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茨の王  作者: 山臣
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雪原に別つ 3

分かり辛さが倍増した気がします。

シキの自覚編、といった感じですかね。




外から慣れた気配が物凄い勢いで近づいてくるのを、シキはベッドの上で感じた。


まだぎしぎしと軋んでいる身体は、中々言うことを聞いてくれず、酷く緩慢な動きしか出来ない。それでもようやくベッドから下り、開け放たれたままの巨大な窓へゆっくりと歩み寄る。

夏ほど湿っても、冬ほど乾いてもいない秋風に似たそれが窓から静かに吹き付けてくる。ほんの少しの肌寒さに、シキは改めて己の身体を見やった。

踝まで覆う程丈の長い、手触りの良い白いワンピース。袖は七分で、胸の下をリボンに似た紐でくくっている。おそらくこの世界の寝巻きだろうが、全体的にゆとりのあるデザインで、シキも然程苦手なものではない。

部屋の中をぐるりと見回して、目当てのものを探す。

――それは、部屋の隅にひっそり佇むコートハンガーに掛けられていた。

遠目に見ても美しい、樫材に真鍮と銀で装飾されたコートハンガーはしかし、広すぎる部屋にはどことなく不釣合いだった。しかもシキが最初に部屋に入って見た時には無かったものであったから、おそらくロザリーが慮って持ってきてくれたのだろうとシキは推測する。よく着るであろうものを、一々クローゼットに仕舞うのは面倒だ。しかしソファーやベッドに投げっ放しにするのは行儀が悪い。故に行き付いたものだろう。

「……おいで」

視界に入ったそれに呼びかける・・・・・

すると、ふわり浮いた黒い外套が滑るようにシキの胸に飛び込んできた。

風にひらひらと漂う羽根をそっと撫でてから、シキは外套を羽織った。

「……まだ残ってたんだなあ、これ」

漆黒の外套は、元々はヨルゲンの持ち物だ。

魔使であるカレヴァの羽根を織り込んで、魔法に対する護符の役割と共に防寒、防熱耐性を持たせた、優れものの魔術の品である。いつもこれを着ていたはずの彼から、どのようにこの城に流れ着いたのかはシキにも分からないが、とりあえずは着慣れた心地のする外套に再び出会えたことを喜んだ。

しかし、シキはふうと溜息を付いてしまう。


「あー……厄介だなあ、本当に、この身体」


シキは、ヨルゲンではない。

シキはシキで、こちらの人間ではない。しかし、生まれる前、その遥か昔――自分はこちらの人間であったと、思い出した。

しかしその自覚も朧なのは間違いなかった。元々、シキの前身である者の記憶はもう消えかかっている。

自我も無く、自覚も無く、ただ僅かに魂の記憶が残っているだけ。しかしそれは、酷くヨルゲンに惹かれて、寄り添っている。負の感情など全く見当たらない、純粋な、しかし複雑な親愛の情。

そしてシキの中で、今は眠っているヨルゲンもその魂にしがみ付いて離れない。

しかしそれは、シキの前身者とはかけ離れた情だ。執着と、盲愛と、慈しみと――悲哀と、憎悪。悲哀や憎悪に関しては、前身者に向けられたものではない。が憎んでいるのは、この世界の全て・・・・・・・だ。取りこぼしなど無いぐらい、彼は世界を憎んでいる。正確には、この世界にひしめく人間を。

――200年もの永い時にも、朽ちることの無い憎悪。

それが如何程のものなのか、シキは知らない。

反比例するようなわたし・・・に対しての盲愛は、何かの拍子に封印の結界が緩んだとはいえ、世界を超えた魂を引き寄せて引き剥がしてくるほどで、凄まじいとしか言いようが無い。あの駅のホームでシキが見た白い腕と赤い眼は、ヨルゲンだろう。それ以外に考えられない。そんな重たい妄執を向けられるのは――正直、悲しいだけだ。

いくら前世がこちらの人間であったことを思い出したとは言え、シキはただ、僅かばかりのことしか知らない。思い出したと言うことさえ憚れるほどの情報しか無いのだ。ヨルゲンがどう育ったか、何をしてきたか、何が理由で世界を憎むのか、何故大虐殺を引き起こしたか、――どうして、封印をされたのか。シキは全く知らないし、思い出せもしない。


ただ、ヨルゲンを慕っていたこと。

兄と、呼んでいたこと。

おそらくは、女であっただろうということ。

――兄を救いたいと、願っていたこと。


むしろそれを思い出したことの方が奇跡に近い、とシキは感嘆する。何せ前身であった者よりも、ヨルゲンの意識の方が強いぐらいなのだ。ヨルゲンの生まれ変わりと認める方がどれ程楽か知れない。しかし残念ながらシキはそれを認める気は全く無い。

シキとヨルゲンは、どれだけ近くとも似ていようとも、独立した存在だ。今は混じり合っており、ヨルゲンであるという自覚や魔法の行使など影響が如実に出ている状態だが、やはり別物なのだ。

――ヨルゲンであり、ヨルゲンではなく、またシキであり、シキでもない存在。

感覚といい、記憶の混乱といい、非常にややこしい。シキは深く深く溜息を吐く。

何が面倒かというと、他者に説明をするのが激しく面倒なのだった。


「ま、……いいや」

深く思考することを放棄して、シキは開け放たれた扉のような窓からバルコニーへ出る。

頭の中で、先程部屋の中に張り巡らせた防音障壁をバルコニーの淵まで伸ばした様を想像する。一瞬後には、既に障壁は外にも展開された後だった。

あの女――おそらく刺客であった女が驚いていたのは、今と昔の魔法基準の違いだろうとシキは思う。


女の呪文を聞く限り、呪文の定義は然程変化は無い。それが力を持つ言葉――古代の言語であることにも変わりはない。変わったのは無唱魔術スィレ・ソーサに関してだ。

元々無唱魔術スィレ・ソーサというのは、呪文を唱えない、というだけで全ての事象を己の魔力と想像力で行うものだ。言ってしまえば、呪文を唱えるか唱えないかの、時間の短縮――それだけに尽きる。

普段使われている言葉ではなく、枝分かれする前の言語の基本形である古代語で呪文を唱える、ということは、言葉にすることによって想像しやすくなり、また言葉自体に力があるので具現が簡単になる。反対に言葉を使わない無唱魔術は、相手に自分が何をするか悟られず、また頭の中で全てを一瞬で展開するので時間を食わない。また、言葉・・力を喰われない・・・・・・・のが利点である。力ある言葉は、それを扱う者の力を喰う。強い言葉を――例えば、その存在自体を消滅させるような、【死】という言葉であれば余計に消耗する、といった具合だ。

故に200年前までは、ある程度まで魔術を極め、無唱魔術師ソーサラーとして生きている魔術師はそれなりに多く存在していた。今はどうしてだか減少してしまったようだが。


魔術に関することは、法則を含め、シキはあらゆることが思い出せるようになっていた。

それだけヨルゲンは、魂の奥深くまで魔術に染まっていたのだろう。最早人間とは一線を画す程の力を持ち合わせていたらしいヨルゲンは、それを惜しみ無くシキに与えてくれている。それが彼を受け容れている恩恵なのか、それとも彼の意思であるのかはシキにも分からない。

できれば一生――自分が死ぬまで、眠っていてもらってもいいとシキは思う。

そうすることでヨルゲンが安穏の内に消えてゆけるのなら、それでも構わなかった。



彼は、独りだ。

わたし・・・が寄り添っていても、縋っているようで、突き放していて。

あの凍える、白い吹雪の荒野で――彼は、まだ、たった独りで佇んでいる。




『我が君!』


急に目の前が陰り、シキが顔を上げれば、見慣れた己の竜と魔鳥が舞い降りてくるところだった。

風の煽りを利用し、巨体に似合わずそっとバルコニーに着地したリーリヤの口には、黄金色の丸い実をつけた植物がいくつも銜えられていた。

『我が君、我が君、シキ――ああ、』

犬のように鼻先をシキの頬に擦り付けるリーリヤを、シキは微笑を浮かべて見つめた。

そっと頭の側面を撫で、角の根元を引っかくように撫でてやるとリーリヤは爬虫類のような、宝石にも似た目を細める。

シキがその場にぺたりと座り込むと、リーリヤも心得た風に座り、シキの背もたれになれるよう丸くなった。石の床は少し冷たいが、気になるほどではない。急いで飛んできたせいか、熱を持つリーリヤの鱗は硬いが、心地良くシキを暖める。

そして間を見計らったか、カレヴァがシキの肩の上に舞い降りてくる。

肩当も何もしてはいないのに、鋭い爪を感じさせないカレヴァの座り方に、相変わらずだ・・・・・・とシキは人知れず笑った。

「おかえり、リーリヤ、カレヴァ。……待たせちゃった、ね」

『お目覚めをお待ちしておりました……我が君』

最後の方は涙声で、そんなにも嬉しいものかとシキは苦笑してしまう。

この心配屋で過保護な魔使たちに、とんでもなく心労を掛けさせてしまったらしい。カレヴァなどは逆に無言で、一言も発さずにぐりぐりと頭をシキの米神あたりに押し付けている。

「これは?」

シキが、リーリヤから渡された木の実らしき果実を指して尋ねる。

『これは、臥龍山脈の鉱泉で育つ木の実です。私達は……木金コガネだとか、火実ホノミと呼んでいますが、人間がどう呼んでいるかは知りません。皮は硬いですが、中はとても甘くて美味しいんです』

言われた通り、黄金色の実は凹凸が少なくつやつやとしていて、叩いてみるとかなり硬い。この中に柔らかい実が入っているとは思えなかった。それにしても根こそぎ持ってきたのではないかと言うほど大量である。目に付くだけで、大人の拳より大きな果実が枝つきのまま、ゆうに二十個はあった。

「……ありがとう、ふたりとも。後で切り分けて、食べようか」

『それは我が君が』

「はは、食べきれないよ」

カレヴァの柔らかい羽根を撫でる。この外套も着心地がいいが、大本のカレヴァの羽はもっとずっと気持ちがいい。


「……思い出したよ、ふたりとも」


驚いたような四つの目が、じっとシキを見つめた。


「でも、肝心なことは――ほとんど、思い出せないんだけどね。リーリヤとカレヴァの言ってた意味が、ようやく分かったよ。……私は私だけど、ヨルゲンでもあって。でも、本当のヨルゲンでもないし、違う人間でもある。――だから、あなたたちの主であって、……主じゃない」

『――我が君、私達は』

「うん」

シキは頷く。

彼らの言いたいことは、判っていた。



「私はね、ふたりを捨てたりなんかしない。置いていったりもしない」



床に伏せたリーリヤの爪が、僅かに石の床を抉り削るのをシキは見つめる。

「ふたりが、私の中にいるヨルゲンを見ていたって全然構わない。私は、元々は彼の妹であって本当のヨルゲンではないけど……ヨルゲンにもなれる・・・し、その自覚もある。――だから、不安にならなくたって、いいんだ」

『我が、君』

「ふたりの、したいことを言ってもいいんだ。したいこと、私にしてもらいたいこと、……私は、ふたりが望んでくれるなら何だってできる」

ただ無心に己を慕う使い魔を、ヨルゲンはきっと慈しみこそすれ、厭うてはいなかったはずだとシキは確信できる。ヨルゲンが盲目的に愛していたわたし・・・という存在以上に愛せなかったとしても、裏切ることなどできなかったはずなのだ。

この、子供のように、母親のように、友のように無償の情を注いでくれる獣を、どうして見捨てられようか。


『……我が君、』

「うん」

『……置いていくことは許さぬ』

「うん」

『お傍に、置いてください』

「うん」

『吾らを……見てくれ』

「うん」

『――あなたを、護らせてください』

「うん、私も、ふたりを護るよ」

『それでは意味が無かろうが』

「ふたりがいなくなるのは嫌だもの」



『――ずっと私達の主で、いてください』




「……うん」



安請け合いとも取れる了承は、新たな契約。

ふたりのからだを撫でながら、シキは身の内に感じるヨルゲンの気配に、無駄とは知りつつ問いかける。



こんなにも愛され、

請われ、

望まれて。



どうしてあなたは、







まだ、独りのままで其処にいるの。







少し進んだ感じです。

魔法に関してやヨルゲンに関してはまた分かりやすく作中で説明する機会がありますので、その時にまた…(おい)

フェルディナントが放っておかれてますが、ちゃんと次回登場します。

本当はフェルとシキの恋物語が主軸だったはずなのに、どうしてこうなった…


神は言っている……プロットを書かないからだと……

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