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最高なのはいつだって九月最後の水曜日  作者: 園村マリノ
幕間

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19/21

一九九一年の四人③

「サイエンス・フィクション」と「すこし・ふしぎ」、やっぱりどちらとも違う気がしたので、ジャンルをローファンタジーに変更しました。

 俺は昨日、いや正確には前回と同じように家を出て、学校とは逆方向の電車に乗った。


 家から駅まで、駅のホーム、そしてこの電車の中……。細かく覚えているわけじゃないが、周囲は前回と同じ顔触れで間違いなさそうだ。


 横浜で降りると、一目散に〈臨港パーク〉を目指した。前回、会話を耳にしたサラリーマン二人を抜かし、赤信号に引っ掛からずに横断歩道を渡り切った。


 途中でちょっと足を止めながらも〈臨港パーク〉に到着した。体が汗ばんでいるなんてもんじゃなかったが、不快感なんか気にしている場合じゃない。


 ケンさんは、ナコさんは、ナツエさんは?


 あの三人は何処にいる? 同じ一日が繰り返されている事に気付いているかはわからないが、少なくともここに来ている事は間違いないはずだ。本当は家を出る前にケンさんに連絡したかったが、電話番号が書かれた紙の切れ端は、いくら探しても見付からなかった。


 皆と出逢った石段の近くまでやって来た。


 ……誰もいない。


 波が壁に叩き付けられる音が、俺の不安を掻き立てる。早過ぎたか? それともまさか、同じ日を繰り返しているのは俺だけで、三人は当たり前のように次の日を──


「カズ君!」


 昨日聞いたばかりなのに、懐かしさを感じる声だった。


 ケンさんは、後方の芝生広場の方から小走りでやって来た。


「ケンさん!」


「カズ君! やっぱりきみも──っと!」


「危ない!」


 目の前でコケそうになったケンさんを支えた。


「ああ、すまんすまん」


「意外とドジなんですね!」


 二人揃って笑い出す。何だか色々とおかしかった。


「カズ君、知っていたら教えてほしい。何で今日も水曜日なんだ?」


「俺が聞きたいですよ! どうしてこうなったのか……ああ、でも良かった、ケンさんが覚えていて」


「果たして、あの二人はどうだろうか。私は二〇分くらい前にはここに来ていたんだが──」


 最初にケンさん、次に俺の名前を呼ぶ女性の大声が聞こえてきたのは、その時だった。




 俺たち四人が九月最後の水曜日を繰り返したのは、この一回だけじゃなかった。


 最初の数回は、全員で〈臨港パーク〉に集合して横浜周辺やそれ以外の地域に遊びに行き、そのうち個別に行動する事も増えてきた。


 何十回目のループの時だろうか。一日家にいてゴロゴロしていたら、ケンさんから電話があった。


「このままループが続いていいんだろうか。私はだんだん不安になってきたよ。未来(さき)の事を考えなくてもいいかもしれないが、根本的な解決にはなっていないだろう」


 同感だった。俺も最初のうちは純粋に喜んでいたし、一生このままでいいとさえ思った。


 でも、やっぱりどうしても飽きがくる。飽きがくると、冷静になって色々と考えるようになる。


 今の俺たちは、自分を取り巻く問題から目を逸らし、現実逃避しているだけだ。


 ケンさんからナツエさんとナコさんに電話してくれて、俺たちは次の水曜日、久し振りに〈臨港パーク〉で待ち合わせる事にした。




 まさか、あんな悲劇が待ち受けているとは知らずに。




「うーん、わたしは別に今のままでいいかな……って」

  

〈臨港パーク〉の石段の最上段。すっかり俺たちの定番になった場所で、ナツエさんは申し訳なさそうに言った。


「元の時の流れに戻っても、素敵な人と出逢えるかわからないし。正直、自信ないのよ」


 意外だった。ナツエさんも、俺とケンさんと同意見なんじゃないかと予想していたからだ。


「それに、実家の両親や職場にも不満があって。気分屋のお局は疲れるし、上司はすぐ体触ってきたり〝行き遅れるぞ〟なんて言ってくるし。わたしの親も〝結婚はまだか〟〝早く孫の顔がみたい〟って、しょっちゅう」


「そうか……」ケンさんは頭を掻いた。


「ナコさんは?」


 俺が尋ねると、ナコさんは困ったような笑みを浮かべ、


「ごめん、正直どちらがいいのか、わかんなくなっちゃった。カズ君とケンさんの言う通りだとは思うの。このままじゃ、いつまで経っても家から出られないし。

 でも、毎日自由に過ごせる今の状態を手放すのも嫌だなって。皆で集まるのも、一人で知らない所に行くのも、ナッちゃんと女二人だけで遊ぶのも好き。ループが終わったら、同じような事はなかなか出来なくなるでしょ?」


 うーん……まさかここにきて、無視出来ない問題が生じるとは。朝起きたら勝手にループが終了していれば別たが、何かこちらから手順を踏まないとそのままなのだとしたら、いずれ揉める事になるんじゃないか?


「ねえ、とりあえず今回はその話は置いといて、何処か行きましょうよっ」


 何となく気まずくなった雰囲気を誤魔化すように、ナツエさんが言った。


「〈港の見える丘公園〉なんてどう? 景色いいわよー! それから中華街に行って、蒸したての肉まんを食べるの」


 俺はすぐに返事が出来そうになかった。ナコさんも、その顔には僅かに笑みが浮かんでいたが、ためらったいるようだった。


「一度しっかり話し合わなきゃ駄目だ」


 ケンさんが言い切った。口調こそ優しいが、強い意思が感じられた。


「それはわかるけど、今回じゃなくったっていいじゃない?」


「先延ばしにすると、余計に面倒になるよ」


「でも! 話し合うったって、何を、どう? ループから抜け出す方法? そんなものあるわけ?」


「それは……」


「わたしだって一度も考えなかったわけじゃない。ちょっと不安になった事もあるわ。でも、どんな行動取っても変わらないじゃない。遠くに出掛けても、仕事を休まなくても、日付が変わるまで起きていても……やっぱりまた水曜日が来る!」


 ナツエさん、仕事に行った時もあったんだ。偉いな。俺はループが始まってから、一度も学校に行っていない。


「あの、というか……」


 ナコさんがおずおずと口を開いた。


「ループの終了方法もだけど、そもそも何でループが始まったんだろう」


 互いに顔を見合わせ、ややあってから俺以外の三人がかぶりを振った。


「……あの」

 

 全員の怒りを買うのを覚悟で、俺は正直に打ち明ける事にした。


「俺、最初に皆と出逢った夜に願ったんだ……今日という日が、ずっと繰り返されればいい、って」


 まさか、本当に叶うとは思わないだろ? それこそ現実逃避したかっただけだ、一時的にでも。


 でも、俺が原因なのだとしたら。俺が変な願いを抱いたせいで時空だか時間軸だかがおかしくなり、せっかく出逢えた四人の間に亀裂が入ろうとしているのなら……。


「それは私もだよ、カズ君」


 え?


「あたしも。皆との一日が楽しかったから」


 ええ?


「はーい、わたしもでーす!」


 あ、本当に?


 ぽかんとしていたら、皆が吹き出した。


「何だ、我々は本当に気が合うようだな」


「あらら、どうやら全員でやらかしたみたい?」


「仲間外れがいなくて良かったね」


 ああ、この人たちは本当に優しい。


「うーん……でも普通、四人で願うだけで現実になる? こんな凄い事」


 ナツエさんが眉をひそめて首を傾げた。


「確かに、普通は無理だ。願うだけで叶うなら、世界中の人間がタイムループを経験している。でも実際こうなっているんだから、何か原因がありそうなものだが……」


 そう言っておきながら、俺には全く見当が付かないかった。もっともそれは他の三人も同じようで、神妙な面持ちで腕を組んだり、小さく唸ったり、ゆっくり首を傾げたり。


「……あー、駄目だ!」ケンさんが笑い出し、腕組みを解除した。「あれこれ考えてたら、だんだん腹が減ってきちゃったよ!」


 言われてみれば、俺も何となく腹が減った気がする。


「今から中華街でも行かないか?」


 ナツエさんの顔に、待ってましたと言わんばかりの笑みが広がった。


「そうしましょう! いいでしょ? ね?」


 俺とナコさんも笑顔で賛同すると、誰からともなく桜木町駅へ向かって歩き出した。

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