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茨の王  作者: 山臣
19/26

狂乱の晩餐会 4

うーん、難産。

日本の歴史の下りは各自様々な解釈があると思いますので、ノータッチでお願いいたします。


やはり華美さを疎んだ銅色の取っ手の扉を開けて食事用のホールにシキたちが入ると、片側に十人は座れるような長いテーブルが出迎えた。しかし、黒檀でできたその長机の上座に座しているのはただ一人――フラフィアの女帝、リーゼロッテ・ニコラ・ホーエンツォレルンのみである。

先程シキと初めて対面した時と全く変わりなく、イグナ・ルベルと呼ばれる王家の貴色である深い赤のドレスを身に纏い、見る者を圧倒させるような威圧感を与えている。

「来たな」

既に会場は整っており、後は賓客――シキたちの登場を待つばかりだったようだった。

にやりと妖艶に笑うリーゼロッテにフェルディナントは無視を決め込んだのか、目線を外さないまでも口をつぐんだ。

「………あれ、」

ふと目をやると、リーゼロッテの両脇には翼の生えた、緑の瞳を持つ漆黒の毛並みの豹のような大きな生物がいて、シキは首を傾げた。

魔法使いがいて、竜がいる。ならば翼の生えた豹がいても不思議ではないのだが、その存在自体が奇妙に思われてならなかった。あれ・・生物ではない・・・・・・。別の何かだとシキの脳は理解した。それを感じ取ったのか、すぐに近寄ってきたリーリヤはシキの耳元で呟く。

『あれは影隷えいれいです。魔使と似ていますが、我々とは似て非なるもの――あれは彼女自身』

「彼女、自身?」

『己の思い通りに動くよう調節した、魂の分身です。野にある獣を魔使として使わない場合、自分の魂から分身を作り出しして影隷を作り上げます。それは本質を写し取る鏡のようなもの――王族や貴族がよく選ぶ術です』

どうやら彼女の本質とやらは随分とうつくしいものらしい、とシキはぼんやり思った。

動物は好きである。出来るのなら撫でてみたいが、どうも誇りも自尊心も強そうなその獣に手を出す勇気は、残念ながらシキに持ち合わせは無かった。某アニメーションの姫様のように寛大な痛覚も品切れ中であり、入荷する予定も現時点では永久に未定である。

「私の招きによくぞ参ってくれたな、異界の流れ人」

「お招き下さり真に光栄です、陛下」

シキはフェルディナントの腕から降り、腰を折って頭を下げた。

「そう力を張らんでもいい。今日は内々の催し、ただ共に食事をと思っただけでな」

確かに周囲には警戒の兵士や、先程執務室であった二人の男はいるものの、テーブルに並べられている食器はシキ、フェルディナント、ツェーザル、それにリーゼロッテの分だけしかなかった。

机の上に並ぶのは、やはりと言えばやはり、辟易するような豪華なものではなかった。

林檎や葡萄などの色とりどりの果物の他には、焼きたての黒いパンに大盛りのサラダ、南瓜のポタージュにローストチキンの玉葱ソース添え、ひき肉とマッシュポテトのパイ包みに、デザートらしい、生クリームをたっぷり添えたナッツとドライフルーツのパンプディング。どれもこれも優雅なものではないが、だからこそ食欲を誘うような物ばかりだ。

「まあ取りあえずお座り。立っているのではろくな話もできないからな」

促されるまま、シキはリーゼロッテの左隣に座った。フェルディナントはリーゼロッテの右隣でシキの向かい、ツェーザルはその隣に座る。ロザリーは給仕をする気満々のようで、密やかにシキの斜め後ろに控えている。リーリヤはその小型トラックのような巨体を器用に丸めてシキの背後に伏せており、その背にカレヴァが乗った。

ふう、とシキは人知れず息をつく。

本当は酷く疲れが溜まっている。こうして行儀良く座っていようとするだけでもとてつもない体力を消費しているようで、半分溜息のような意味合いもあった。

が、食事に罪などあるわけも無く、シキはそれから夢中で食べた。

時折、というには頻繁な女王の問いに答えながらも、もぐもぐと口を動かして食べる。友人をして「鉄の胃袋」と称されるほどの健啖家であるシキは、大の大人の男に匹敵するほどの食欲を持って分け前分を平らげた。それでも足りない分は、ほぼ飾りつけとなっている果物へ手が伸ばされる。それでもがっついて食べているようには見えないので、女王やフェルディナントたちは、少女然とした女がそれほど食べているとは全く気が付かなかった。

気がついた時には胃は満腹を訴えていたので、シキはいつもの日課である「ごちそうさま」を告げると、ナイフとフォークを置いた。

「『ごちそうさま』とは、何だ?」

と女王が問うので、まあ感謝の言葉のようなものです、とシキは曖昧に答えた。これを真面目に議論するのは中々に骨が折れる作業なのだ。果ては食物連鎖にまで話が飛ぶ可能性がある。

「料理人へ労わる言葉は時にかけることはあるが、それとは違うのか?」

不思議そうにフェルディナントが問うた。やはり親子なのか、顔の角度や口調がそっくりな動作であった。

興味をもたれては仕方が無い、とシキは肩をすくめた。

「……私達がごはんを食べられるのは、それを作る人がいるからです。この料理は、どなたが?」

「王城の料理人たちだ」

「ではその料理人の方たちは、料理を作るためにまず野菜や肉を調達しなければならないですよね。では、肉は元から肉だったのか・・・・・・・・・?」

「いや」

「そうです、魚や獣、家畜が殺されて肉になるんです。野菜も、生きているという上では同じ。じゃあその肉の元となる生き物や野菜は、何によって育まれているか?――それは、世界です」

怪訝そうに顰められた顔は、訳が分からないと如実に表していて妙に可笑しかった。シキは思わず笑いそうになる表情筋を引き締める。

「植物は土に根を張って、雨や日光によって育ち、それらが十分であれば元気でいられるし、花をつけて実をつけます。その野菜や、木の実や、草を食べるのが野にある生き物、それに人間です。私達は、世界の力を食べさせてもらっているに過ぎない。だから食べるときには、様々なものから命を頂くことを感謝し、礼を尽くすのです。野菜へ、死んだ獣へ、調理してくださった方へ」

「……お前の世界では、皆が皆、そういう考え方をしておるのか?」

すべてとは言いませんが、とシキは首を傾げた。

「少なくとも、私の国ではこれが一般的な考え方だったと思いますが。他の国にはあまりない文化みたいですね、他は神への祈りに置き換えられていたりします。今日の糧を与えてくれた神に感謝を、という感じで、万物そのものに感謝を示すものではありません」

感心したような溜息が三つ聞こえ、急にシキは恥ずかしくなった。こういうことは己の頭の中で構築することであって、こうして他者に噛み砕いて教えるという経験はこれまで全くと言っていいほど無いのだ。

「――ワタリビトは、時に思いがけない思想や文化、技術を運んでくる。この大陸においてそれぞれの国がワタリビトを優遇してきたのはそれが大本の原因でな。もし良ければ、詳しいことを色々聞かせてはくれぬか」

リーゼロッテの言葉に、シキはぎょっとする。

シキは高卒であり、専門技術などほとんど持ってはいない。辛うじて頭のうちに残っているのは、高校で習った数式や政治経済の知識程度である。そんなに期待されるほどのものを持ってはいない。

「えっ……と。私は、最高学府で学んだわけではないので、そう大した知識は……」

「最高学府?」

「私の国では、小学校、中学校、高等学校、大学と4つの段階を踏んだ学校があります。小学校は7歳から12歳まで、中学校は13歳から15歳までで、この中学校を卒業することが国民の義務として国で決定されていることです。ここまでは学ぶためのほとんどのお金が国庫から賄われています」

「そんなに長い間教育を受けられるのか?しかも民に負担をかけずに」

ツェーザルが驚愕に目を瞬かせた。

「それは税金から支払われているからです。だから実際は、国民もきちんと学費を払ってることになります。税金は色々な用途に合わせて振り分けられ、学校の維持に当てたり、道路を整備したり、国民が暮らしやすいようにするために使われます。まあ、悪い人はそれをこっそり着服したりするわけですが」

シキの推測によると、大陸全体で、特に消費税だのそういう税金制度はあまり整ってはいないようである。

「次は高等学校、大学ですが、これは通う側がきっちりお金を出します。高等学校は16歳から18歳、大学は19歳から21歳、または23歳までですが、研究のために大学に残る人もいて、そのまま居ついて教授になったりどこかの会社の研究員になったりもしますね。他にも専門学校というのもあって、その分野に特化した技術を得るためにそこに通う人もいます。学校によっては、国が運営していたり、個人で開かれたりして程度や学費もピンキリですけど」

「随分教育に力を入れているのだな、そちらの世界は。こちらではそうはいかん」

リーゼロッテが感銘を受けたように、ほう、と溜息をついた。

元々日本人は学業好き、というよりは己から学ぶことに意欲的な民族である。江戸時代の識字率は当時の先進国と比べ桁違い、脅威の70%から90%超を誇る。個人の経営する学舎である寺子屋は数多く、山村部の場合は江戸には劣るが村で教師を雇い子供たちに算盤や文字を習わせた。神社に並べられる絵馬には独自に作った数独問題を書き解いた解かれたと競い合っていたという。それは当時の税徴収や商売などに必須であったために発展した結果ではあるが、やはり勤勉であった日本人ゆえだったのかもしれない。

「教育は一生ものと言いますから。――ご飯のためのお金、ものを買うためのお金は一瞬で消えてしまい、残りません。ご飯は食べれば終わり、服は切られなくなれば終わり。でも勉強するためのお金は、やっぱり自分のものになります。身につけた知識や知恵は、仕事に生かして、またお金を稼いで生きていく術になります」

ふう、とシキは息をついた。

普段、あまり喋ることの無い性質である。緊張した時ほど口数が多くなるのだが、その分途切れた時に疲労がどっと押し寄せてくるのであまりやりたくはない芸当だった。腹も満たされ、眠気も来る。このまま寝てしまいたい所だが、さすがにこんな大広間めいた所で熟睡したくはない。

「我が国も教育には力を入れなければな。我が国民は皆勤勉だが、それゆえに書に学ぶ時間をあまり持たないのだ。一定の程度の学業を義務とすれば識字率も上がり、国を支える人材も揃ってこよう」

リーゼロッテの満足したような笑みに、もしやえらいことに加担したのでは、とシキはポーカーフェイスの下で思った。こんな平民の一案が国を動かすきっかけになったとは思いたくはない。教育に力を入れることはいいことだが、その引き金が自分だと認めるのはどうにも恐ろしかった。発言したことのとばっちりはできるだけ受けたくない。これも日本人の性であろう。

(まあ、いいか……)

シキはそれを都合よく忘れることにした。

(しかし、眠いな)

緊張が解けるのは一瞬だ。正直な話、こんな美丈夫ばかりの食事会からは早く逃げ出したかった。

シキは欠伸をかみ殺しながら、丁度会話が切れたのを見計らったのか、全員のグラスに注ごうとワインボトル――のようなものだろとシキは当たりをつけた――を両手で抱えたロザリーを眺めた。美人は何をしても様になるというのは本当だとぼんやり考え、コルクをあける小気味のいい音が鳴り響くのを聞く。


が、そのゆったりとした疲労感も長くは続かなかった。

微かに鼻を掠めたその香りに、シキは何かとてつもない違和感を感じた気がした。

思わず周囲を見渡す、が、誰もその異変には気がついてはいないようで、平然としている。すわ勘違いか、と思い平静を繕うものの、違和感は消えない。

左手の空のグラスに赤い液体が注がれる。

咲き誇る薔薇のような芳醇な香りだが、その中に一滴混ざる、濁った香り。


――何だ。


ざわざわと背が粟立つ。


――気持ちの悪い、匂いが。


――嗅いだことのある、いやなにおい。


何事も無く、他の3つのグラスに赤ワインが注がれたのに、シキは視線だけをやった。

す、と優雅に伸ばされた女王の手がワイングラスを掴む。弧を描くその透明な縁が彼女の濡れた赤い唇につく瞬間、シキはほとんど本能的に――それを彼女の手から叩き落とした。

グラスは中身ごと床に墜落し、耳障りな音を立てて爆ぜた。白く磨かれた石の床に広がった赤は透明ではあるものの血液に酷似しており、シキの眉間をいっそう歪めさせる。

瞬間、リーゼロッテの傍らで今まで微動だにしていなかった異形の豹が唸り声を上げてシキの右手首に噛み付く。

周囲に控えていた、鎧に身を包んだ兵士たちも警戒態勢になりそれぞれ槍や剣をシキに向かってつきつける。

しかしその時、シキには噛み付かれたということも、肉を噛み千切られる恐怖も、出血の痛みも全く思考の外だった。ただずっと鼻腔を刺激続ける甘い厭らしいにおいに吐き気を催し、それが尚更脳髄を冷やす。

「シキ!?」

驚きに目を見開き、中腰で立ち上がっていた三人と背後で息を呑んだらしいロザリーを尻目に、シキは敵意をむき出しにしたリーゼロッテの影隷に一言だけ、ぽつりと言い放った。


「――離せ」


音があったなら、びくり、とでも形容するように豹の影隷は震え、固まった。翼を逆立て、恐怖を感じているのか長い尾は微かに体の下に入ってしまっている。

既に起き上がっていたリーリヤが、その影隷の胴体を横から銜え、シキから引きずり離した。

ぽたぽたと滴る血の雫が、石の床を汚す。

『我が君、御手が!』

「……大した、ことじゃない」

右手を隠そうとするシキには構わず、リーリヤはその手首を舐め始める。竜の長い舌で舐められると、思いの外浅かったのか流血はすぐに止まった。あとはじくじくとした痛みだけが残留し、しかしそれにはシキは顔を顰めず、グラスが割れて床に広がったワインを見やった。

そこに、まだ手首に残っていた血を一滴だけ垂らす。

シキの他、周囲が固唾を呑んで見守る中、赤に暗い紅が混じると異変はすぐに起こった。

血とワインの交わりからすぐ、そこから細く黒い茨が幾本も絡み合って生えてきたのだ。根は硬い石の床も物ともせず深く根付き、鋭すぎる棘をざわざわと成長させる。茨はシキの腿ぐらいの高さまで一気に成長すると、天辺に奇怪な花を数輪咲かせた。

紅い花びらは外側だけが下品な紫で縁取られ、黒と黄色の雄しべと雌しべが確認できる。パンジーやケシに似ているようだが、そのどれとも違う醜怪な姿だった。黒い茎と相まって、それは尚更邪悪さを増している。

「これは…?」

ツェーザルかフェルディナントのどちらかがつぶやいたが、それはシキには判別できなかった。

ただぼんやりと霞む視界の裏で、これは毒なのだと本能が警報を鳴らす。

「……毒」

「毒!?」

「これに……毒が入っていたんだろう。そうでなければ僕の・・茨がこんな形になるわけがない」

醜い花は、それから数秒咲いてはいたが、突然しおしおと水分が抜けたように枯れてしまい、粉々になって床に落ちた。しかしその亡骸さえも、空気中に蒸発して残らず霧散した。

「――シキ、大丈夫か」

いつのまにかシキの隣に近寄っていたフェルディナントがシキの顔を覗きこんでいた。

「顔色が悪い」

かたかたと震えるシキの背を、フェルディナントは自分の胴へ押し付ける。するとシキは、自分の肩へ回されていたフェルディナントの手を思い切り振り払った。

そうされるとは思っていなかったフェルディナントは驚いて目を見開く。抱き上げても何をしても特に抵抗たる抵抗、というより感情を返してこなかったシキが、拒絶をしたからだ。

「触る、な……っ!」

シキは苦痛を耐えるような表情でフェルディナントを睨んだ。

僕は・・……僕に、さわるな……うう、っぐ」

最期の呻きは最早苦悶であった。その身体は、すぐ傍らにあるリーリヤにしがみつくような形で預けられている。いつのまにかカレヴァがその肩に降り立っていたが、リーリヤもカレヴァも、その瞳に宿る光は困惑そのものだった。

『我が君……!?』

『いかがなされた、吾が君!』

ふたりの言葉に、シキの瞳が揺れる。

先程までのシキとはまた違った意味で控えめそうな――言い換えれば陰気で卑屈そうな、酷く不安定な視線に、リーリヤは遠い記憶が疼く気配を知った。




『……我が君?』







次回はようやくタイトルの『狂乱』要素が出せそうです。

実はシキよりヨルゲンの性格の方が私的にはしっくり来ると言うか固まってます。

もう皆さんお気づきの方もいらっしゃると思いますが、テンプレ話は続くよどこまでも・・・・・・

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