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茨の王  作者: 山臣
16/26

狂乱の晩餐会 1

――まだ鼓動が落ち着かない。

どきどきと五月蝿い、という訳ではない。ただ、鈍く打つ沈むような鼓動が酷く煩わしく思えて、シキは顔を顰めた。

レーゼロッテと対面した時、憎悪にも似た嫌悪感は殆どが霧散した。が、代わりに鉛のように重たい気持悪さが心の奥底に残っている。ただ、「王」と云う存在だけが酷く嫌らしく思えた。

「・・・・・・どうした?」

「何でもないです」

顔を曇らせたままのシキをフェルディナントが伺い見る。が、シキは一瞬で無表情に戻し、首を振る。こんなことを言える訳が無い。

話を逸らすためにあえて微笑み、執務室の扉を振り返って、それにしても似ていますねと逆に顔を除きこんでやる。そうすると、奇妙に顔を歪めて顔を逸らした。

これでいい。いかに信頼に足る人間であろうと、本心に踏み入られるのはシキの趣味ではない。

「王子様なのに、騎士団に入ってるんですか」

世間一般で言う所の、いわゆるメルヘン的な要素が全く見当たらないこの屈強で精悍な男は、それを指摘すると盛大に顔を顰めた。

「俺は王位なんか継ぐ気は無いからな。長兄が皇太子になったし、下にまだ弟もいるから、別に俺がわざわざそんな頭の痛くなることを考えなくてもいい。まあ、王家の血というのは、箔付け程度には使えるが、それ以外は何の役にも立たん」


――そのための、血と力だ。


あの森の中で呟かれた言葉を、シキは思い出す。

彼が言っていたのは、おそらくはそういう意味なのだろう。王家に何かがあった時、責任を取るために彼がいる。そういう立場に、彼が彼自身を置いている。おそらくは誰にも望まれていない、その立場に。頓着していないように見えて、おそらくは誰よりもその存続を願っているような。

自分を抱き上げる男が、シキには急に哀れに思えた。

これは全てシキの想像であり、直接フェルディナントが語ったものではないが、フェルディナントの言葉にはそういった奇妙な愛憎が聞いて取れた。おそらくは隣のツェーザルもそう感じているだろう。

「・・・・・・へえ」

何でもないことのようにシキが頷いて、その話はそこで終いになった。

代わりに話題に上がったのは、シキの今後のことだった。

「それで私は、今度はどこへ向かってるんですか?」

「客間だな。お前には侍女がつくだろう、陛下のことだ、もう手配しているだろうな」

「・・・・・・侍女?」

不穏な言葉を聴いた、とでも言いたげにシキが眉を寄せた。

「そうだ。知らないのか」

「いや、知ってはいますけど・・・・・・何で私なんかに侍女がつくんです」

「お前は一応王宮の客人として扱うことになっている。当然と言えば当然だ」

「いやいやいやいや、私は身の回りのことは自分でします」

「髪の手入れだのドレスだの着れるのか、一人で」

「着ませんよ」

「なら」

「着れないんじゃなくて着ないんです!ドレスなんて、それ拷問のレベルですよ。このちんくしゃに、幼児体型に、似合うドレスなんてあるわけないでしょうが!!」

そればかりは断固拒否したかった。この世界の背景からして、ドレスといえば十中八九中世じみたひらいひらの、レースだフリルだのがついた豪奢なものに決まっている。それでなくとも、コルセットぐらいはつけるに違いないだろうとシキは踏んだ。くびれと言ったくびれの無いこの身体で、そんなものを着ていられるわけが無い。

「ドレスなら5歳児でも来ている」

「貴方方のような王族や貴族ならそれもいいでしょうけど、私は庶民なんです!」

「似合うだろうに」

「目玉、腐っているんじゃないですか」

ぼそりと呟かれた言葉に、シキは赤面どころか非常に腹が立った。自分のどこを見てそう言っているのか、正座させて聞いてやりたいぐらいだった。揶揄われているとしか思えない。

「お前は礼儀正しいくせに口が悪いな」

子犬のように喚くシキにフェルディナントは溜息をついたが、それでも腕から下ろそうとはしない。

それを恨めしげに見つめていたリーリヤに、シキは救いを求める眼差しを送った。それを受け取るや否やリーリヤは目をぎらりと輝かせ、シキのアーミーコートのパーカー部分を鋭い歯で器用に引っ張った。

不意をつかれたフェルディナントが少し力を抜いた隙に、シキはぐいとリーリヤの背の上に引き上げられていた。何分シキにとっても不意打ちであったので、その姿は少し不恰好ではあったが。

『我が君に無理強いなどしないで』

「リ、リーリヤ・・・・・・」

少しほっとした様子で、シキがリーリヤの背をさらりと撫でる。

「ふられたな」

おかしげにツェーザルが笑った。

それがあまりにも意外だったので、シキは思わず彼の顔をまじまじと観察してしまった。堅物だと思っていたが、こんな顔もできるらしい。実際はシキに対して警戒しているだけで、本来のツェーザルは割と気のいい、気さくな男だった。

「・・・・・・何だ」

しかしツェーザルが気が付かないはずも無く、ツェーザルはばつの悪そうな顔をシキから逸らした。

「いえ、笑ったなあ、と思いまして。不躾でした、すいません」

「別に構わん。・・・・・・お前に警戒をしても無駄だと分かった」

「それは良かったです」

どうやら何がしか、彼の腑に落ちる何かがあったらしい。シキはそのことを嬉しく思いながら、また少し肩の力を抜いた。

いつの間にかシキの膝にその居を移したカレヴァが、艶やかな黒い羽毛で覆われた頭をシキの頬に擦り付けた。まるで懐き甘える猫のようだと思いながら、シキはカレヴァの頭を撫でた。先程からカレヴァはあまり喋らない。どうやらその無口さが本来の彼であるらしい。感情の昂ぶった時は、実に饒舌になるようだが。

「まあ、侍女は畏れ多い話ですが」

シキはリーリヤの背から降りながら呟いて、彼女の首の付け根辺りに居場所を定めた。また子供のように抱き上げられてはたまらない。そのまま歩きながら会話を続ける。

「私はこの世界の、国のことを知りませんので、身の回りのことを教えてもらうために侍女をお借りさせていただきたいと思います」

「そんなに侍女に気を使うことは無い。奴らはそれが仕事だ」

このぼんぼんめ、とシキは微笑の裏に本音を叫んだ。

「それはそうですが、仕事だとしても誰かに気づかってもらえれば私は嬉しいですから、私も気は使います。侍女にも、勿論貴方にも」

「・・・・・・侍女と同列にされたのは初めてだな」

「そりゃあ、そうでしょうね」

この世界――国は、どうやら明確な身分社会であるらしい。それならばそういう境遇にあってもおかしくはない。何せ彼は王族で、しかも軍隊のお偉い様なのである。天皇陛下はさておき、身分らしい身分を意識せぬまま育ったシキを理解できるはずも無いし、シキとて彼を理解できない。

「仕事がどうあれ、生き方がどうあれ、私も貴方たちも、リーリヤやカレヴァも同じいきものです。人間であれ魔獣であれ、王族であれ侍女であれ、意思が伝わるなら、隔たれる理由にはならない。――まあ」

こほん、とひとつ咳をして、シキはフェルディナントをちらりと見やる。

「貴方がたは、多分傅かれるのも仕事の内でしょうから、気にしたりはしないんでしょうけどね」

「・・・・・・お前、意外と言うな」

「そうですか」

シキは普段口が重たいだけで、心の中は雄弁だ。しかし普段は押し隠し潜めていることも、何故かフェルディナントには許されると分かってしまっているので、特に押さえつけることも無い。それに先程のやり取りで、程度の確認も既に済んでいる。この程度なら、別に反感を買うことも無いだろう。

「・・・・・・他の王族にそういった言葉は使うなよ。不敬罪で投獄されても知らんぞ」

ツェーザルは呆れたように言ったが、フェルディナントは面白そうに目を細めたままだ。

「それは困るな」

「ディー、お前は黙ってろ。いいかシキ、この王家の変わり者からは何も教わるな、常識も無いくせに悪いことばかり教えるし実行するし、碌なことは無い。何か知りたいことがあるなら俺に聞け」

噛み付くように言い捨てるツェーザルに、フェルディナントはつまらなさそうに肩をすくめた。どうやら同意の証らしい。

「・・・・・・ツェーザルさんは、もっとフェルディナントさんを敬っているように思ってたんですが」

しかもシキが思っているよりずっと気安い。

「ん、ああ・・・・・・流石に第三者がいる時にこういう風に馴れ合うのはまずいからな、――普段は、特に王城にいる時は臣として尤もらしく振舞っているさ」

「ツェーザルは私の乳兄弟だからな、誰より遠慮が無い」

「乳兄弟?」

「王族や貴族は大概が乳母を雇う。たまたま私の乳母もツェーザルの乳母も同じ女性で、ついでに私はツェーザルの父君の領地に里子に出されたものだから、私とツェーザルは兄弟同然なんだ」

はあ、とシキは溜息のような相槌を返した。全くの別世界すぎて理解が追いつかない。

「里子って、王子がですか?」

シキの問いにはツェーザルが答えた。

「王族にはそういう慣習があってな、少年期の数年を王族に忠実な臣下の領地で里子として育てるんだ。勿論皇太子や他の王族方もきっちりあれこれ詰められてお帰りになられたのだが、この男だけは」

ツェーザルはとてつもなく嫌そうな視線をフェルディナントに向けたが、彼は知らん顔を決め込んでいる。

「何やかんやと理由をつけては領地に居座り、王城は窮屈だと帰ろうともしない。重要な成人の儀式すら面倒臭がって俺の家でやろうとして――王族の成人は男女とも16歳なんだが――一族郎党大反対を受けてしぶしぶ帰城して、それも三日でとんぼ帰りだ。そして今度は軍人になると言ってまた中央に寄り付かず、大体城の騎士団の詰所で寝泊りだ。酷いったらありゃあしない」

「今は一応王城の中にいるだろう」

「それでもそこはお前の本来いる場所じゃあないんだよ!仮にも第二王子が詰め所で寝起きするな!」

半泣きのその顔で、どれ程の苦労であったかは忍ばれるというものだ。大方乳兄弟だからといって世話だの何だのを押し付けられ、暴れ馬の綱を引くような毎日だったのだろう。そっと彼に同情して、シキは半分死んだような目でフェルディナントを見やった。

「貴方が規格外だとよくわかりました」

「そうか」

相変わらず感情豊かな無表情である。面白そうなのは先程も現在も変わらないが。


「手配したのはここだな」

会話をしている内にたどり着いたのは、賓客用の部屋だった。

あの女王の執務室の周囲と同様、客間だというここも外見は華美ではなく、どちらかといえば実用的な装飾である。ただ、扉に使用されている金銀宝石の飾りは少々多く。廊下にも金の額縁に入れられた匠の絵画が

理路整然と掲げられている。が、場の清廉な空気と相まって、宮殿と言うよりはどこか博物館のような雰囲気だった。

「侍女は既に待機しているだろう」

忘れかけたことを思いだし、シキは辟易したように顔を歪めた。

フェルディナントとツェーザルの後に続いてシキが部屋の中に入ると、そこは思ったよりもシンプルな内装の部屋だった。天蓋付きのベッドは想像通り無駄なほど大きいが、樫の衣装箪笥や重厚な執務机、一度に数人が座れそうなソファーも大理石らしいテーブルも、嫌らしいとは思わないほど控えめなデザインで、どことなくシキの庶民感覚と趣味に合致していた。

「豪勢なのは好きではないだろう?」

にやりとして振り向いたフェルディナントに、シキは半分呆然としながら、はい、と首を縦に振った。

部屋の隅には、シキよりいくらか年下であろう――シキの感覚で言えばそうであって、外見的にはよっぽどその少女の方が年長である――少女が控えていた。灰茶色の長い髪は邪魔にならないよう背中の中ほどでゆるく纏められおり、格好はメイドそのものだ。が、昨今流行の所謂萌え系と呼ばれるものではなく、踝丈のシックな黒いワンピースドレスとフリルのついた白いエプロンをつけている。きりりと引き締まった硬質な、それでいて少女の甘さの残る顔立ちは、美少女とまではいかないが、良い意味で人目を引く種類ではあった。

「ほう」

フェルディナントが満足そうに唇の端をあげた。

「侍女ではなく、女官か」

今まで背を伸ばし凛と立っていた少女は、一緒に入室してきたリーリヤとカレヴァの姿に驚いたようだった。が、全く取り乱さなかったので、おや、とシキは少し嬉しくなった。今の今までがずっとそんな調子だったので、どうやったら慣れてもらえるかと悩んでいたのだが、心配は無いらしい。

少女はシキの姿を認めると音も立てず歩み寄り、その細い腰を折って丁寧すぎるほど完璧な礼をやってのけた。

「お待ちいたしておりました、シキ・ヤマト様。女王陛下からお世話を仰せつかりました、ロザリーと申します。今日から貴女様のお世話をさせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします」

「あ、えっと・・・・・・はい、よろしくお願いします」

ほんの少し低い、けれど凛とした美しい声だった。しどろもどろになりながらシキがお辞儀を返すと、それを満足げに見やって、フェルディナントとツェーザルは退室しようとした。が、シキは外套を翻した二人の背を見て、慌ててそのふたつの深緑を引っつかんだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「何だ、お前も慌てるのだな」

可笑しげにフェルディナントが笑うが、シキには顔を顰めるしかできない。

「私はこれから、どうすれば」

「晩餐がある、それまでに風呂に入るなり着替えるなり、精精磨いてもらえ。それまでこちらのことを教わるのもいいだろう」

数時間後には逢える、と素っ気無く言って、二人の男は出て行ってしまった。

取り残されるように伸ばした手を下ろし、はあ、とシキはこちらに来て何度になるか分からない深い溜息をついた。

「え、と」

まだ傍に控えたままの少女――ロザリーの顔を伺う。表情豊かには見えないが、それでもフェルディナントよりはましだとシキには思えた。何せ感情は伺えるものの、基本はあの男は無表情なのである。

「ロザリー、さんですよね」

「ロザリーで結構です、ヤマト様」

「じゃあ、私のこともシキと呼んでください。お仕事上難しいと思いますが、肩が凝ってしまうし、何より私は貴族ではないのでこういう扱いには慣れていません」

「……承りました、シキ様でよろしいのですね」

「本当は、様、もいらないんですが」

「なりません。シキ様こそ、侍女にそんな大層な言葉遣いはいりません」

顔に似合ってきっぱりと言う。

「・・・・・・ロザリー、は、家名は何て?」

「リシュタンベルジェルでございます」

何とも舌をかみそうな名前だ、とシキは内心苦笑いした。リシュタンベルジェル、と口の中で数回繰り返していると、ロザリーはどこか困ったような表情でシキに進言する。

「――私の名は、覚えてくださらなくて結構なのですよ。一介の侍女なのですから」

「いや、私が覚えたくて。これからお世話をしてくれる人の名前を知らないなんて、そんなの嫌だから・・・・・・うん、ロザリー・リシュタンベルジェル――綺麗な名前で、羨ましい」

本当に羨ましいと思いながら、シキは微笑む。するとロザリーは一瞬、呆けたように目を見開いて、口を戦慄かせた。が、シキが気付く前に、その姿は完全なる平静を取り戻した。

「――ありがとう、ございます」

「うん?」

囁くような声はシキの耳には届かなかったが、ロザリーは満足そうに小さく微笑んだ。それが彼女の最大級の笑みだとは知らずに、シキも何となく嬉しくなったので笑い返す。




こうしてシキの、城での生活は始まった。





また新キャラ登場です。百合な展開は、ないです。好きだけど。

一番性格予定を変更したのはツェーザルさんです。シキもフェルディナントも感情の振れ幅が少ないわ表情ないわ、彼を動かさないとどうにも話がふれない、進まない。ツェーザルさんはこれからも責任重大です。

リーリヤとカレヴァがどうにも空気になりがちなので、気をつけます。


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