一九九一年の四人③
「サイエンス・フィクション」と「すこし・ふしぎ」、やっぱりどちらとも違う気がしたので、ジャンルをローファンタジーに変更しました。
俺は昨日、いや正確には前回と同じように家を出て、学校とは逆方向の電車に乗った。
家から駅まで、駅のホーム、そしてこの電車の中……。細かく覚えているわけじゃないが、周囲は前回と同じ顔触れで間違いなさそうだ。
横浜で降りると、一目散に〈臨港パーク〉を目指した。前回、会話を耳にしたサラリーマン二人を抜かし、赤信号に引っ掛からずに横断歩道を渡り切った。
途中でちょっと足を止めながらも〈臨港パーク〉に到着した。体が汗ばんでいるなんてもんじゃなかったが、不快感なんか気にしている場合じゃない。
ケンさんは、ナコさんは、ナツエさんは?
あの三人は何処にいる? 同じ一日が繰り返されている事に気付いているかはわからないが、少なくともここに来ている事は間違いないはずだ。本当は家を出る前にケンさんに連絡したかったが、電話番号が書かれた紙の切れ端は、いくら探しても見付からなかった。
皆と出逢った石段の近くまでやって来た。
……誰もいない。
波が壁に叩き付けられる音が、俺の不安を掻き立てる。早過ぎたか? それともまさか、同じ日を繰り返しているのは俺だけで、三人は当たり前のように次の日を──
「カズ君!」
昨日聞いたばかりなのに、懐かしさを感じる声だった。
ケンさんは、後方の芝生広場の方から小走りでやって来た。
「ケンさん!」
「カズ君! やっぱりきみも──っと!」
「危ない!」
目の前でコケそうになったケンさんを支えた。
「ああ、すまんすまん」
「意外とドジなんですね!」
二人揃って笑い出す。何だか色々とおかしかった。
「カズ君、知っていたら教えてほしい。何で今日も水曜日なんだ?」
「俺が聞きたいですよ! どうしてこうなったのか……ああ、でも良かった、ケンさんが覚えていて」
「果たして、あの二人はどうだろうか。私は二〇分くらい前にはここに来ていたんだが──」
最初にケンさん、次に俺の名前を呼ぶ女性の大声が聞こえてきたのは、その時だった。
俺たち四人が九月最後の水曜日を繰り返したのは、この一回だけじゃなかった。
最初の数回は、全員で〈臨港パーク〉に集合して横浜周辺やそれ以外の地域に遊びに行き、そのうち個別に行動する事も増えてきた。
何十回目のループの時だろうか。一日家にいてゴロゴロしていたら、ケンさんから電話があった。
「このままループが続いていいんだろうか。私はだんだん不安になってきたよ。未来の事を考えなくてもいいかもしれないが、根本的な解決にはなっていないだろう」
同感だった。俺も最初のうちは純粋に喜んでいたし、一生このままでいいとさえ思った。
でも、やっぱりどうしても飽きがくる。飽きがくると、冷静になって色々と考えるようになる。
今の俺たちは、自分を取り巻く問題から目を逸らし、現実逃避しているだけだ。
ケンさんからナツエさんとナコさんに電話してくれて、俺たちは次の水曜日、久し振りに〈臨港パーク〉で待ち合わせる事にした。
まさか、あんな悲劇が待ち受けているとは知らずに。
「うーん、わたしは別に今のままでいいかな……って」
〈臨港パーク〉の石段の最上段。すっかり俺たちの定番になった場所で、ナツエさんは申し訳なさそうに言った。
「元の時の流れに戻っても、素敵な人と出逢えるかわからないし。正直、自信ないのよ」
意外だった。ナツエさんも、俺とケンさんと同意見なんじゃないかと予想していたからだ。
「それに、実家の両親や職場にも不満があって。気分屋のお局は疲れるし、上司はすぐ体触ってきたり〝行き遅れるぞ〟なんて言ってくるし。わたしの親も〝結婚はまだか〟〝早く孫の顔がみたい〟って、しょっちゅう」
「そうか……」ケンさんは頭を掻いた。
「ナコさんは?」
俺が尋ねると、ナコさんは困ったような笑みを浮かべ、
「ごめん、正直どちらがいいのか、わかんなくなっちゃった。カズ君とケンさんの言う通りだとは思うの。このままじゃ、いつまで経っても家から出られないし。
でも、毎日自由に過ごせる今の状態を手放すのも嫌だなって。皆で集まるのも、一人で知らない所に行くのも、ナッちゃんと女二人だけで遊ぶのも好き。ループが終わったら、同じような事はなかなか出来なくなるでしょ?」
うーん……まさかここにきて、無視出来ない問題が生じるとは。朝起きたら勝手にループが終了していれば別たが、何かこちらから手順を踏まないとそのままなのだとしたら、いずれ揉める事になるんじゃないか?
「ねえ、とりあえず今回はその話は置いといて、何処か行きましょうよっ」
何となく気まずくなった雰囲気を誤魔化すように、ナツエさんが言った。
「〈港の見える丘公園〉なんてどう? 景色いいわよー! それから中華街に行って、蒸したての肉まんを食べるの」
俺はすぐに返事が出来そうになかった。ナコさんも、その顔には僅かに笑みが浮かんでいたが、ためらったいるようだった。
「一度しっかり話し合わなきゃ駄目だ」
ケンさんが言い切った。口調こそ優しいが、強い意思が感じられた。
「それはわかるけど、今回じゃなくったっていいじゃない?」
「先延ばしにすると、余計に面倒になるよ」
「でも! 話し合うったって、何を、どう? ループから抜け出す方法? そんなものあるわけ?」
「それは……」
「わたしだって一度も考えなかったわけじゃない。ちょっと不安になった事もあるわ。でも、どんな行動取っても変わらないじゃない。遠くに出掛けても、仕事を休まなくても、日付が変わるまで起きていても……やっぱりまた水曜日が来る!」
ナツエさん、仕事に行った時もあったんだ。偉いな。俺はループが始まってから、一度も学校に行っていない。
「あの、というか……」
ナコさんがおずおずと口を開いた。
「ループの終了方法もだけど、そもそも何でループが始まったんだろう」
互いに顔を見合わせ、ややあってから俺以外の三人がかぶりを振った。
「……あの」
全員の怒りを買うのを覚悟で、俺は正直に打ち明ける事にした。
「俺、最初に皆と出逢った夜に願ったんだ……今日という日が、ずっと繰り返されればいい、って」
まさか、本当に叶うとは思わないだろ? それこそ現実逃避したかっただけだ、一時的にでも。
でも、俺が原因なのだとしたら。俺が変な願いを抱いたせいで時空だか時間軸だかがおかしくなり、せっかく出逢えた四人の間に亀裂が入ろうとしているのなら……。
「それは私もだよ、カズ君」
え?
「あたしも。皆との一日が楽しかったから」
ええ?
「はーい、わたしもでーす!」
あ、本当に?
ぽかんとしていたら、皆が吹き出した。
「何だ、我々は本当に気が合うようだな」
「あらら、どうやら全員でやらかしたみたい?」
「仲間外れがいなくて良かったね」
ああ、この人たちは本当に優しい。
「うーん……でも普通、四人で願うだけで現実になる? こんな凄い事」
ナツエさんが眉をひそめて首を傾げた。
「確かに、普通は無理だ。願うだけで叶うなら、世界中の人間がタイムループを経験している。でも実際こうなっているんだから、何か原因がありそうなものだが……」
そう言っておきながら、俺には全く見当が付かないかった。もっともそれは他の三人も同じようで、神妙な面持ちで腕を組んだり、小さく唸ったり、ゆっくり首を傾げたり。
「……あー、駄目だ!」ケンさんが笑い出し、腕組みを解除した。「あれこれ考えてたら、だんだん腹が減ってきちゃったよ!」
言われてみれば、俺も何となく腹が減った気がする。
「今から中華街でも行かないか?」
ナツエさんの顔に、待ってましたと言わんばかりの笑みが広がった。
「そうしましょう! いいでしょ? ね?」
俺とナコさんも笑顔で賛同すると、誰からともなく桜木町駅へ向かって歩き出した。




