沿いの大きな公園〈臨港パーク〉の北側の端っこだ。石段に腰を下ろして、心地好い風を全身で感じながら海をぼんやり眺めている。わたしと同じように座る人たちもいるけど、皆すぐに何処かに行ってしまう。丁度今はわたし一人。


 映画? うん、なかなか楽しかった。正直、脚本やCGはちょっと雑だったけど、熱さとノリと筋肉でカバーしてた。トータルでは良作かな。


 映画の後は、同じフロアーにあるイタリアンレストランでパスタを食べた。美味しかったけど、予想よりも量が多めだったから、食べ終わる頃にはすっかりお腹周りが……あわわ……。


 こうなったらもう、歩くのが一番だよね! せっかくだから海でも眺めながら! って事で〈横浜ハンマーヘッド〉まで来て、そこから更に〈新港パーク〉、そしてこの〈臨港パーク〉ってわけ。


 時々魚が跳ねたり、遠くで船が進んでいたり停まっていたり、ベイブリッジを走る車がちっちゃく見えたり。潮の香りも強い。別に珍しい事でもなければ感動的な景色でもない。何ならちょっと飽きてきた気もするけど、極力スマホには手を伸ばさないようにした。何か休まる気がしないからね。




〝え、草薙さんて多重人格じゃないの?〟


〝あーあ、何でうちの娘はああならなかったんだか〟


〝なぎさんは決まった? ……ああ、あの高校? ふーん〟




 ……ああもう!


 隙あらば、昨日の一件や過去の亡霊たちがわたしを苦しめようとフラッシュバックしてくるけど、片っ端から遠くへ投げ飛ばす! フン、あんまりわたしを舐めるなよ?


 そんなこんなで、かれこれ一時間近く休んで満足したら、歩いて横浜駅構内まで戻り、デパ地下でちょっといいお惣菜を買ってから帰路に就いた。




 ああ、今日は本当にいい天気だった! 一日ゆっくり出来たし、映画もなかなか良かったし、文句なしかな。


 でも、明日からまた元通りか……。


 いつもよりちょっと贅沢な夕飯を食べながら、色々と考える。


 明日が来なければいいのに。


 でも死にたくはない。


 今日という日がずっと繰り返されれば最高なんだけどな。


「……なんてね」


 そんな事、天変地異が起こったってありえない。現実は続く。何も変わらない、変われない。


 夜遅く、布団に入ってからもそんな事を延々と考え続け、一人涙。もういい加減諦めて早く眠らなきゃ、明日に支障をきたしても困ってしまう……。




 いやまさか、ありえちゃうなんてね……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ