母の思い
士郎が殴られ気絶したその時、私は母として怖さよりも怒りが込み上げてきた。
「許せない、よくも!私の息子を」
目の前のその男の顔よりも、今までの士郎との思い出が頭の中にフラッシュバックしていた。
私は気づいた時にはただただ無防備にその男の方へと息子と同じように走り出していた。
そして息子との思い出も、私の一歩一歩と共に今現在へと近づいてきて、男の攻撃範囲内に入る頃には先ほど息子が殴られていた記憶へと辿り着いた。
息子と同じ間違いをしてしまえば結果は同じだ、考えろ私、、
私は攻撃範囲内に入る直前、方向を変え台所の方へと走りだす。
そして台所に干してあった包丁を手に取り再度その男の方へと走りだす。
私は息子のためならば人殺しも構わない、それで息子が助かるならば私は喜んでそいつを殺そう、私の30年40年よりも息子の未来だ。
私は殺人をして課せられるであろう刑など今はなにも不思議と怖くなかった。
気づいた時には男の方に包丁を構えて突進していたのだ。
「よくもよくもよくもよくも!!」
私は感情がたくさん溢れてくるのを全て包丁に込め男の腹部を狙い刺した。
よし!これで!
私は男の腹部に潜り込んだ体制で斜め上を見上げ男の顔を見る。
「え、、」
男の顔は刺されたというのに無表情であった。
その顔を見た瞬間先ほどまでなかった恐怖という感情が私の頭を満たしていくのが分かった。
「どうして、、どうしてそんな表情なの、、痛くないの、、」
私はさらに男の腹部に包丁をねじ込む。
男の顔は一切変わらない。
これは強がっているのではないとわかる。
私は恐怖で男の腹部に刺さった包丁から手を離しその場に座り込む。
刺さったままの男の腹部からは赤黒い血がダラダラと出ているというのにその男は無表情だ。
私の頭は恐怖で満たされた。
そして私はただただ男の顔を見つめていた。
男は何食わぬ顔で包丁が刺さったままの姿で私に殴りかかってきた。
私はなすすべなくその場に気絶する。
私は息子のために何もできなかったのだ。
私の頭からは恐怖は消えただただ申し訳なさが残った。