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茨の王  作者: 山臣
22/26

雪原に別つ 1

今回も何だか意味不明な気がします。

後々きっとつじつまが合うはず…orz


耳元で、テレビの砂嵐のような音がする。

実際はそれよりもずっと心地良い、本当の風が踊るような音だ。



瞼を開く。



視界の全てを、雪の白と影の鼠色が支配していた。

そこは雪原なのか――周囲には家屋も森も、人や獣の気配さえ無い、全くの荒野だった。いや、実際にはそのどれも存在しているのかも知れない。けれど、今、それを探る術を持ってはいない。そこにただ、佇んでいる。

斜めに吹き付ける風が雪を運び、また積もり積もった細かな雪さえ舞い上げて、視界を白く覆ってしまう。

真昼の明るさではなく、僅かに薄暗い、夕暮れの明るさ。見上げれば、分厚く濃さの違う雲が上空を物凄い速さで流れていって、吹雪は止む気配を全く見せない。

びゅうびゅうと吹き荒れる吹雪は体の内側をすり抜けていって、纏う漆黒の上着にも、髪にも何ら影響を残さない。

何度息を吐き出しても、吸い込んでも、空気に白は滲まない。

感じるはずの寒ささえ、肌は感じなかった。

夢の中の出来事のようだ、と思う。

しかし、これが夢なのか、現実なのかさえ――酷く曖昧だった。



瞼を閉じる。



瞼越しに雪が反射する光が入ってきて、完全な闇にはならない。

それが酷く心細く、ぎゅうと瞑る。結局は無駄だというのに。



また、瞼を開く。





見下ろした数歩先――無様に這い蹲り、身体を丸めた小さな少年が雪に埋もれかけていた。



震える口からは白墨のような息を吐き出していて、けれどそれは空気に滲む暇も無く、風に流され跡形も無く消えていった。

吹きつける風と雪に、大きく開けられない目は細くなり、微かに覗く虹彩は血のような暗い赤だった。冷気に弄ばれる真っ黒い髪は長くも短くもなく、所々ざんばらに切られており、酷く不恰好だ。脂ぎって汚れたそれは妙な光沢を持っていて、しばらく身体を洗っていないらしい。

見やれば、コートも、そこから伸びるズボンや靴もかなり傷んで薄汚れている。

手袋さえ着けていない、自分の身体を抱く手は霜焼けで真っ赤になっていて、指先は土で汚れている。傍らに、雪に埋もれつつある、土塗れの木の根が転がっていた。きっと雪を堀り、そして凍った土を砕き、掻き分け、掘り出したのだろう。食べるものが無いのか、それとも燃料が無いためかは判らない。ただ、とてつもなく窮しているのは確実だ。

見たことのない少年だが、どこか懐かしい気がする。

ただ、それだけだ。好意も敵意も、憧憬も憎しみさえ感じない。ただ、懐かしく、可笑しなほど愛しかった。

擦り切れたフェルトのようになってしまった毛皮のコートを着ているが、それが寒さを防いでいるのかは甚だ疑問だ。

現に彼は、とても震えている。

歯を食いしばり、可哀想な位細い手でぎゅっと自分の体を抱いて。


少年が身動ぎする。


今まで動かなかった身体が独りでに動いて、少年を抱き起こした。

ぐったりと腕に身体を預けてくる少年の顔はまだ本当に幼くて、軽すぎる身体に眉根を寄せる。

まるで骨と皮の少年は、半分意識を失いかけているようだった。

とてつもない恐怖を感じて、彼の身体を抱きしめる。強く、強く。背中に腕を回し、抱き込んで、少しでも熱が――吹雪すら通り抜ける身体に熱があるのかは分からないけれども――彼に、移っていくように。

後頭部に手をやって、少年の額を私の肩に押し付ける。鼓動が聞こえるようにしたかったが、元々小さな私がそれをやるのは体格的に難しい。胸は貸せないから、せめて肩を。


「……泣かなくて、いい」


ぼそりと耳元で声が聞こえた。

はっとして顔を向けると、少年が薄く目を開け、こちらを見ていた。彼の赤い眼を、血の色だと思っていたはずなのに、妙に凪いだ今の色は秋の森を染める葉によく似ていた。


「おまえは、泣かなくていいんだよ」


土で黒く汚れた小さな手で、宝物にでも触れるように頬に触られる。

冷たい手が頬を滑って、そうしてようやく自分が涙を流していることを知った。


「……おまえの、泣くところは……ぼくは、もうみたくない」


少年がもう片方の手を伸ばしてきたので、頭を差し出す。ゆるりと抱きしめられる。

これではまるで今までの立場が逆になってしまう。



「……おまえは、笑っていればいいよ」



御伽噺でも囁くような口調で。



「嫌なことも、痛いことも、きたないことも、みんな、ぼくがする。ぼくが、おまえをまもるよ。この世界のすべてから、ぼくはおまえを、まもるよ、」



どんなに虐げられても、


どんなに汚れていっても、


何もかも失ってしまっても、


世界中の全てのものが敵になってしまっても、




「おまえさえいてくれれば――ぼくは、生きていけるよ」




額に唇が押し当てられる。

人の親が子を宥めるように、母猫が仔猫を愛するように、子供が気に入りのぬいぐるみを抱きしめるように。

そんなひたすらに優しい口付けは、涙を止める役割を果たさない。

ひたすらに強い、慈愛のようで、執着のようで、妄執のような愛は、重たすぎて潰れてしまいそうだ。雁字搦めに絡みつく、鋭い茨のように心に食い込むその情は、只人には重すぎる。向けられるにも、抱くにも、それは重たくて温かくて心地良くて、とても痛い。



そのことに気付いていて、気付かないふりをして。


――そうしてわたし・・・は、罪を清算するため・・・・・・・・罪を負った・・・・・





(……わたし・・・?)


少年の背中に回した手を持ち上げて、見やる。

手は少年のよりも大きくて、汚れも無く肉に包まれてはいるけれど、そのかたちはとても少年のものによく似ている。



ああ、そうか。


――私は、わたし・・・か。



不意に、納得する。

まだぼんやりと霞がかる現実と真実はおぼろげで、不確実で、不安定だ。それでも、理解できるものは僅かにあった。

わたし・・・はもうこの世界のどこにもいなくて、わたし・・・の欠片は私の中にほんの少しだけ存在しているだけで、私はもうでしかない。私はわたし・・・が正確には何かもほとんど分からないし、正直、この状況もよく理解できていない。


けれど、ただ少年を離してはいけないと、それだけは分かった。




「……私も、あなたを守るよ」



ぽつりと零せば、少年は酷く驚いた顔をしてこちらを見た。


「私も、あなたを守りたい。守られるばかりじゃなくて、護りたいよ」


「……でも、おまえ、は」


首を振る。


「あなただけが汚れることなんて、無いんだ。痛いことも、嫌なことも、私に分けて。……いつもいつも、あなただけが傷ついて壊れていくのは、寂しくて、悲しくて、痛くて――」



とても、苦しいんだ。




「あ、」


いつの間にか、私の腕の中から少年の姿が消えていた。


吹雪荒む雪原に座り込んだ私の目の前に、一人の男が佇んでいた。

背は、それほど高くはない。男にしては長めの黒髪は白い顔の上に流れ、風と相まって表情を覆い隠してしまっている。どことなく童顔そうに見えるだが、所々存在する小さな皺は、彼の年齢と苦労を如実に表しているようだった。

どこかで見覚えのある、鴉の濡れ羽色の黒い上着は強い風に揺らめいてばたばたと音を立てる。その下には見たこともない深い蒼に染めた服を着ている。どれもこれも長めの衣服は風に布をはためかせて、まるで擦り切れ、やつれても必死で立っているぼろぼろの旗のようにも見えた。

荒ぶ黒髪の合間から見えた瞳は、赤く濡れた肉の色。



「――い、さん」



口が勝手に言葉を紡いで、無意識に手を伸ばす。

だらりと下ろされた白磁の手に触れるや否や、私の手を振り払って、男は踵を返した。


「待、」

「……来るな」



「……おまえは、こっちに来ちゃいけないよ」


背中越しの声は、酷く優しく、悲しく、諭すような物言いだった。

言うが早いか、男は、吹雪の向こうへ駆けていった。

――逃げるように。




取り残された途方も無い寂しさに、私は手元の雪を、ぎゅうと握り締めた。









ええ、今回も説明無しではわけが分からないこと請け合いです…

次回は短いですが説明っぽいというか、少々謎が解明しますので今しばらくお待ちください。


理解不能な展開が続いておりますが、感想なんか頂けると当方踊りだすぐらい嬉しいです…自重、俺自重しろ…

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