04 クレイジータイムルーパー対ークレイジークレーマー①
「お待たせしました、モーニングセットCです」
八時二二分。もう空腹が限界を迎えようとしていたところで、白い皿に乗ったお目当てのものがやって来た。
「ごゆっくりどうぞ」
いただきまぁ~す!
店員が去るや否や、わたしは出来立てほやほやのクロックムッシュに齧り付いた。
今回は外で朝食にしようと、七時半頃に起きると急いで支度して、最寄駅の近くにあるカフェまでやって来た。通勤前のサラリーマンたちで混んでるかなってちょっと心配してたけど、意外とそんなでもなくて、カウンター席に座る事が出来た。
食べた後はどうしようかなー。何処行こう何しよう。別に目的はないけど、ちょっと海の近くまで歩いてみるとか? 八景島まで行って〈シーパラ〉内を散策するのはどうだろう。アトラクションや水族館は有料だけど、入場するだけなら無料だし。
「そういや昨日さ、彼女とチェーン店の居酒屋行ったんだけど最悪だったよ」
わたしの右隣に、三〇代半ばくらいのサラリーマン二人がやって来た。話をしようとしている方はツーブロックで背が高い痩せ型、もう一人は天然パーマで中肉中背。それぞれアイスドリンクと番号札が乗ったトレーをテーブルに置いてから席に腰を下ろし、会話を続ける。
「最悪って? 頼んだものが全然来ないとか、違うものが来たとか、ビールがぬるかったとか?」
「何で全部当ててるんだよ。超能力者か!」
「えーマジか!」
マジか。それは確かに最悪だ。
「で、どうしたの。店員に言った?」
「言ったよ、面倒なクレーマーだと思われるのを覚悟のうえで、店長が近くを通り掛かった時に呼び止めてさ。そしたらちゃんと謝ってくれたし、ビールは呑みかけだったけど交換してくれたから水に流した」
「ああ、ならまあ良かったじゃん」
「うん、でもな……最悪だったのは店じゃなくて彼女の方だったんだよ。別れようかなって本気で考えたくらいに」
「え、何で何で。何があったよ」
何があったの。めっちゃ気になるんだけど。
「それがさ、店を出た後──」
「お待たせしました、モーニングセットAとBです」
わたしの時と同じ店員が、サラリーマン二人の注文分を持ってきた。
「あ、どうもー」
「あざっすー」
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去っていった。さあ、続きをどうぞツーブロックリーマン兄貴!
「俺、モーニングはここのが一番好きなんだよな」
「わかる。色んな店があるけどおれもこの店のが一番いいわ」
そっかそっか。さ、早く続きを!
ツーブロックリーマンはスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
「あれ、会社から二回も不在着信きてる」
天パリーマンも自分のスマホを確認する。
「おれは何もないな」
「あーあ、これから食うところなのに。ちょっくら電話してくるわ」
「おう、先食べてるな」
ツーブロックリーマンはスマホ片手に店を出ていき、天パリーマンはサンドイッチに齧り付いた。
は、話の続きが気になるのに……! 早く戻ってこいツーブロック!
ホットコーヒーの残りだけで粘ろうと思っていたけど、新しい客が次々やって来て長居し辛い空気になってきたので、結局わたしは話の続きを諦めて退店したのだった……。
「ちょっとあなた! その態度は何!?」
わたしの目の前には和菓子店、固まる女性店員二人と順番待ちの客たち、そしてブランド物のバッグを持っている化粧の濃いおばさん客──ブチ切れて怒鳴っている人だ。
「失礼じゃないの!!」
え、どういう状況かって? いや、わたしにもよくわからない。
カフェを出た後、その周辺をフラフラ歩いていたけどちょっと飽きてきたわたしは、結局最寄駅まで戻って九時半頃の電車に乗り、横浜駅までやって来た。
駅構内を西口方面に進んでしばらくすると、日本国内では誰もが知るであろう、有名和菓子店の前に差し掛かった。開店してからまだそんなに経ってないと思うけど、店頭には既に四人の客が並んでいて、化粧の濃いおばさんは先頭だった。
で、わたしがその店の前を通り過ぎようとした時、いきなり先頭のおばさんが怒鳴り出したから、ビックリして思わず足を止めたってわけ。
「も、申し訳ありません……」
応対している若い女性店員が慌てて頭を下げると、その斜め後ろの四〇代くらいの女性店員も後に続いた。しかし、おばさんの怒りは収まらない。
「この間この店に来た時、新商品が今日発売だって、私は間違いなく聞いたのよ? それが何、今月じゃなくて来月の二五日ですって? 大チョンボじゃないのよ!」
日単位や週単位ならまだしも、月単位で間違えるものなのか? このおばさんが聞き間違えたか記憶違いしているだけって事もあり得るような……。
「なのに、まるで私が間違えたみたいに言ってヘラヘラ笑って! 馬鹿にしてるの!?」
「い、いえ! そんなつもりは──」
「ああもう、朝っぱらから気分悪いわ! 今日一日が台無し! どうしてくれるわけ?」
朝っぱらといっても、もう一〇時過ぎてるけどね。
「大変申し訳ございません」年上の店員が前に出て来た。「今後はこのような事がないよう、従業員一同徹底致します」
「そんなの当たり前よ、あ・た・り・ま・え!」
通行人のほとんどが、主におばさんの方をちらちら見やりながら去ってゆく。うん、そりゃ気にならないわけがないよね。現にわたしなんて、今も足を止めたままやり取りに聞き入ってるし。
「で、どうしてくれるわけ?」
「えっ?」
わたしは思わず声に出していた。ヤバい、と思ったけど、幸いおばさんには聞こえなかったようだ。
どうしてくれるって……え、謝罪だけじゃ駄目なの?
「その……どうというのは……」
「わからないの? 私は嘘の情報を教えられて、とんだ迷惑を被ったわけよ? それでも買ってあげるんだから、何かしらの形で誠意を示してくれなくっちゃね!」
何かしらの形って……まさか。
「私、この店で一番高い商品を一〇個以上、纏めて買うつもりで来たんだけど」
あ、間違いないなこれ。このおばさん、金額をまけろとかタダで寄越せとか言いたいんだ。
「あの、もうそこら辺でいいんじゃないかな」
とうとう見かねたらしい、おばさんの次に並んでいた薄毛のおじさんが声を発した。
「お店の人だって丁寧に謝っているんだし、誰だって間違える時くらい──」
「はあ!? 何? あなた何なの!?」
「いや、その──」
「何・な・の!? 関係ないのに口出ししないでくれる!?」
うわあ、火に油注いじゃったみたいだ。
「いや、あのねえ──」
「じゃあ何か? あなたがお店の代わりに誠意を見せてくれるの? ええ!?」
何でそうなる!? このクレイジーババア! 略してクレババ!
おばさんの言葉を聞いていた人間全員、わたしと同じ事を思ったみたいだ。表情が物語ってる。
すっかりドン引きして怯んじゃったおじさんから再び店員に目を向けたクレババは、もう完全に調子に乗っていた。
「言っときますけどね、あなたたち二人をクビにする事くらい、私には簡単なんですからね! 覚悟しておきなさいよ」
いやもう、駄目だろそれは。たとえそんな権力なんてなくて、単なる脅しだったとしても。
〝草薙さんがそういう人間だって、本社の人事課に言い付けるからね!〟
会社での嫌な記憶が呼び起こされた。あのパワハラクソ女。あいつが年取るとこのクレババに進化するんじゃない?
気付くとわたしは、クレババの方へと近付いていた。




