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最高なのはいつだって九月最後の水曜日  作者: 園村マリノ
幕間

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18/21

一九九一年の四人②

 おっさんが女性二人に気さくに挨拶すると、彼女たちも会釈を返した。それからおっさんが何か話を振って、それに対して彼女たちが返事をするうちに、気付くと俺たち四人は一箇所に集まって座り、会話するようになっていた。


 凄いなおっさん。普通なら迷惑がられそうなものなんだが。いや、それともたまたま女性二人に警戒心がなかっただけか? しかもちゃっかり「私の事はケンさんと呼んでほしいな」だと。勿論俺も呼んでいいんだよな?


「──と、まあ本当ならここでのんびりしている余裕はないんだが、八方塞がり状態だからね、せめて少しでも心を落ち着けたかったんだ」


 おっさんの名前は名ヶ迫健太郎(ながさこけんたろう)。さっき俺が聞いた身の上話を、改めて女性二人にも話して聞かせた。


「実はわたしたちも、明日が来るのが嫌だねー、なんて話してて……」


「そうなんです。だからお二人の会話が聞こえて、思わず反応しちゃいました」


 女性二人のうち、茶色に染めたワンレンロングヘアーと濃い化粧、Tシャツにミニスカート姿の方が研持夏江(けんもちなつえ)。烏の濡羽色をしたロングヘアーに化粧っ気のない薄い顔立ち、ネルシャツとジーンズ姿の方が浜咲菜子(はまさきなこ)


「わたし、去年の冬に婚約破棄したの。婚約者が一九歳の子と浮気して、相手を妊娠させて……。おまけに慰謝料をちゃんと振り込んできたのは最初の二箇月だけで、気付いたら音信不通! 探偵雇おうにも、そんなお金の余裕もないし~!

 それから何度かお見合いしてるけど、なかなか上手くいかない。素敵な旦那様と子供たちで幸せな家庭を築くのが夢なのに、このままじゃどんどん歳取るだけ!」


 ナツエさんは泣き真似でおどけてみせたが、今まで本当に沢山泣いてきたんだろうな。今、何歳なんだろう。流石に失礼だろうから聞くのはやめておこう。


「あたしは、母との関係に悩んでいて。あたしが小学生の時に父が病気で死んでから、母が変な宗教に入れ込んでしまって、そのせいで妹共々、苦労させられて。高校を卒業したら家から逃げたいと思ってるんですけど、まだ小学生の妹を置いていくのも……」


 ケンさんが学年を聞いたら、ナコさんは三年だと答えた。あと半年弱、か。でも確かに妹と一緒に逃げるとなると難しくなりそうだ。


「わたしも絶対協力するから」


 ナツエさんがナコさんの手を握った。ナツエさんの実家が浜咲家のすぐ近くで、二人は幼馴染らしい。


「わたしたち、今日はそれぞれ仕事と学校をサボって二人で遊びに来たんです。ナコちゃんが実家から逃げるための策も考えたり。ね?」


 ナコさんはゆっくり頷き、


「学校サボったのは生まれて初めてです。風邪とかで休んだ事はありますけど」


「俺と同じだ」


 心の中で呟いたつもりが、口に出していた。


「あなたも親御さんが宗教に?」


「あ、いや、そっちじゃなく学校をフケた方です」


「ああ、そういう事ね」


「カズ君は何があったんだい?」


「あー……その……」


 ケンさん一人にだけ話すのはまだしも、女性相手に弱みを見せるのって、何か抵抗がある。そんなの男らしくないというか……。でもまあ、この流れで俺一人だけ語らないのはフェアではないか。


「まあ、よくある話です。子宝に恵まれなかった夫婦が養子を引き取って、最初のうちこそ大切に育てるんですけど、その後実子が産まれたら養子の存在が疎ましくなる、ってね──……」


 他の三人の現状に比べりゃちっぽけで、大袈裟な悩みかもしれない。でも、幼少時から現在に至るまでの養父母からの仕打ちを一通り愚痴り終わる頃には、頭や胸の辺りに巣食っていたもやもやが、一時的ではあるだろうが、それなりにスッキリしていた。


「酷い……ご両親、あんまりだわ」


「そりゃあ嫌にもなるわよ! わたしだって傷付くわ。カズ君、あなたは悪くないからね!」


「そうだ。きみが自分を責める事はないよ」


 ……有難う。


 何かちょっと照れ臭かったので、俺は言葉に出さず、小さく頭を下げて応えた。


「カズ君も家を出た方がいいんじゃないか?」


「そうよ、そうするべきよ。ナコちゃんみたいに、卒業したらでもさ」


「あたしもそう思う」


「そうだ、この後昼飯でも食べながら作戦会議するか?」


「いいわね、決定!」


 あ、何か盛り上がってきてる。


 俺たち四人はこの後、近場のファストフード店に移動し、ハンバーガーやポテトを食べながら〝作戦会議〟や雑談で盛り上がったのだった。




「凄く楽しかったわ! 今日は有難う」


「あたしも。有難うございました」


「こちらこそ、有難うございました」


「有難う。皆、元気でな」


 最終的に横浜駅前で解散したのは、一六時を過ぎた頃だった。ナツエさんとナコさんは京急線、俺とケンさんはJRの異なる線で帰路へ。


「カズ君、昼飯の時にも言ったけど、何かあったら電話してきなよ。家族がいない時を見計らってさ」


「はい。有難うございます」


 男二人でJR線の改札内に入ってからも会話は自然と続き、すぐには別れなかった。俺はケンさんとまだ喋っていたかったし、きっと向こうも同じ気持ちだったんだと思う。


「私は新しい仕事を見付ける。カズ君とナコちゃんと妹さんは親元から離れる。ナツエちゃんは今度こそ誠実な男と一緒になる。……全部叶うといいが」


「叶いますよ、きっと。いや絶対に」


 俺は本心から答えた。ケンさん、ナコさん、ナツエさん。皆、優しくて温かい人たちだった。


 叶ってほしい。叶うべきだ。絶対に。


「それじゃあ、そろそろ行くよ」


 ケンさんは、はにかんだような笑顔で手を伸ばしてきた。


「元気でな」


「はい」


 俺も笑顔で応えた。ケンさんの手は、俺よりも大きくて力強かった。


「ケンさんもお元気で」


 ホームへの階段を上ってゆくケンさんを見送った後、俺も目的のホームへと向かった。


 ふいに、養父(ちちおや)と腕相撲をした時の記憶が蘇ってきた。そういえば俺が小さい頃はよく遊んでくれたよな……弟が生まれるまでは。


 


 あと一〇分かそこらで日付が変わる頃、俺は布団に入った。


 今日は〈臨港パーク〉に行って良かった。まさかあんな出逢いがあって、楽しい一日になるとはね。


 その楽しい一日もそろそろ終わり、また陰鬱な毎日が始まる。


 明日が来なければいいのに。


 でも死にたくはない。


 今日という日──一九九一年九月二五日が、ずっと繰り返されれば最高なんだが。


「……なんてな」


 夢物語もいいところだ。天変地異が起きたってありえないというのに。




 次の朝、テレビや居間の日めくりカレンダーを目にして、願いが叶った事に気付いた俺がどれだけ驚いたか、想像出来る?

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