契約
病院の廊下は静まり返っていた。
少年は、面会時間ギリギリに病院を訪れていた。
目的はただ一つ──あの三人の“末路”をこの目で見ること。
ガラス越しに見える病室。
そこには、かつて自分を虐げていた三人の男子生徒がいた。
一人は呼吸が荒く、顔色が灰色に近かった。
一人は意味不明な言葉を繰り返しながら、ベッドの柵を掴んでいた。
もう一人は、意識があるのかないのかも分からないほど、ぐったりと横たわっていた。
医師たちは原因不明の症状に困惑していた。
検査結果は異常なし。
だが、身体は確実に“壊れて”いっている。
少年は、ただ静かにそれを見ていた。
何も言わず、何も感じないように見えた。
だが、心の奥では確かに何かが満たされていた。
──これで、終わった。
──僕の復讐は、果たされた。
そう思った瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚が走った。
満足と空虚が、同時に押し寄せてくる。
少年は病院を後にし、家へと帰った。
その足取りは、軽くも重くもなかった。
兄弟の悪魔は、遠くからその姿を見ていた。
契約は進行中。
魂は、ゆっくりと、確実に熟成されている。
夜。少年の家。
家族との食卓。
母の煮物の香り、妹の笑い声、父の穏やかな口調。
少年は、静かにそれを味わっていた。
──これが最後の晩餐。
そう思っていた。
そう、思っていたはずだった。
兄弟の悪魔は、家の外に立っていた。
契約の魔法陣は、すでに少年の部屋に展開されている。
儀式は、少年が“満ち足りた瞬間”を迎えた時に発動する。
そして──
少年が箸を置いた瞬間、空気が凍った。
体が震え始める。
視界が歪む。
口元から光が漏れ始める。
「……っ、あ……あれ……?」
母が何かを言おうとしたその時、少年は立ち上がった。
苦しそうに喉を押さえ、何かを叫ぼうとする。
──待って。
──まだ……まだ、終わりたくない。
兄弟の悪魔が、部屋の中に現れる。
家族には見えない。
ただ、少年の魂だけが、彼らを見ていた。
「契約、完了だ。
君の魂は、最高の形で熟成された。 ありがとう」
少年は、震える手を伸ばした。
「やだ……やだ……!
まだ……生きたい……!
僕……まだ……!」
光が弾ける。
少年の体は崩れ落ち、魂は箱に吸い込まれていった。
家族の悲鳴が響く中、兄弟は静かに姿を消した。
──それは、誰にも知られることのない“悪魔の収穫”だった。
──そして、少年の最後の言葉は、“生きたい”だった。




