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茨の王  作者: 山臣
14/26

炎の都へ 5




本来ならば、騎竜を含め、王城に直接騎獣で乗りつけることは礼儀違反なのだという。

しかし今回は事が事故に、正規の門を通ること無くシキたちは王城への入城を許された。許されたといっても事後承諾らしいのだが、そこはシキは頭から都合良く追い出すことにした。もし怒られるという事態に陥ったとして、決定したのはフェルディナントであってシキではない。故にお偉い様に怒られるのもフェルディナントであって、シキでは有り得ないのである。

連れの、というより下っ端と言ってもいいのだろう他の騎士たちは皆正門へ向かったのだが、リーリヤへ跨ったシキ、フェルディナントとツェーザルは巨大な王城を一周旋回し、その中でも一際重厚な石の壁に囲まれた庭園らしき場所のひとつに降り立った。

慣れているのか、危険が無いことを知っているのか、ゼルマはとてもゆっくりと着地した。

それに続き、ツェーザルの騎竜もリーリヤも着陸態勢に入る。

リーリヤはシキを気遣ってか、ひとりで飛翔していた時に見せていたような無茶で――人間にとってはそう思えるような――激しい下降の仕方はせず、翼だけを動かし四肢で地に立つ恰好をとった。

急に近くなった地面を見ないように、シキはぎゅっと目を瞑った。一面に咲いた白い花の花弁が、3頭の竜の着地で生じた風によって一斉に舞い上がった。

衝撃の終わりを感じ、そっと、シキは瞼を開いた。


――そこは、庭園と呼ぶには少々おこがましいような、いっそ野原と言った方が良いのではないかという緑の原だった。

見る者が見れば朽ちかけているようにも見える柱や石壁は、此処に至るまでの途方も無い年月を感じさせた。元は王城の外壁と同じように白い漆喰で塗り固められていたのだろうが、その面影は酷く朧気でくすんでいる。壁に倒れこんで折れている物さえあった。

整える庭師もいないのだろうか、雑草は生え放題で、花もシキたちの足元に咲く、梔子の花に似た一種しか見当たらないようだった。

花は雑草にしては優雅で、しかし素朴とも思えるような奇妙な可憐さを伴ってただそこに在った。

中天を過ぎなお輝こうとする太陽の強烈な、しかし優しく眩い光によって花びらたちはきらきらと輝いていた。石壁が遮ってできる暗いヘーゼル色の影と、光そのもののような花びらの乱舞は、シキをしばしの間陶然とさせる。

甘いような爽やかな香りがシキの鼻腔を突く。何故だか眩暈がした。

「ここは…?」

シキの独り言のような問いにも、フェルディナントは律儀に答えた。

「王城の庭のひとつだ。二百年前から、ここに立ち寄るものは無い」

「……二百年も人の手が入ってないんですか?」

「理由は分からんが、ヴァルブルガ二世が勅命によって禁じたからな。彼女が身罷られてもその令は未だに解かれていない」

――女帝、ヴァルブルガ二世。

魔術師ヨルゲンを封印したという、史上最高の女帝にして至上の女傑。

奇妙な眩暈に酔ったシキの思考が、青ざめたように晴れていく。

「――……」

ふいに鼻を掠めた、どこかで嗅いだことのある匂いにシキは振り返り――目を見張った。



庭の隅に、シキと同じ年恰好の少女が座っていた。

古めかしい中世式の、しかし色鮮やかで贅を凝らした豪奢なドレス。それを全く惜しむことなく草原に座り込み、花を摘んでいる。

少女は背を向けているため、シキの側からは顔は分からない。が、優美な線を描くうなじと頬のラインはとても美しく、美少女であろうことはシキにも知れた。

美しい金銀の髪飾りで結い上げられ、陽光を受けてきらきらと輝く白銀の髪はどこかで見覚えがある気がしてシキは少し首を捻る。

――どこで。

シキの視線に気が付いたのか、少女がぱっとシキの側を振り返った。


深く濃く、そして鋭い――森の色の瞳。



『シキ?』

「……どうした?」

耳元で聞こえた優しい声と低い声のふたつに、シキははっと我に帰った。

シキが顔を上げると、すぐ傍にフェルディナントの端正な顔があった。流石の至近距離にシキもぎょっとしたが、ふとツェーザルに視線をやれば彼もどこか怪訝そうにシキの方を見ていた。

「ぼうっとしているようだが」

「あ、ええ……ちょっと疲れたみたいで」

「そうか」

「あの、ここには誰も立ち寄らないって話でしたけど……あの子は?」

シキは失礼かと思いつつも、少女のほうを指差した。

「……あの子、とは?」

フェルディナントの不思議そうな声に、え、とシキは指差した方向を見、声を失った。


そこには誰も居なかった。


数枚の花弁がまだちらちら舞っている以外は、そこには何者も存在してはいなかった。

花を摘む、類稀なる美貌を持った輝かしい白皙の少女はどこにもいない。

「今…そこに、女の子が」

「いたのか」

「はい」

確かに陽光を受けて花を摘む、少女が。

「亡霊かもな」

「……亡霊」

意地悪げに笑うフェルディナントにもシキは動じない。

「王城にそんな噂はいくつもある」

いつの間にか傍にやってきたツェーザルが口を開いた。

「王に見初められ嫉妬した王妃に殺された侍女の幽霊だとか、道半ばにして病に倒れた騎士の霊、大昔魔術師に呼び出され未だに還されることの無い怪物……枚挙に暇が無い」

「意外と詳しいな、ツェーザル」

「伊達に貴方に付き合っているわけではない」

じろりとツェーザルに睨まれるも、フェルディナントはどこ吹く風だ。

「何にしろ、実体の無いものだ。恐れることは無い」

恐れてなどはいない、とシキが言おうとすると今日何度目かの大きな掌が頭上に襲来し、シキの黒髪をくしゃくしゃにして去っていった。全く子供扱いである。

溜息をついて無意識にリーリヤに寄りかかると、リーリヤは巨大な翼でシキの身体を覆い隠すように抱きしめた。存外温かく、しゃらしゃらと音を立てる翼を見ているとまるで雛のような気持になってくる。

『カレヴァ』

『……心得ている。不穏な気配は無い』

リーリヤの背に立つカレヴァが首を巡らせた。どこにも異変は無い。

「……あれは、いるの?」

『分からぬ。吾等にも感知できぬ』

『我が君に害をなす者ではないでしょう。そうでなければ、我等にも分かります』

「そうか…」

「何をしている、ついて来い」

有無を言わせぬフェルディナントの声に不満そうにリーリヤが喉を鳴らす。

それにくすりと笑い、一度リーリヤを抱きしめる。そうしてリーリヤの首へ触れたまま、シキは歩き出した。

「行こう」

ゼルマたちはこの庭に待機をさせるらしく、行儀良く伏せをさせていた。

一瞬リーリヤも、とシキは思いはしたが頭を振って打ち消す。何よりリーリヤが待つのを良しとはしないだろう。彼女はシキの従僕、ひいては母親のように振舞っているのだから。



庭の直ぐ傍、規則的に柱が並ぶ石造りの廊下に立つ。

シキは一度だけ、あの庭を振り返った。




そこにはやはり、あの懐かしい佇まいの少女は居ない。







何度伏線出せば気が済むんだ私。

これだけ話数いってるのにまだ一日も経ってません。

がんばれ私。すいません皆さん。

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