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茨の王  作者: 山臣
12/26

炎の都へ 3


延々続く森の中を歩きながら、シキは漏れ出る溜息を抑えることが出来なかった。

いくら田舎育ちだからとて、普段はきちんと塗装された道路を歩いているのだ。こうして草の茂る、起伏の激しい山を長い時間歩くのはかなり堪える。

あの巨岩の遺跡の周囲は少しばかり拓けているので、そこからリーリヤに乗り飛んでも良かったのだが、シキはともかく、信用も出来ない複数の人間をその背に乗せることをリーリヤは頑なに拒んだ。元々シキはリーリヤたちが嫌がることをお願いすることも命令することも自らの頭からすっぱりと外していた。だからフェルディナントに頼まれた時も、困ったように肩を落としただけであった。

何故竜に乗ってここまで来なかったのかと尋ねると、竜が降りる開けた場所がそこしかない上、封印という呪いの痕跡がある遺跡まで恐れず飛べる竜がいないらしい。

シキは気づかれぬように、そっと周囲を伺う。

フェルディナントとツェーザル、その他に三人の騎士がシキを取り囲むように歩いていた。リーリヤはといえば、しばらくぶりの空中に躍っている。聞けばあの遺跡に封じられて以来二百年、一度も空を飛んでいなかったというから驚きである。森の中ではいざというとき身動きが出来ないから、とリーリヤはひとり森の上空を飛び、カレヴァはずっとシキたちの周りを枝から枝へ飛び移っているのだった。


――ヨルゲン・ファーゲルホルム。


シキは歩きながら、その名を思い出していた。

全く聞き覚えのない、しかし懐かしさも感じる奇妙な名前。

国を滅ぼし、何万もの命を奪ったという稀代の魔術師は、何故そのようなことをしたのだろうか。フェルディナントのあの口ぶりだと、一国家だけにはその魔の手は留まってはいないようだった。だからこそ、二百年の時を超えても各国の間で話が残っているのだろう。そう、世界さえ滅ぼそうとしたのかもしれない。シキにはわからないし、想像もつかない。

ただ、その魔術師だという男のことを思うと酷く悲しく、そして苛立たしかった。

「疲れたか」

前方にいたフェルディナントが不意にシキを振り返った。

かれこれ数時間歩いているのである。現代人のシキには中々きついのだが、どうにもこう男ばかりでは弱音を吐くにも気が引けた。

「少し、だけ」

「無理をするな」

少し荒い息をついたシキの腕を、フェルディナントはいきなり引っ張った。

「なっ!?」

フェルディナントの腕の中へ難なく転がり落ちたシキは、その硬い胸当てに顔をぶつけることも無くすぐさま持ち上げられ、彼の腕の上に抱き上げられる形に落ち着いた。

「えっ…な、へ、え?」

さっぱり現状がわかっていないシキは、すぐ目の前にある端正な顔に、素っ頓狂な声を出した。

「子供が遠慮などするな」

空いた方の右手でフェルディナントはシキの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。うおおお、と呻くシキは、ああやっぱり、と半ば諦めに似た心持でそれを受け止めた。

元々シキはかなりの童顔の血筋である。そろそろ還暦を迎える父が未だに四十代に間違われ、兄ももう三十路に手の届く頃合だというのにまだ二十代前半のような顔立ち。シキもやはりというか、もちろん童顔なのだった。未だに中学生あたりに間違われるので、それがこのようなゲルマン系民族のような中にあったならば、また更に幼く見えるのも納得済みである。

「あはは…こども、ですか」

「子供だろう。そういえばお前、年はいくつだ。見た所十二か、十三か…そのあたりだろう?」

小学生に間違われるのは流石のシキも初めてである。確かに身長も百五十あるかなしか、化粧っ気も色気もへったくれも無いのだが。

「十九ですけど」

「おい、ワタリビトだからって嘘か本当くらいはわかるぞ」

「人種の差って奴です。私たちの民族は貴方たちよりずっと小さいんですよ、それにあと数ヶ月で二十歳になりますし」

フェルディナントは信じられないものを見る瞳でシキを見た。傍らでむっつりと黙り込んでいたツェーザルもシキを見て目を見開いていた。どうやら本当に子供だと思われていたらしい。

「……とんでもなく、成長が遅いか長寿の民族なのか…?」

「こちらの基準がどうかは分かりませんけど、一時間を六十分、一日を二十四時間、一年を三百六十五日だとして成人を二十歳、寿命は七、八十年てとこですが」

「……こちらでは一年は四百二十日で寿命は大体同じくらいだな……成人は、女は十六で男は十八だが……」

おや、とシキは瞬いた。一年がふた月ほどこちらは長いのか。婚姻などに関係する法的な成人はこちらも同じようだ。

「じゃあこちらの人のほうがかなり長生きなんですね」

「そういうことになるが…本当に、十九歳か?」

「人種の差っていうのは中々不思議なものですよ。肌の色が黄色だったり白だったり黒だったり、身長が低ければ高くもなるし、目の色、髪の色、何もかもが違ったりもする。私も、私の民族の間では幼く見られがちだったので、貴方方が驚くのも無理もないと思いますよ」

そう言って、シキはちらりと他の騎士を見やった。すると彼らはさっとシキから顔を逸らした。何とも自分が奇怪な生き物になったようで、シキは微妙な気分になる。

「それは、すまない」

「まあ疲れたので……貴方が大丈夫なら、これでもいいです。むしろお願いします」

元々シキは子供扱いには親戚連中で慣れている。成人間際の娘を膝に乗せたがる叔父などもいたし、白いものの混じった髭面に頬ずりされるのも、まあ、慣れてはいる。それに比べこれは、美形という点を除けば許容範囲内ではあった。

「では、このまま行くぞ。軽いしな」

「それは、どうも」

人一人を軽いと言い切るこの男は一体どういう筋肉をしているのだろうか、とシキは僅かばかり首を傾げた。



それからまたしばらく歩き、シキは目の前の光景に目を輝かせた。

森の終わりは平原だと思っていたが、見る分には湿原に近かった。時々陽光を受けてきらきらと輝くうっすらと濡れた湿原は、嗅ぎ慣れた水と土のにおいがする。湿原そのものも美しかったが、シキが最も興味を抱いたのは、騎士である彼らが乗ってきたという飛竜だった。

リーリヤよりずっと小さい、また違った種であるらしい飛竜は、腕そのものが蝙蝠のような皮膜に覆われた翼になっていた。尾はすらりと細くて長く、リーリヤのようにごつごつとした印象ではない。後頭部から背に向けて伸びる一本角、頭もどちらかというと蜥蜴に似た、全体的にひょろりとしたスレンダーな体型だ。元々あまり地面には降りない種なのだろう、その後肢も地を蹴って進むというより、這うのではないかと思われる足だった。言うならばワイバーンといった所か。

『あれも下等種よ』

フェルディナントの腕から降りたシキの肩に降り立ったカレヴァが、竜を見るなり言った。

「下等種?」

『先祖は魔獣だが、婚姻を繰り返すうち純粋な血脈から逸れて言葉も離せぬ獣に成り下がったものである。そうでなければ人に飼い馴らされるものか』

カレヴァの言葉を無視し、フェルディナントはその中でも一等優美と思われる一頭に近寄った。

他の竜たちが少し緑色がかった枯れ草色をしているのに対し、その一頭は緑かかった銀の鱗を全身に纏っていた。光の加減で、ともすれば純白にも見える。瞳も、他は皆爬虫類の金であるの彼のそれだけは血の色のような真紅であった。

「…綺麗ですね」

すぐ傍まで近づき、シキは危うげもなくその銀竜の鼻面を撫でた。気持良さそうに目を細める竜に、シキも自然笑顔になる。

ただ、シキにはリーリヤという最も衝撃を受けた美しい生物がいるので、そこまで感動する、ということはなかった。しかし見るものが見れば、とても美しく、優雅で、価値のあるものだと知れただろう。

「私の相棒だ。ゼルマという」

フェルディナントが少し嬉しそうに微笑んだ。

無表情が常態のようなフェルディナントにもそんな顔ができるのかと、シキは少しばかり意外に思った。何のてらいのない笑顔というのは、わかるものだ。

『雌か。……なら、リーリヤともそれなりにやっていけるな』

ぼそりとカレヴァが言ったのをシキは聞き逃さなかった。

「雄だと駄目なの?」

『リーリヤは同種の雄に厳しいのである。雄嫌い、と言ってもよいが』

『あの頃は碌な雄がいなかったのよ』

いつのまにか地面に降りてきたらしいリーリヤが、シキの背後からぬっと顔を出した。

「あの頃?」

『私がまだ……ヨルゲン、にお仕えしていた頃のことです』

少し悲しげに目を細めたリーリヤを見て、嗚呼、とシキは人知れず嘆息した。

ヨルゲンに仕えていたという彼らにとって、ヨルゲンの話は未だ癒えない古傷のようなものなのだ。けれど彼女が話すということは、それはシキが知っていてもいいということだ。話せないことがあれば口をつぐむだろう、とシキはあえて無神経を装い、かつ話を少しずつずらそうと試みた。

「碌な雄がいないって、どういうこと?」

『言葉通りです。子供を産んでやる価値が無い雄ばかりで――辟易しましたね、二度目の繁殖期は』

「繁殖期…が、あるの?」

『竜種の雌には数年に一度繁殖期があり、そこで夫になる雄を選ぶのである。そして夫婦になって子を産み、また別れるのである。しかし一回目はともかく、二度目からは酷かったぞ……リーリヤは』

苦々しげなカレヴァの声に、リーリヤはふんと鼻を鳴らした。

『力の誇示もせず、鍛えもせず、ただ権利だけ主張して。そんな雄の子供なんて誰が産みたいと思うの。雄は見境が無くて羨ましいわ』

『誰だって強い連れ合いが欲しいだろう』

『いい迷惑だったわ。お前だって引く手数多だったでしょう?』

否定できないのか、カレヴァはリーリヤから頭を逸らした。傍目浮気がばれた男のようだと思ったが、シキは賢明にもそのことは黙っていた。

『私は大人しく封印されて我が君の傍に侍っていたけれど、お前は封印から逃れると自分の子孫に転生を繰り返して……正直、やりたい放題だったわね?』

ぎらりと光ったリーリヤの瞳に、カレヴァだけでなくシキも身を震わせた。この辺りが雄と雌の一生相容れない部分なのかもしれない。雌雄で言うのならシキは雌なのだが。

「て、転生って……できるものなの?しかも自分の子孫に」

『ええ、強い想いがあれば。カレヴァの一族は魔獣の中でも割りと短命な一族ですから、封印されている間に寿命が来てしまったのです。だから転生する他無かったのです。まあ転生を繰り返せば元の記憶も薄れてゆくものなのですけど……この通りカレヴァは腐ってもヨルゲンの魔使でしたので』

腐っても、に重点が置かれた気がするのはシキだけではなかっただろう。

カレヴァは再び身を震わせると、話題の方向転換に力を入れた。

『お……お前に言い寄った雄を心底哀れに思うのである……一度は相手を血だるまにしたな、お前は』

『そんな軟弱な雄に侍るなら、下等種の世話を焼いた方がまだ気が楽というものよ』

リーリヤはその鼻筋をついと銀竜――ゼルマに向けた。

ゼルマは優しげな瞳を細め、お辞儀をするようにその首と頭、そして羽をぺったりと地面に伏せた。魔獣、下等種問わず本能によって行われる、竜種の服従の姿勢である。

『おや、随分賢しいこと。やはり雌ね』

どこか誇らしげに、リーリヤはふふんと鼻を鳴らした。

その様を楽しげに見つめていたシキは、ふと周囲を見渡した。

三人の騎士はぽかんと口を開けた状態で茫然自失しており、フェルディナントは早くも慣れたのか、服従の姿勢で動かない自らの騎竜を困ったように見つめていた。ツェーザルは、さっさと自分の竜に跨っていたがどこか困惑気味だ。ちなみにゼルマ以外は全頭が雄で、取り乱しはしないもののリーリヤの出現におろおろと忙しなく視線をあちこちにやっていた。

「…魔獣にも人並みの情緒があるのだな」

意外なツェーザルの言葉に、シキは既に頭上の人となった彼を見る。

黒目がちな瞳に見つめられ、ツェーザルは少しだけ引いてしまった。シキに見られると、どこか別の所に吸い込まれ、飲まれそうな心持になる。

「そろそろ行くぞ。ぐずぐずして帝国に嗅ぎ付けられては困る」

ようやく服従の姿勢を解いたゼルマを撫で、フェルディナントはゼルマに背に取り付けられた頑丈な鞍に颯爽と跨った。

促され、シキもとりあえずリーリヤの首の付け根あたりに跨った。鞍が無いので硬く、少し痛いが気になるほどではない。

改めて見ると、リーリヤは本当に巨大だった。ここにいる人間全てを乗せても大丈夫なほど広い背は、けれどシキにしか許されておらず、それが少しばかり子供じみた独占欲をシキに感じさせる。

『大丈夫ですか、我が君』

「うん」

リーリヤの首を優しく撫で、シキは頷いた。



「出立!!」



フェルディナントの号令と共に、騎士たちとシキは同時に大空へ舞い上がった。



日本人の年齢はわからないといいますが、欧米の方々の年齢も結構さっぱりですよね。

あれ……都がまだでない…

次こそは、都編になります、絶対…!!

リーリヤは強すぎる雌なので、並大抵の雄ではかないません。

でも多分、最初の一度目で一匹くらいは子供を産んでると思います。


4/9 感想にてご指摘がありましたので、少々本文を改定、付け足しをいたしました。これで誤解は無くなったかな…?

ヨルゲンに仕えていた頃に産んだ子孫はいますが、封印されてからはリーリヤは産んでません。ただじっとしてます。反対にカレヴァは魔獣にしては短命な一族なので封印中に寿命が来てしまい転生せざるを得なくなりました。でも繁殖はしつつ、ちゃんと遺跡の周囲で待ってました。

かなり説明口調&長文になってしまいましたが、申し訳ないです…orz


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