狂乱の晩餐会 3
オフの方の原稿がひと段落致しましたので、久々の更新です!
ご指摘、批評、感想ありがとうございます!
とても励みになります!が、テンプレ仕様なのは多分この先も変わりません・・・orz
何だ、と部屋に入ってくるなりフェルディナントは残念そうな顔をした。
その時にはシキは全ての準備を終え、いくつかの物語の書籍をロザリーにもらってそれを眺めている所だった。
不思議なことに、シキにはおぼろげながら文字が読めた。元々の文字が英語のアルファベットに近く、単語の綴りが少々違うだけで、言うなればラテン語に似ている。慣れた文字だから、というよりも、当の昔に忘れてしまったものを今更思い出している、というような感覚だった。
「残念ですね、ドレスじゃあなくて」
「まるで男だな」
フェルディナントの後ろから現れたツェーザルが言った。
呆れ気味な彼らも、鎧をつけていないだけで先程とほとんど格好が一緒の軍装であったから、人のことを言えない、とシキは密かに思った。
「ドレスは苦手です。動きやすいし、これが一番好きです」
とりあえず今来ている上着に決めてからも、シキはロザリーの懇願によって一通り衣装に袖は通したのである。が、一番着心地が良かったのはやはりこの漆黒の上着で、何よりその玉虫色の光沢が最上級のドレスよりずっと美しく見えたから、仕方なくロザリーも降参した。
今シキが来ているものは全て男物だ。フラフィアの王族のみが着用を許される貴色、イグニ・ルベル――鮮やかだが深みのある赤色だという――を避け、それよりもっと渋みのある暗い赤――和色でいうなら深緋の、長袍に似た服は全体的にゆったりしており、丈は太腿の上ぐらいまでしかなくスリットが入っていて身動きがしやすい。所々黒や銀の糸で刺繍がしてあり、のっぺりとした地味な印象は無い。腰の辺りでベルトを留め、背中のほうに例のサバイバルナイフを装着してあるが、黒い衣でそれはすっかり隠れている。
下もゆったりとした白のズボンで、膝下を萌黄色の紐で結って布をだぼつかせ、どこかふわふわとした印象を持たせていて、余ったズボンの布は紅樺色のゆったりしたブーツの中にしまわれた。
どれもこれも上等な品だが浮ついた印象は無く、その色合いといい組み合わせといい、落ち着いた雰囲気をかもし出していた。むしろ丈の長い漆黒の衣がどこか威圧感を放ち、奇妙な存在感を演出している。
「・・・・・・魔術院の初等部の学生とそっくりだな」
苦笑するようにフェルディナントの目が細められた。
「魔術院?」
「魔術を勉強する学校と、魔術の研究をする研究施設が合わさったような場所だ。大体みな黒いローブを着ているんだが、そこの学生にそっくりだ。連中にお前のようなふてぶてしさは無いが」
確かに、床に伏せたリーリヤの腹にもたれかかり、カレヴァの羽根を撫でながらだらりと本を読んでくつろぎきっているシキの姿はあまり行儀がいいようには見えない。
「ここまで強行軍だった上に、お風呂までいただいて、疲れないわけ無いと思うんですが……」
「疲れたのか」
「緊張が続かない程度には」
正直、シキは今布団に入れば五分と経たずに寝入ることができる自信があった。
「もうそろそろ、なんでしょう?」
「ああ、晩餐の準備は整っている。後は私達がいくだけだ」
ふわあ、と欠伸をしたシキに頷いて、フェルディナントは歩み寄ると、立ち上がりかけたシキをさっさと抱き上げた。
「・・・・・・何を、するんですか」
「疲れただろうから、運んでやろうと思ってな」
「・・・はあ、そうですか」
子供にしてやるような所作のそれは随分と恥ずかしいのだが、やめてくれというのも億劫で、シキはそのままフェルディナントに移動を任せることにした。
じと目で睨んでいるリーリヤとカレヴァをフェルディナントは軽く一瞥すると、貴方達は窓から出てついていかれるといい、とだけ言ってふたりに背を向けた。
「リーリヤ、カレヴァ、先に行っててくれるかな」
『わかりました』
『・・・・・・吾が君が言うなら』
「食堂はすぐ下だ、窓が開いている」
しぶしぶながら翼を持った二人は窓からテラスに出、一度舞い上がると一瞬で視界から消えた。
ちらりとシキがロザリーを見ると、驚いたらしく目が見開かれていて、その顔があまりに可愛らしかったのでシキはくすりと笑った。それに気付いたのか、ロザリーは表情を引き締めた。が、面白そうに目を細めている。
「・・・・・・そのようなことも、いたすのですね」
ロザリーは可笑しげな様子で、独り言のようにフェルディナントに言う。
「貴方は女に興味が無いと、女たちの専らの噂でしたが」
「女、か。・・・・・・まだ子供だろう」
憮然とした表情でフェルディナントが返す。が、ロザリーは気にした様子も無い。
むしろ眼前でてらいも無く子供扱いされたシキの方が衝撃が大きかった。童顔と低身長という二大コンプレックスを刺激されるのは慣れてはいるとはいえ、こうして正面からはっきり言われるのは正直耐えかねる。
「そう思いたいのであれば、それもまたよろしいでしょう。ですが、そのお心を理解なさらない方もまた、おりますれば」
「――貴様、名は」
冷たい問いかけにも動じず、ロザリーはその凛とした顔を真っ直ぐフェルディナントに向けた。
「ロザリー・リシュタンベルジェルと申します、フェルディナント・アマデオ・ホーエンツォレルン殿下」
「敬称は止めろ。・・・・・・リシュタンベルジェルの娘が女官を志望したとは初耳だな」
「先月城に上がらせていただいたばかりですし、私めのような些細な者のことですから、殿下がお知りにならないのも当然のことです。――それに、私めのような凡人があの姉妹たちと比べられますと恥ずかしいですわ」
にこり、とどこか腹に一物抱えた笑みをロザリーが浮かべると、フェルディナントは少しばかり嫌そうに眉を動かした。どうやらこの二人はあまり相容れないタイプのようだ、とシキは思案した。間に挟まれていると、どうも神経がひりつく。
ツェーザルを盗み見れば、彼も少々げんなりした顔をしていた。
ぼそりと囁くようにシキが説明を求めると、ツェーザルも声を潜めて答えをくれた。
「・・・・・・リシュタンベルジェルって?」
「・・・・・・王室御用達の商家だ。王家や貴族の外戚関係になることで発展した一族で、外からの職人や一族から輩出した芸術家を大量に抱えて装飾や服飾、絵画から細かい日用品まで大体揃えるフラフィア屈指の名家だな。だが下級貴族の子女とは違って娘を城に働きに出すということは通常は無い」
シキはロザリーの立ち居振る舞いを思い出す。
侍女というには堂々としていて、やはり良家の子女という印象を人に与える彼女は一体どのようにして女官などになったのだろうか。聞く限りでは金に困っているようでも無いし、ただの酔狂かはたまた物好きなのか。それを決定付ける確固たる何かをシキは持ってはいない。可能であれば、聞いてもいいかなとは思うが、別に聞かなくとも彼女らの関係性は変わるものではない。そういう所は、シキは以上に淡白だった。興味が無いのではない。むしろ余りあるほど好奇心は強いが、知らなくとも世界は進むと彼女は達観してしまっているのだった。
ふとロザリーと合った視線に、シキが薄く笑う。
「ロザリーも、一緒に行くよね?」
「はい、私もお供いたします」
微かに微笑むロザリーにほっとする。やはり女性が一緒にいてくれるというのは安心するものだ。
その直後、催促するような低い遠吠えが階下から聞こえ、シキは慌ててフェルディナントに移動を促した。
本当は【狂乱の晩餐会】3と4はひとつだったのですが、あまりに長すぎたので分割。
リシュタンベルジェルの説明はやっぱり入れてよかったかな…
後々また関わる商家ですが、今時点で説明無いと分かり辛いですよね。