炎の都へ 2
「お待ちください!」
フェルディナントの言葉にシキが絶句すると同時に、赤毛の男が彼の後ろの繁みから飛び出した。
困惑するような、激怒しているような複雑そうな顔を浮かべている男は、他にも数人いる男たちに宥められるもそれを振り切ってフェルディナントまで歩み寄る。
炎のように赤い髪に、薄い鳶色の瞳。冬の森のような色彩を持つフェルディナントとはかけ離れた色を纏う男は、やり場の無い気持を堪えるように身体を震わせている。
「そのような得体の知れない女子を、首都まで連れるとはどういうおつもりか!」
「落ち着け、ツェーザル」
「私は十分落ち着いている!」
ツェーザルと呼ばれた赤毛の騎士は、更に気を荒げながらフェルディナントに詰め寄った。
怒鳴られる対象が自分ではないため、シキは割と客観的にツェーザルを観察することが出来た。まあ第一印象はといえば、融通が利かなさそうだ、ということぐらいであるが。
「先程の茨を見ただろう?真偽がどうあれ、彼女が魔術師ヨルゲンと何か関係があることは確かだ。それならば、王城に匿い手元に置いた方が我らにとって益になる」
「しかし、演技ならなんとする?ワタリビトなどと……そのような庇護対象に化け、敵の内に潜るなどという卑劣な行為を、アルフリーグズは何の躊躇も無く実行する。御身やその周囲、果ては国民に、何かあったならば御身は責任を取れるのか?」
「……取るさ」
事も無げに、フェルディナントは呟いた。
「――そのための、血と力だ」
シキの側からは、ツェーザルに向いたフェルディナントの表情は窺い知れなかった。
しかしどことなく仄暗い、飲み込まれそうな暗闇が顔を覗かせた気がして、シキは眉根を寄せた。
「お前」
「ふへっ?」
いきなりフェルディナントに肩を掴まれて、シキは少しバランスを崩して倒れかけた。実際は肩を支えられていたために無事だったのだが。
「嘘など、ついてはいないな?」
シキは自信を持ってぶんぶんと頭を縦に振った。
自慢ではないが、シキは嘘は苦手だ。
シキは聖人君子ではない。だから嘘もつけばほらも吹くし心にも無いことを言ったりもする。母親を除き誰にもバレた試しはないし、どちらかといえば技術的にはかなり得意な方だ。しかし心情的に、誰かを騙す、というのに罪悪感を感じるので向いていないのである。そういう意味で苦手なのだ。
「――――」
大人の男二人に睨むように見つめられ――実際ツェーザルは睨んでいただろうが――、シキは泣きたくなりながらフェルディナントの外套を掴んだ。信じてくれという、無意識の懇願である。
それを見たフェルディナントが、苦笑に似た表情を浮かべた。
「――お前は、根っから」
肩を抑えていた手を片方だけシキの頭に載せ、子供にしてやるようにくしゃりと撫でた。
「善人だな」
シキは否定しない。謀に向いていない自身は多大にある。
その心温まる光景に嫌そうに瞳を細めたリーリヤは、その硬質な鼻先をフェルディナントの胸に強く押し付け、シキとフェルディナントに間に割り込んだ。それに呆れた視線をやりつつ、カレヴァも留まっていたリーリヤの首からシキの肩へ飛び移った。見た目よりほとんど重みの無いカレヴァの身体に生える羽毛はつややかで、けれど触れるとふわふわとして温かい。
気持良さそうに顔をカレヴァの胸に埋めるシキを見て、ツェーザルはまだ怪しむような顔をしていたが、とりあえずは受け入れることに決めたらしい。
「納得したか?」
面白がるように笑うフェルディナントから、ツェーザルは顔を背けた。
白銀の鎧に深緑の外套と、同じ衣装であるのにまるきり正反対の二人だ。だのに、どこかが似通って、似合っている。
何となく先程手放された外套に目をやりつつ、フェルディナントは再度、一緒に来い、とシキに告げた。
まるで貴婦人にするように差し伸ばされた手を、掴むべきか、敬遠すべきか迷ったままシキはリーリヤとカレヴァに目を向ける。
――この二人は、喜ばないだろうな。
自分がその手をとることを決して望まないであろうことを、シキは薄々、というよりは確実に、確信していた。先程のカレヴァの激昂といい、リーリヤの過保護ぶりといい、この二人の魔使が人間を好いてはいないということは一目瞭然だ。
それでも、とシキは思う。
この手を取らなければいけないのだ、と。
何故かそう思った。
――あの時、できなかったから。
『シキ?』
不意に黙ってしまったシキを訝しみリーリヤが声をかけると、はっと目が覚めたようにシキが目を見開いた。
――何を考えていたんだっけ。
もう忘れてしまった違和感を、追求することもなくシキは頭を振る。
もう一度フェルディナントの無骨な角ばった手を見て、シキは――その手を取った。
にやりと笑ったフェルディナントの顔は見ないようにして、シキはうつむく。
気恥ずかしくもあるが、それ以上に嬉しく、そして不安だった。
カレヴァはどことなく悟りを開いたような顔だったが、リーリヤは、まるで子供と生き別れてしまった母親の如く項垂れてしまっていたので、シキは残った片方の手で、リーリヤの頬をそっと撫でた。
タイトル通りの運びが出来ない罠。
カレヴァは兄貴、リーリヤは過保護で子供を独り占めしたい母親のイメージです。
次回こそはフラフィアの首都へ。