十回目の繰り返す人生で父の望みをやっと叶えた。
「どうしてもバナマウント公爵家の領地が欲しい!!」
そう父は常日頃から言っていた。
「我がマーヴィナル伯爵家の領地の三方をぐるりと囲んでいるバナマウント公爵家の広大な領地が欲しい!!」
幼少の頃から私に言い聞かせ続けた。
私自身は父が言うようにバナマウント公爵家の領地が欲しいと思ったことなどなかったが、あまりにも父が五月蝿く言うので、今回くらいは父の願いを叶えてみるのもいいかもしれないと考え始めていた。
なんとなく出来るような気がしたので公爵家の領地を我が物にするために動いてみることにした。
その決断をしたのは私が十歳の頃のことだった。
最初にしたことはマーヴィナル伯爵家の商売を軌道に乗せることだった。
何をするにしても先立つものは必要なのでとにかく金を稼ぐことに時間を費やした。
人から間違いなく博打だ!! と思われるような投資を何度も繰り返して大金を手にいれた。
そんな博打的な投資で儲けられるはずがないと思うだろうが、私にとっては儲けて当たり前のことだった。
その理由は私、ハーレイ・マーヴィナルとして生きるのは十回目だからだ。
一度目は父の恨みつらみを毎日聞かされながら、私が視察に出ている間に父が死んだ。
そして父の葬儀が終わった翌日に事故に遭い、私も死んだ。
気がつくと九歳の誕生日で、父がバナマウント公爵家が欲しいと宣っている日常だった。
二度目は変わらない父の恨みつらみを聞くのが嫌で成人になった日に家を出て自由を謳歌した。
父が亡くなったと連絡が来て、葬儀の次の日にやはり事故に遭って死んだ。
一度目とは全く違う事故だった。生活している場所が違ったので当然の結果だったのかもしれない。
死ぬ場所も全く違う場所だった。
三度目、四度目と父から逃れるものの、諦めて父の後を継いだ。
けれどどうしてか父の死に目には会えない。
色々試したが、父の葬儀が終わった翌日に必ず事故に遭い私は死ぬ。
そして気がつくといつも九歳の誕生日で、父がバナマウント公爵家が欲しいと宣っている日常だ。
十回目の今回は一度くらいは父の望みを叶えてあげてもいいんじゃないかと一年間考え続けて、父の望みを叶えることにした。
そこそこの金を手に入れてから、公爵家が手掛けている商売をあの手この手で損害を出させた。
それから商売が本格的に傾く少し前にバナマウント公爵家の上流にある我が領地に流れている川に仕掛けをして、大雨が降ると氾濫するように細工した。
当然我が領地には人的損害は出さないように細心の注意は払った。
夏の嵐で川は我が領地で氾濫し、バナマウント公爵家の領地に土砂が流れ込んだ。
我が領地の住民は住んでいない、畑もない場所なので我が領地に損害はない。
バナマウント公爵家にとって不運なことに川の氾濫で土壌が緩んでいたのか、次の嵐で山が崩れて土砂が民家と畑を潰してしまった。
誓ってもいい。これに関しては私は一切手を出していない。天が私の味方をしたとしか言いようがなかった。
バナマウント公爵家は対外的には平気なふりをしていたが、内情はかなり切羽詰まっていた。
王家もかなりの融資をしていたが、次から次に被害に合うバナマウント公爵家に「これ以上は融資できない」と断るしかなかったらしい。
この時私は十七歳になっていた。
私の資産は王家の一年間の予算の半分と匹敵するほどにまでなっていた。
国内外の覚えている投資先に全財産突っ込んでは儲けた。
マーヴィナル伯爵家の領地を取り囲んでいる土地を買い上げると言う名目で融資を持ちかけたが「土地は割譲できない」と断られてしまった。
土地を売ることが出来ないのなら仕方ないと諦め、他の方法を取ることにした。
普通の融資を持ちかけた。
最初は躊躇っていたバナマウント公爵も、どうにもならない現状をなんとかするため、苦渋の決断で私の融資を受けることを最終的に選んだ。
一般的な利息で必要な額を融資してあげることにした。
私は何も言っていないし匂わせていないが、バナマウント公爵が「一人娘のキャロラインとの婚約を」と言い出した。
どちらも一人っ子なのにどうするつもりなのかと笑いが漏れてしまいそうになった。
両親が恋愛結婚だったので、よほどの相手でない限り結婚は許されてきたので恋愛結婚しかする気はなかったのだが、何度も人生を繰り返しているのだから一度くらいは意に沿わぬ結婚でもいいかとキャロラインとの婚約を承諾した。
キャロラインと婚約の顔合わせで「結婚したくなかったら言ってね。こちらから婚約解消するから」と言うと何度か目を瞬いて真顔になり「その時はよろしくお願いします」とキャロラインは答えた。
それからキャロラインとはあっさりとした付き合いをしていた。
深入りはせずいつでも婚約解消出来るように最低限の付き合いで済ませていた。
出来るならキャロラインと結婚したくなかったから。
バナマウント公爵家は融資で持ち直したように見えるが、一度緩んだ地盤が何かあると決壊してしまうことを繰り返していた。
私は根本的な手を入れるように進言した。
山を崩して更地にして、川が氾濫しないようにその土で堤防を作るように指示した。
当然我が領地の川にも堤防を作った。
バナマウント公爵家の借金は膨れ上がった。
その頃からキャロラインの態度が変わった。
バナマウント公爵に公爵家の現状を聞かされでもしたのだろう。
私との結婚がいかに重要か知って、キャロラインの態度は一変した。
突然媚びを売るような態度になったことが、とても嫌だった。
不思議なもので金は使えば使うほど入ってきた。
まぁ、私が繰り返し歩んできた人生で何が儲かって何が損をするかを知っていたからではあるが。
父は私がバナマウント公爵家と婚約した頃からバナマウント公爵家が欲しいと言わなくなっていた。
もうじき手に入るとでも思っているんだろう。
私が十八歳になり、キャロラインが十七歳になった。
悲しいかなどちらも一人っ子で、嫁入りも婿入りもできないのが現状だった。
双方の両親と私とキャロラインの四人で話し合うことになった。
「婚約解消してキャロラインは婿入り出来る人を探して、私は嫁入りしてくれる人を探す。それ以外方法はないでしょう?」
その意見に私以外の全員が反対した。
それはもう熱烈に反対された。
「ですが他に方法がないでしょう?」
「考えれば方法はあるはずだ!!」
そう叫んだのはバナマウント公爵その人だった。
「では、たった一つだけ方法があります」
「それは何だ?!」
「これは陛下に了承していただかねばなりません」
「だから何だというのだっ!!」
バナマウント公爵はなんとしてでも婚約破棄したくないようだった。いや、全員か・・・。
私はソファーの背に凭れているがキャロラインを含む五人の体は私の方に乗り出している。
ちょっと怖いなと思った。
もったいぶるように一つ息を呑んで五人を見回す。
「バナマウント公爵家と我がマーヴィナル伯爵家を一つにするのです」
「一つに・・・?」
「はい。領地を一つにしてしまいます。で、家の名をバナマーヴィルとかマーヴィマウントなどに変えるのです」
「家名を変える?!」
「そうです。どちらの名も継ぐのです。私とキャロラインに子供が二人できたらまた公爵家と伯爵家に分けるのです。それまでは公爵家と伯爵家を一つにしてしまうのです。当然陛下に許可をもらわねばなりませんが・・・」
「なら最初から公爵家と伯爵家のままにして子供が出来たら継がせればいいのではないか?」
「勿論それでもかまいませんが、伯爵家の三方が公爵家に取り囲まれていることが問題です」
父は大きく頷き、バナマウント公爵は首を傾げる。
「私達の子供が継ぐと兄弟喧嘩の始まりになります。今は公爵家と伯爵家という他人が領地経営しているので伯爵家は何も言えませんが、兄弟なら取り囲んだ三方を自分のものにしたいと言い出すでしょう」
父はまた大きく頷き、バナマウント公爵は「なるほど」と言った。
「なので、私の代で一度統合して公爵家として取り纏め、子供たちが受け取る時に接地した面は一つになるように分けるのです。・・・勿論、陛下にご理解いただければならないという話にはなりますが」
父が「いい話だと思う」と食いつかんばかりに言い、バナマウント公爵も「うむ。悪い話ではないように思う。どちらの領地も血を分けた子供たちだしな」と自信無げに答えた。
「どちらにしても陛下の許可が必要です。公爵様と父上の双方から陛下に話を持ちかけてみてください」
二人共「陛下に奏上してみる」とその日は解散することとなった。
両親と一緒に帰ろうとしたらキャロラインに呼び止められた。
「どうかした?」
「わたくしと婚約解消したいのではなくて?」
「いや、別に?」
「婚約を継続したいとも思っていないのね?」
「いや、そんなこともないけど?」
「でもさっきの話し合いではわたくしと婚約解消したがっているように聞こえたわ」
「う〜ん・・・そうかな?子供を作る話をしていたと思うけど。・・・なんて言えばいいかな・・・誤解を生むような言い方になるけど、どちらでもいいと思っている」
「それはわたくしに興味がないから?」
「あえて興味を持たないようにしてきたから。が正解かな」
「どういうこと?」
「どちらも一人っ子なんだから実際に結婚するときにはこの問題が立ち塞がると思っていたから、キャロライン様に結婚したくなかったらこちらから婚約解消すると言ったんだ」
「・・・なんだか悲しいわ」
「ごめん。ちゃんと伝えておくべきだったかな? 私としては婚約もありえないと思っていたんだよ。でも公爵家は私の孫の代になっても返し続けなければならないほどの借金を私にしているんだ」
「そこまでの金額を・・・」
「残念だけど。だから公爵はなんとかしてキャロライン様と私を結婚させたいと思っている。でもそれはキャロライン様と私の意思はそこには含まれていないだろう?」
「そう、だけど・・・わたくしはハーレイ様を好ましく思っているわ」
「そう・・・なら結婚に問題はないね。キャロライン様の気持ちが解らなかったから今日話したことを進める気はなかったんだけど・・・私からも陛下に奏上することにするよ」
「ハーレイ様の気持ちを教えてくださいませんか?」
「・・・私もキャロライン様のことは好ましく思っているよ」
「よかった・・・?結婚できるように話を取りまとめてもらえるかしら?」
「尽力するよ」
キャロラインはじっと私の顔を見てほんの一瞬泣きそうな顔になり、振り払うかのように笑顔になった。
その表情の意味はすぐに解った。
キャロラインのことを好ましいとは思っているなんて嘘だし、結婚したいと思うような好ましい人ではないからだ。
キャロラインはそれを感じとったのだろう。
キャロラインが私を好ましいと言ったのにも首を傾げる。
私がバナマウント公爵家を助けられない人物だったらキャロラインは私を好きではなかっただろうと思えるからだ。
お金を持っているから結婚したいだけであって、金のない私には見向きもしないことははっきりしているからだ。
今までやり直してきた十回の人生で、父は私の意思を無視して毎回バナマウント公爵家に婚約の申込みをしている。
今回の人生でも婚約の申し込みをしている。
それらは全て断られてきた。
キャロラインとは子供の頃からの知り合いだ。
領地が隣なのだから互いに良く知っている。
年齢が一つしか違わないので王城の招待でも顔を合わせてきている。
キャロラインを好きだと思ったことはなかったが、キャロラインも私のことを好きだと思ったことは一度もないだろう。
私にお金があると知ってから態度が変わったのだから、金目当てで間違いないだろう。
今は落ちぶれていて欲しい物も買えないことは調査で知っている。華やかだった自分の過去を夢見て私なら叶えられると知って、恋した気になっているだけだ。
だから私にとってキャロラインは結婚したい相手ではない。
父のためだ。今まで九回の人生を好きにさせてもらったのだ。一度くらいは親孝行をしなければ。
誰にも聞かれていないことを確認してから大きなため息を吐き出し「やっぱりキャロラインとの結婚は嫌だな・・・」と声が漏れた。
公爵、父の双方の奏上が功を奏したのか、将又王家への支援金がものを言ったのか、公爵家と伯爵家を一つにして子が出来たら公爵家と伯爵家として割譲することが認められた。
それから結婚まではとても早かった。
バナマウント公爵と父は私たちの結婚と同時に引退して私がバナマーヴィル公爵という家名の地位につくことになった。
この結婚でバナマウント公爵家の借金は帳消しとなった。
その代わり離婚することになった時、慰謝料は払わない。バナマーヴィル公爵として手に入れた資産も割譲しないという契約書をバナマウント公爵とキャロラインの双方と取り交わした。
キャロラインは不服そうだったが、なら慰謝料と資産の分配はするので、バナマウント公爵家の借金を私に返し続けるようにと言うとキャロラインとバナマウント公爵は即座に契約書にサインした。
また一つキャロラインが嫌いになる理由ができた。
領地の統合の発表もあったので貴族全員に結婚披露宴の招待状を送った。
その半分でも来ればいいかと思っていたが、招待状を送った全員が披露宴に出席するという返事が届いた。
結婚式はごく内輪だけで行い、披露宴を盛大なものにした。
陛下と王妃は結婚式に参列してくださって、一番に祝いの言葉を告げてくださって、早々に帰られた。
沢山の人と挨拶を交わしその中でも気になったのはエーザリア伯爵夫妻だった。
子供に恵まれなかった夫婦で、細々と暮らしていると話していた。
やり直している人生の中で気になる人だったので、この夫婦とはつながりを持ち続けようと思った。
王太子夫妻と第二王子夫妻も披露宴に参加してくださった。
中には二度と関わりたくないと思う人も数多くいた。
義父と父の繋がりがある人とは懇意に付き合う約束をして、仕事の話も少しだけして相手の興味を引きつけた。
午前中の早い時間から結婚式をして、披露宴を開始したにも関わらず、披露宴が終わったのは夜もふけた頃だった。
当初からの予定で初夜は結婚式当日には行わなかった。
翌週の週明けから領地視察という名目で二人で旅行に出かけるので、その時に初夜を済ませることと決まっていた。
結婚式で疲れ切った後は私もキャロラインもゆっくりしたいからだと話をつけた。
嫌なことの先延ばし……といってもたかが数日のことだけど、この数日で腹をくくることにした。
披露宴が終わると私は伯爵家へと戻った。いやもう伯爵家はないので、父の屋敷に戻ったと言うべきだろうか。
ベッドに転がった瞬間に意識を失うかのように眠りについた。
翌朝は両親も昼過ぎまで起きてこなかった。
週が明け、バナマーヴィル公爵家になった屋敷にキャロラインを迎えに行く。
結婚式後初めて会うキャロラインは頬を染めて私の手を取った。
今夜が初夜だと思うととても気が重かった。
公爵家だった領地をぐるりと周り、他領だけれど温泉のある宿まで足を伸ばしてそこで宿泊する。
私にとって十人目の妻だ。こんなに心が弾まない結婚は初めてだ。
あえて今まで同じ人生を歩まないようにしていたので、毎回違う人と結婚していた。
繰り返す人生で結婚した相手がどうなっているか毎回調べているが、半分の確率で私の妻となった人は結婚していなかった。
今までは気にならなかったがキャロラインは毎回、第三王子が婿入りしていたはずだ。
その第三王子は今回バナマウント公爵家とは王家を挟んだ反対側の領地を分け与えられ、公爵を叙爵することになっていた。
結婚相手は侯爵家のご令嬢だ。
残念ながらこの侯爵令嬢の前の結婚相手までは記憶になかった。
そんな事を考えながら初夜を終え、キャロラインが眠っていることを確認して温泉に浸かるために部屋を出た。
いい気持ちで湯に浸かり温まった体でベッドに仕方なく戻った。
キャロラインが私がいなかったことに気付いているのか気付いていないのかはどうでもいいと思った。
今までの妻たちとはこんなことをしなかったのに、キャロラインと枕を共にするとお風呂に入らずにはいられなかった。
事が済むと自室に戻りお風呂に入ってから眠る。
「人の気配がすると眠れないんだ」とキャロラインに言い訳をした。
ずっと文句を言っていたが、妊娠してからは一人寝が楽でいいと思うようになったのか、文句を言わなくなった。妊娠が早くて本当に助かった。妊娠中は不安だからと夫婦の寝室に訪れることはしなかった。
そんな生活をしながら女の子が生まれ、男の子が二人生まれ、女の子が生まれた。
四人目の女の子を妊娠してからは夫婦の寝室には一度も訪れていない。
キャロラインは思い出したように夫婦の時間を持とうと文句を言うがどうしてもその気にはなれなかった。
領内の視察に出ている時に偶然、四番目の妻と出会った。
変わらず綺麗な人だ。
彼女は私と目が合うと微笑んで、去っていった。
彼女を抱きたいと思ったけれど、手を伸ばすことは出来なかった。
第二王女が隣国の第一王子の元へ嫁ぐ。王都中がお祝い気分で活性化していた。
残念なことにこの結婚はいいものにはならないことを知っている私は少々複雑だった。
子供たちが王城に招待される日が一年に三度ある。私も五歳〜十五歳まで毎回参加していた。
年が離れていたので、第二王女とは二年ほどしか付き合いはなかったが、私のどこを気に入ったのか王城に行く度に「ハーレイお兄様」と呼び、ちょこちょこと後ろを付いてきた。
付いて回られると可愛く思え、おままごとや人形遊びに付き合っていた。
第二王女のシャローナという名前でお茶会に呼ばれた男は私だけだと自負している。
まぁ、それもお年頃になったらお茶会に他の男を招待しただろうが。
その第二王女が不幸な結婚をする。
止めることが出来るのなら止めてあげたいが、公爵といっても王家の縁談にまで口は出せない。
第二王女が婚約する時にちょっと調べてみたけれど、相手の王子は私より六歳年下で瑕疵のつけようがなかった。
一応王子が王太子になった時に既に側妃が二人いることが判明していたので、陛下にだけは伝えた。
陛下は苦い顔をしたけれど「どうにもできん」と呟いただけだった。
私は二人の息子に爵位を継ぐ者としての教育をした。
長男は残念なことに公爵家を継げるだけの度量はなかった。
義父と父にも相談した。
父たちの目で判断してもらうことにした。二人とも私と同意見だった。
長男にはマーヴィナル伯爵家を任せることが決まり、次男にバナマウント公爵家を任せることが決まった。
小さな頃から言い聞かせてきたので、二人の子は納得していたのか納得しようとしていたのか・・・。
長男が反発するのではないかと心配していたが、長男自身が自分から伯爵家を選んだ。
父が満足の行く形で土地を分割した。
義父も可愛い孫が受け継ぐのだから今回は嫌だと言わなかった。
父は「ありがとう」と小さな声で言った。
それから子供たち全員が婚約したので、キャロラインに離婚を申し出た。
何度も話し合った。当然キャロラインは納得しなかった。
「結婚する前から離婚の準備をしていたんでしょう? わたくしのことが嫌いだった?」
そう聞かれても返事をすることが出来なかった。その通りだったから。
それでも私は「離婚したい」と言い続けた。
最後にはキャロラインが「話し合いもまともにしてくれないのね」と言って諦めてくれたのだろう。
離婚を承諾した。
次男が成人して爵位を譲位したのを切っ掛けに離婚届を提出して、私は公爵家を出た。
公爵家には公爵家の商売を残し、伯爵家には伯爵家の商売を残した。
上手く仕事を繋げられるかは子供たちの努力次第だ。
それ以外は少しの現金しか渡していない。
キャロラインは慰謝料を寄越せと言ったが「婚姻前の契約書があるから渡す気はない」と答えた。
「やっぱり結婚する前から離婚を考えていたんでしょう?!」
離婚届を提出した後だったから正直に答えた。
「キャロラインは私のことが好きなのではないだろう?私が持つ金が好きなだけで、金がなければ私なんかと結婚したりしなかった。結婚している間もずっと私を成金伯爵だと蔑んでいただろう?」
キャロラインは虚を付かれたような顔をして視線を彷徨わせた後、目を伏せた。
キャロラインは結婚してからも公爵家の娘という立場を振りかざしていた。
腹が立つのでその度に公爵家の妻の予算を締め上げた。
すると手の平を返したように態度が変わる。
だから私は子供が生まれる前から・・・いや結婚する前からか。離婚を決意していた。
何年か前からエーザリア伯爵から爵位について相談されてはいた。
残念なことにエーザリア伯爵夫妻には子供に恵まれなかった。
キャロラインとの結婚披露宴で出会ってからエーザリア伯爵夫妻とは交流を続けてきた。
今回離婚したと報告に行くと、エザーリア伯爵は私に爵位を譲りたいと言いだしてとても驚いた。
領地開発を私が手伝ったことが大きな理由だと言い、私にしか譲る相手はいないとまで言ってくれたので決心した。
エーザリア伯爵夫妻に返事する前に、両親と話し合った。
両親はあっさりしたもので逆に「良かった」と言ってくれるほどだった。
私はエーザリア伯爵夫妻の養子となった。
このエーザリア伯爵夫妻は今年の夏に伯爵がベッドで眠るように亡くなり、それを追うように伯爵夫人も夏の終わりに亡くなってしまう。
九回の私の人生で同じように亡くなっている。とてもいい人たちなので長生きして欲しいと思うが、事故ならば助けることも出来るが、自然死では助けようがない。
エーザリア伯爵夫妻のことを知っていたのは毎回、跡継ぎのないエーザリアの領地をどうするかで揉めるからだ。それも新聞沙汰になるほどに。
毎回エーザリア伯爵の子だと名乗りを上げる者が三人いるのだ。
で、毎回エーザリア伯爵の墓が掘り返されて鑑定で三人は子供でないと証明されるのだ。
仲の良い夫婦の終わりは波乱の幕開けとなってしまうのだ。
だが今回は私という養子がいるので、三人の自称エーザリア伯爵の息子が出てくるかは今のところ解らない。
エーザリア夫妻が亡くなるまでに再婚相手を探そうと思い立った。早めに結婚して夫妻を安心させてあげたかったのだ。
何人かの人と見合いをしたけれど残念なことにこの人とならと思える人とは出会えなかった。
エーザリア伯爵が爵位を私に譲位した後、夏が来てエーザリア夫妻は亡くなった。
二つの葬儀を立て続けに出し、伯爵家の庭に新しい伯爵家の屋敷を建設しようと図面を引いている。
夫妻が住んでいた屋敷はそのまま離れとして残しておく予定だ。
寒い冬が明け、春が来た。実子だと申し立ててくる人は現れなかった。
春が来るのと同時に隣国に嫁いでいた第二王女が戻ってきた。
側妃になることを理解して嫁いでいったが、四番目の側妃だとは知らず嫁いでからそのことを知らされた不運の王女。
第二王女は騙されたと腹を立て、離宮に閉じこもっていたそうだ。
この度、隣国の王が亡くなったことで「隣国に残るか?自国に帰るか?」と聞かれ自国へと帰ることを選んだ。
なぜ私がそんなことを知っているのか?
今目の前で陛下と第二王女が話しているからだった。
「そこでハーレイよ。このシャローナが嫌でなけれシャローナと再婚せぬか?」
「ですが私は伯爵位で、とてもじゃないですが王女を妻に迎えることは出来ません」
「当然、婚約したら侯爵家に陞爵させる。エーザリアの周辺は国の領土なのでその領土をシャローナにやろうと思っておる」
「・・・シャローナ様はどう思われているのですか?」
「わたくし・・・ハーレイお兄様のことは子供の頃から面白いお兄様と思っていたので・・・わたくしを大事にしてくださると約束してくださるのならハーレイお兄様に嫁ぎたいと思います」
「私には前の妻との間に四人の子供がいますよ?」
「それは・・・はい。知っています」
「王女や妃と言う立場ではなくなってしまいますよ。それでもいいのですか?」
「正直侯爵夫人と言う立場がどういうものか理解できていませんが、ハーレイお兄様が助けてくださるのなら頑張ってみたいと思います」
「私が夫でもいいんですね?」
シャローナの視線から目を外さずに問う。
シャローナも私から視線を外さずに力強く頷いた。
「ハーレイお兄様の妻にしてください」
「解りました。このお話、受けたいと思います」
「ハーレイ!ありがとう!!前の結婚でいい思いをしなかったシャローナを頼む」
「誠心誠意努力いたします」
陛下は話を覆されるのが嫌だったのか、その場で婚約することを望んだ。私は了承した。
防衛費として国庫に多額の献金をして、その報奨として侯爵の地位を貰うことにした。
そしてシャローナと結婚したことで公爵位を陞爵されることになった。
エーザリア周辺の国の領土をシャローナの名義でいただいた。
王都で公爵として恥じないタウンハウスを購入した。
元々建て替えるつもりだった領地の屋敷はいただいた領地を合わせて考え、全領地の中心に近い町の端に建てることにした。
公爵家の屋敷なので今まで引いていた図面では間に合わず新しい図面を引き直すことになった。
「互いに再婚だから小さな式で」と陛下に言っていたのだが、陛下は「公爵家の結婚で小さなものなどありえない」とお怒りになり、相応に大きなものとなった。
息子夫婦や娘夫婦が結婚式に来るのは正直勘弁して欲しいと思った。
キャロラインまでもが結婚披露宴に居ることに驚いて、挨拶を返すのに二呼吸ほどの時間が必要だった。
当たり障りのない挨拶だけして終わろうと考えたのに、当然のようにキャロラインに絡まれて、バナマウント元公爵がキャロラインを会場から連れ出すという一幕があった。
結婚披露宴が終わりシャローナとはその日に初夜を迎えた。
事が終わるとシーツに小さな赤いシミが出来ていた。
キャロラインとはお風呂に入りたくて堪らなかったが、シャローナのことはそのまま抱いて眠ることが出来た。
目覚めてキスを一つすると頬を染めるのが可愛らしいと無条件に思えた。
シャローナもいい年なので妊娠出産は諦めていたのだけれど、結婚して一ヶ月で妊娠した。
出産まで持ちこたえることが出来るのかそれだけが心配だった。
「もう何度も聞いたわ」とシャローナがボヤくくらい無事に子供が生まれることを願った。
無事生まれたら孫よりも年下の子供になってしまうのだが、そのことには気が付かなかったことにした。
予定日が来てもシャローナは産気づかず、私は大いに気をもむことになった。
正直生きた心地がしなかった。
予定日より二週間遅れてやっと産気づき、母子共に元気で生まれてきた時には涙が出た。
私にとってはすごく残念なことに陛下にそっくりな男の子だった。せめてシャローナに似て欲しかった。
子供が生まれて陛下にそっくりだと伝えると、退位して暇なのか、上王と上王后の二人でエーザリアのタウンハウスまで来てくださった。
二人は殊の外喜んでくださり、一週間滞在なさった。
いい結婚生活は仕事にもハリが出るのか、私は精力的に動いた。公爵家として恥ずかしくない収入を得ることが出来るようになると、私が持てる財産の全てを注ぎ込んで領地開発を行うことにした。
仕事がうまくいくと家庭もうまくいくのかシャローナが二人目を妊娠した。
今回も口が酸っぱくなるまでシャローナを過保護に扱って、医者に「妊娠は病気ではありません!」と叱られた。
この子のことも物凄く心配したけれど、杞憂に終わった。
シャローナに良く似た女の子だった。
ますます仕事に熱が入り、川に堤防を作り、地盤の緩いところを固め、畑の土壌再生も行った。
金が動く度に人が集まり村になり町になっていった。
工事が終わったら寂れるような村や町ではなく村と町が出来たところには畑を精力的に作り、工業・産業を根付かせることが出来た。
領民が住む家もたくさん作った。
子供を生みやすいように子供が生まれた家には一年間税金を半額とした。
その噂が広がったのか、若い夫婦や恋人たちが集まってきた。
使い果たした財産が元通りになるまでに六年の月日を要し、使っては取り戻しを繰り返している間にいつの間にか子供たちが婚約する年齢になり、やがて結婚した。
息子に仕事を教えつつ、仕事へのペースを落とした。
そして父が死ぬ日が間近に迫ってきた。
私は身辺を片付け、仕事のすべてを息子に渡し、爵位も譲位した。
そしてエーザリア伯爵夫妻が住んでいた屋敷に移り住んだ。
シャローナに長い遺言書を認めた。
父が死ぬ日が解っているので三日前から家族で父の住むマーヴィナル家へと訪れることにした。
キャロラインが産んだ子供たちにも何を置いても来るように伝えた。
父も母も孫からひ孫まで集まったことに驚いていたが、とても幸せそうだった。母もとても喜んでくれた。
思えば九回の人生全てで父の死に際に一緒にいたことはなかった。
思い出を語り合い、未来を語り、父が死ぬ日になった。
朝食を一緒に取り、他愛もない話をして「ちょっと疲れたかな」と言って皆がいる場所でうたた寝をしてそのまま帰らぬ人となった。
しめやかに葬儀が行われ母が私を抱きしめて「ありがとう。あなたのおかげでお父様の人生はとても素晴らしいものになったわ」と何度も何度も言っていた。
明日、私が死ぬ日だ。