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茨の王  作者: 山臣
10/26

炎の都へ 1



――ヨルゲン・ファーゲルホルム。


誰だそれは、とシキが言いたくなったのも無理は無い。自分の名前に姓も名も一音も掠ってはいないそれは全く聞き覚えが無く、しかし奇妙な痛痒を伴って胸を蝕んだ。

しかも無唱魔術師ソーサラーとは何なのか、それよりも戦犯者とは一体どういうことなのだろうか。戦争を放棄した国に生まれ育ったシキには、自分がそのように言われる行為などした覚えが無い。覚えの無いことばかりで剣を向けられたのでは、流石のシキも頭に来る。

「…私は、そんな名前じゃありませんが」

「ならば何故その魔獣たちを連れている」

実際の所、シキにもさっぱりである。過程を説明しろと言われても困る。

「何か問題でもありますか?」

「無いほうがおかしいがな」

あまりにも不遜な態度に、シキは怒る気も失せて溜息を付いた。

おそらく生粋の――お貴族様に、生まれも育ちも庶民であるシキがいくら怒ったところで歯牙にもかけてもらえない。

「なら説明をしていただけませんか。彼女たちが言うには、私はワタリビトだそうなので」

力無くシキが睨むと、やはり気にかけた様子も無かったフェルディナントは驚いたように目を見開いた。それが彼の見てくれと雰囲気から少し外れた、僅かに幼げな表情だったので、シキも少し驚いた。

「ワタリビト?――お前がか?」

「はい」

「真か?」

フェルディナントはシキにではなく、傍らのカレヴァとリーリヤに目を向けた。

『吾らは人間と違い嘘は吐かぬ』

真に心外だと言いたげにカレヴァがフェルディナントに呟いた。貴い女神の名を穢すような行いをすることは、魔獣の一族間では禁じられている。リーリヤといえば、口を開くのも嫌だという風に牙の並ぶ口を閉じたままだ。

「では何故この女子を主と呼ぶ?」

『主であるからだ。遠き地に旅立ち、遠き世より舞い戻りし吾らが主』

「では、こいつは」

『そうであり、そうではない』


『――ヨルゲン・ファーゲルホルムはもういない。しかし確かに、ここにいる』


全くさっぱりだという顔をして、フェルディナントは溜息をついた。

再びシキの方に向けられた視線には最早刺々しい敵意や殺意は失われていたが、その代わりに酷く怪訝そうな、疑わいものを見る顔だった。

『心配せずとも、吾が主は何も知らぬし、誰も殺しはせぬわ。――炎の国より来た男よ、何故主に剣を向けた』

「……それを問うか、貴様らが」

フェルディナントの顔が忌々しげに歪められた。


「200年前、大陸随一の大国家であった西嶺第弐帝国を滅亡させた男の魔使だった貴様らが――それを問うのか?」


滅亡、という言葉に、シキが目を見開く。

カレヴァが頭を垂れる。それはまるで、誰かに許しを請うているようにも見えた。

『主は、吾らに人を殺させることを好かなかった』

「しかし奴自身は、王族のみならず何十万人という国民をその手で殺し、傷つけた」

『人間の命など知ったことか。ダナーン神からアースガルドの庭を掠め取り、あまつさえミドガルドまで奪おうとするミレシウスの子孫めらの命など!!』

突如激昂し強靭な羽根を羽ばたかせたカレヴァは、射殺しそうな目でフェルディナントを見た。

『愛しておった!主は「あの方」を愛しておった!誰よりも、何よりも!!それを奪い、主を狂わせたのは貴様ら人間ではないか!!唯一無二の吾らが主――それを守れなかった、護ることさえ許されなかった吾らの塗炭の想いが貴様らに解かるか!!』

一瞬たじろいだフェルディナントを見かねたか、軋むような音を立ててリーリヤが口を開いた。

『おやめ、カレヴァ』

『しかし!』

『何も知らない我らの主に、聞かせるような話ではないわ』

リーリヤが慰めるようにシキの頬に自分のそれを寄せた。けっして強くない力は、柔らかく、そして温かい。

「リーリヤ…?」

不安げに見上げるシキに、リーリヤは目を細めた。

『いいのです。あなたは、何も気にしなくて』

「でも」

『お願いです。――今は何も、聞かないで。あなたの幸せだけを望み侍る、我らのために』

それが心底辛そうで、一切の嘘偽りを見出せなかったシキは、彼女らが望むならそうしようと――こくりと頭を落とした。

「そう言っていられるのも今の内だけだ」

カレヴァの剣幕に立ち直ったらしいフェルディナントが横槍を入れた。

「何がどうあれ、あの封印が解けたと列国が知れば騒がしいことになる。伝説にある双璧の魔獣が目覚め、何も知らないとはいえそれらに主と呼ばれる人間が現れたとなれば――どうなるか、火を見るより明らかだ」

「――双璧?」

「お前の横にいる二匹だ。200年前、我らが国フラフィアの英傑、女帝ヴァルブルガ二世によって巨石陣に封印された魔術師ヨルゲンの忠実な魔使」

「魔使って?」

「本当に何も知らないんだな……」

呆れたように溜息をつかれ、シキは少し苛つく。ワタリビトなのだから、何も知らないのは当たり前だ。物言う獣も魔法もあちらには無いものばかりだというのに。これだから貴族という奴はいただけない、とシキは心中好き勝手に罵った。

「魔使は、魔法使いや魔女の手となり足となる従者のようなものだ」

使い魔のようなものか、とシキはひとり納得する。

「それで、だ。お前が帝国の手に渡るのはすこぶるまずい」

「……帝国?」

「北の大帝国アルフリーグズだ。あそこはいつも南下を狙っているからな。基本的に南の国はおだやかな情勢だが、まあ欲しいと思うのが国家の性だろうな。近頃は何処もまともな魔法使いや魔術師がいない」

「何を、欲しいって?」

「お前をだ」

ぽかん、と口を開けてしまったシキは呆然としてフェルディナントを見た。

「だ、だって私……ワタリビトだし、魔法使いなんかじゃ無い!」

「茨」

「へ?」

「大魔術師ヨルゲンは自在に茨を操ったとされる。それだけでお前がヨルゲンとされるのは当然の流れだ」

――どうして、こんなことに。

ヨルゲンとやらが大量虐殺の国家転覆罪の前科持ちであることは何となく理解は出来た。しかしシキは自分が魔法使い、しかもヨルゲン自身だなどとは欠片も思ってはいない。今まで普通に生まれ、普通に育ち、普通に勉強して苦労して就職した、普通の人間なのだ。しかもこんな世界、全く知らないというのに。大体何故己が茨を操れるかも、知らないのに。

「このままでは遅かれ早かれ列国の追っ手が来る。囚われて飼われるか、殺されるか。二つに一つだ」

随分と嫌な選択肢である。


「そこで、だ。我が国はお前を保護する」


「……は?」

つい先程まで殺気を向けていた男のものとは思えない言葉に、シキはまた口をぽかんと開けた。

「お前、名は」

「へ?」

突然の話題変換にシキはついていけない。

「ヨルゲンでないのなら、名ぐらいあるだろう」

「ああ…はい。シキ、茨貴・大和です」

「シキ、か。ならば、シキ」




「フラフィアに、共に来い」






ようやく進みました……

ダナーンもミレシウスもアイルランド史から取ってます。トゥアハ・デ・ダナーン(女神ダーナの人々)はアイルランドを征服後、ミレシウス族に追われて野に散り妖精になったそうです。

色々な国の言葉が混じっておりますが、気にしないでいただけると幸いです。

造語だとつじつまや文法合わせたりするのが面倒で……

響きの違いは大陸言語の訛りのようなものと取って下さいませorz

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