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最高なのはいつだって九月最後の水曜日  作者: 園村マリノ
第二幕

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15/21

08 出逢いはアフタヌーンティー③

 若井穣──ジョーさんと一緒に雑談しながら〈浜離宮〉内を歩く。ジョーさんもここには初めて来たらしい。途中で分かれ道に差し掛かると、交代で好きな方を選んで進んだ。


「へえ、草薙さんは横浜に住んでるんだ」


「はい」


 ジョーさんはわたしより五つ歳上だった。目黒区に住んでいて都内の企業で働いているけど、今日はわたしと同じで、有給休暇を使ったらしい。


「いいよね横浜も。一日ずっと遊んでいられるでしょ」


「横浜駅周辺とか、みなとみらい地区は遊べますね。自由が丘だって凄いじゃないですか。お金持ちって感じで」


「いやぁ、駅からだいぶ離れてるから家賃は少し安めだよ。あんまり無駄遣い出来ないし」


 そうは言ってるけど、何だかんだで稼いでいそう。少なくともわたしよりはね。


「若井さん、〈サンゼロ〉にはよく行くんですか?」


「今日で二回目。一回目は去年、付き合ってた子と来たんだ」


 ああ、やっぱりそうだよね。普通に恋人いそうだもん。あれ、じゃあ今回は……?


「今日もね、本当は去年と同じ子と来るはずだったんだ。でも三日前にフラれましたー。他に好きな人が出来たとかで」


 ありゃりゃ。


「それは……残念でしたね」


「うん、彼女が行きたいって言ってたから、彼女の仕事休みに合わせて予約したんだけどね。キャンセル料は発生しなかったけど、何かちょっと悔しかったから一人で来たんだ」


「すみません、余計な事を聞いてしまいましたね……」


「え? ううん全然! むしろちょっと愚痴りたいくらいだったからさ」

 

 あっけらかんと答え、わたしの目を見ながら微笑むジョーさんに、ちょっとドキリ。ああ、そうか……わたしが罪悪感に駆られないように気を遣ってくれたんだ。改めてすいません!


 雑談しながら、堀を覗いたり、ちょっと薄暗い道を通ったり、食べられるのかわからないキノコが生えているのを見付けたり。


 わたしはどちらかといえば人見知りする方だし、知らない人や大して親しくない人と一緒に過ごすくらいなら、一人でいる方が圧倒的に好きだ。所謂〝おひとり様〟には慣れ切ってるし。


 でも不思議……ジョーさんと一緒にいても、会話しても緊張しない。まるで以前からの友達みたいな感覚。


 ジョーさんはどう思ってるんだろう。そもそも何でわたしに声を掛けたのかな。〈サンゼロ〉で席が隣だったから? まあ、それが大きな理由だろうけど、普通一緒に歩こうなんて誘うかな?


 え、まさかわたしに一目惚れした? マジ? マジですか?


 ……いや違うな。彼女と別れたばかりだもん、誰でも良かったんだこれ。このわたしがモテるわけないよね、ははは。


「お、あれが名物のキバナコスモスかな」


 自撮りしている外国人観光客の横を通り過ぎたら、見覚えのある一面の黄色が視界に。あらら、戻ってきちゃった。


「あの花畑、最初に見に来たんですよ」


「あ、そうなんだ。おれは別の道を通ってきたから初めて見た。ソメイヨシノの木があったりしてさ」


 わたしは紙のマップに目を通した。ああ、ジョーさんはわたしとは別の出入口から入ってきたんだ。そっちの方も歩いてみたいな。


 再び花畑の前。さっき通った時みたいに、熱心に写真を撮っている人たちが複数人。


「おれもちょっと撮ろっかな。いい?」


「はい」


 ジョーさんがスマホを構える横で、わたしは改めてマップを確認する。御茶屋以外に何か気になるものは……んんっ? 〝将軍吉宗ゆかりのトウカエデ〟だと……?


「上様……!」


「はいお待たせ……え、どうした?」


 戻ってきたジョーさんの声に、わたしの脳内で鳴り響いていた軽快なメロディーがストップした。


「あっ! あはは、いや別に──」


「ああ、もしかしてトウカエデの事? 当時の中国から寄贈されたのを八代将軍が植えたとかってね。見に行く?」


「あ、はい……」


 わあ、変な女と思われただろうなぁ……恥ずかしい。


 歩き出してそんなに経たないうちに、隣を歩くジョーさんが急に思い出したようにこっちを向いて、


「あの曲ってさ……サンバのリズムじゃないよね?」




 わたしたちが〈浜離宮〉を出たのは、一五時をちょっと過ぎた頃だった。


 ジョーさんの新たなお誘いにより、新橋駅周辺まで移動。そして今はファストフード店のカウンター席に並んで座り、ポテトとコーヒータイム。抹茶はまた今度!


「そしたらね、新人ちゃんがお局の所まで行って、笑顔ではっきり言ったんだ……『お元気で。次は法廷で会いましょう』って」


 ジョーさんの職場の話。隣の課のお局様が、女性の新入社員にやたら当たりがキツくてしょっちゅう嫌味を言っていたんだけど、それがだんだん悪化して、最近じゃ相手の前で堂々と悪口まで言うようになったり、あからさまな意地悪もしていた。課長に何度注意されても止めないし、課長の方も、それ以上は何もしようとしなかった。


 ずっと我慢していた新人さんだったけど、ある時とうとう堪忍袋の緒が切れた。会社をすっ飛ばして〝然るべき機関〟に相談した事でようやく社長の耳にも入り、お局様は大目玉喰らって翌月から地方営業所への異動が決定。そして新人さんは、お局様をパワハラで訴えるつもりでいるのだとか。


「凄い……行動力ありますね、その新人さん」


「いやぁ、本当だよね。冷静な判断力と度胸もある。まあもっとも、裁判までいくかはわかんないけどね」


 うん、本当に凄い。わたしとは大違いだ。


「ブチ切れてちょっと暴れちゃうのは悪手ですかね、やっぱり……」


 ホットコーヒーに口を付けながらポテトに手を伸ばしたジョーさんが、顔を上げた。


「うーん、それはまあ、被害者の方も悪くなりがちだよね。暴れ具合にもよるかもだけど」


「暴言吐きながらちょっと物を投げたり──」


 しまった、うっかり余計なお喋りをしてしまった。気にしないで、ジョーさん。適当に返事して流してくれ。


「え、何? もしかして草薙さん、過去にそういう経験あったりするの?」


 あ、駄目だった。ジョーさん、一見普通のテンションで聞いているようで、その両目は好奇心から輝いている。


 いいや、もう。愚痴ついでに喋っちゃえ。どうせ次の朝にはなかった事だ!


「えーと……実は昨日やらかしたばかりです」


「ほんとにぃ?」


「ほんとにぃ!」


 わたしは今まで職場であった嫌な出来事をいくつか、それから〝昨日の事件〟、そして今日は突発的に休んだのだという事実まで、残っているコーヒーとポテトの存在を忘れて語った。


 川崎で出逢った蝶野恵梨(マダム)にも愚痴った事があったけど、あの時は〝昨日の事件〟については黙ってたから……ここまで話した相手は、ジョーさんが初めてだ。


 話し終えて、ジョーさんの様子を窺う。てっきり笑われるかドン引きされると思っていたんだけど……。


「そうか……それは確かにキレたくもなるし、働きたくもなくなるよ」


 予想外に、ジョーさんは真面目くさった様子だった。


「というか、昨日までよく我慢したと思うよ。嫌だったらすぐ辞めちゃう人も少なくないのにさ。偉いと思うし、昨日のトラブルだって、むしろよくやったって褒めたいくらいだよ、おれは」


「ジョーさん……!」


 どこまで本心かはわからないけど、そう言ってくれるだけでも嬉しい!


 あ、ていうか今、つい下の名前で呼んじゃった。流石に馴々しかったかな。


「うん、その呼び方でよろしく! おれの知り合いは皆、下の名前で呼ぶからさ。若井さん、だと堅苦しいのよ」


「わ、わかりました!」


 ああ、良かった。それなら……。


「わたしの事も、下の名前──麻希奈で!」


「いいの? じゃあマキーナね」


 あ、伸ばす感じ? まあいいか。何か特別感があるし。


「ところでマキーナは[MINE(マイン)]やってる? 嫌じゃなかったら交換しようよ」


「大丈夫ですよ」


 トークアプリでジョーさんを友達登録。お、早速向こうから可愛いスタンプが送られてきた。わたしも返さなきゃ。


「また愚痴りたい事があったら、遠慮なくいつでも連絡して。溜め込むのは良くないからね」


「……有難うございます」


 いい人だな。変な下心なんてなく、純粋に心配してくれているのだろう。


 この優しさに甘えて、また何かあったら愚痴ってみたい。何なら、嫌な過去を打ち明けてもいいかも。そしてジョーさんの悩みや愚痴があれば、今度はわたしが聞いてあげる番だ。


 でも……ああ、次の朝になれば消える。[MINE]の友達登録どころか、今日出逢って、一緒に歩いたり食べたり喋ったりした事実も、全て。


 あれ、何か目頭が熱くなってきた。ループを楽しんでいたはずなのに。望んでいた事だったのに。


「何かしょっぱいもの食べたら、今度は甘いものが恋しくなってきたな。ヤバいかな」


「……あー、じゃあもう一回〈サンゼロ〉行っときます?」


 わたしが答えると、ジョーさんは飲もうとしていたコーヒーを吹き出しそうになった。


 二人揃って笑うと、沈みかけた気分がちょっと浮上した。そうだ、笑うのが一番いい。笑って、この切ない気持ちを振り払おう。




 ジョーさんから[MINE]にメッセージが届いたのは、帰宅から約二時間後──品川駅構内で買ったプリンとほうじ茶でおやつタイムを楽しみ終えた頃だった。


《ジョーです。今日はありがとう! 無事に帰宅した?》


 わざわざ気を遣ってくれて……何か嬉しいな、へへっ。


《マキーナです。こちらこそありがとうございました! 無事帰宅しました!》


 一緒にスタンプも送った。


 すぐに届いたジョーさんからの返信は、メッセージではなく写真だった。


「あ……」


 キバナコスモスかと思いきや、そこに映っていたのは、マップをじっと見ているわたし!


《いつの間に!?》


《何か真剣に見ていたから、つい(笑)

 あ、でも不快だったら消して! こっちもちゃんと消すから!》


 全然不快じゃない。消さないよ、絶対。


 そう伝えようとしたわたしの指は、最初の文字を打つ直前で止まった。


 消したくなくても、消えちゃうじゃん。


 この写真も、ジョーさんがわたしと出逢って一緒に過ごしたという記憶も、事実も。


《大丈夫ですよ! わたしもジョーさんをこっそり撮っておけば良かった!》


 そうだ、起きていたらどうなるんだろう。


 ループするようになってから毎回、〇時を迎える前までに寝付いていたけど、もしも〇時まで起きていたら?


 ループが終わる……のか?


 そうしたらジョーさんとは知り合いのまま! 今日の出来事もなかった事にはならない!


 ……でもループが終わってしまったら、また空虚な毎日を、虚しい社会人生活を過ごしていかなくっちゃならない。


 いやそもそも、〇時まで起きるのがループ終了とは決まってない。落ち着け麻希奈。


 あ、ジョーさんから返信。しかも二連続だ。


《じゃあ、もし次があったら(笑)》


《ごめん、改めてちゃんと言わせて。

 マキーナさえ良ければ、またいつか会ってください。

 実はサンゼロで隣になった時に凄く惹かれました。

 あ、いきなり付き合うとかじゃなくて、まずは友達からで構いません。是非お願いします》


 視界があっという間にぼやけた。ああ、駄目だ。今度は堪えられそうにない。


《はい、いつかまた。いつかまた必ず逢いたいです》


 何とかそれだけ送ると、わたしはジョーさんからの返信を待たずに[MINE]をアンインストールした。


 有難う、ジョーさん。わたしも結構あなたに惹かれていたみたいです。




 今回、初めて〇時過ぎまで起きていたんだけど……。



 9月25日 水曜日 0:00



 ループはまだ続くようだ。

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