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第二問「運命の出会い」

「───なぁ、春一!今から駿たちとスタバ行くんだけど一緒に行かね?」


帰りのショートホームルームが終了し、バスに遅れないように手早く荷物を鞄に詰めていた春一に、友人の|加治木優真(かじきゆうま)が話しかけてきた。優真はバスケ部に所属しているイケメンで、松桜では成績も常に上位常連の平たく言うなら人気者だ。


「スタバか~」


今日ももちろん自習に行こうと考えている春一の意思が少し揺らぐ。春一は無類のカフェ好きなのだ。それに最近はほとんど友人と遊んでいない。


「新しいフラペ、めっちゃ美味そうだろ。俺のベリー系!」


侑真は新作フラペチーノの写真を表示したスマホの画面を春一に向けて、にこにこしながら誘う。優真は春一とは同じ中学からの友達でもあり、これまでに来た遊びの誘いは全部乗ってきた。

正直今日くらい休憩してスタバに行ってしまいたい。春一はしばらく悩んだが、ここでスタバに行ってしまうと今後もズルズルと流されてしまう気がしたため、意を決して丁重にお断りすることにした。


「あー、今日は少し用事あってさ、それにベリーはちょっと苦手だから今回はパスで。また今度誘ってくれ」


慌てて言い訳を考えたため必要以上に言葉が増えた気がするが、優真は特に気にする様子はなかった。


「・・・そっか。なら今度は絶対来いよ」


「おう」


短く言葉を交わしてから春一は教室を飛び出して、県民コミュニケーションセンターへ向かうスクールバスにギリギリ飛び乗った。


スクールバスに揺られること約40分。バスは県民コミュニケーションセンター前で停車する。


「ありがとうござました~」


春一はバスから降りた。それと同時に親に今日も帰りは遅くなると連絡のラインを入れる。親は毎日こんな遅くまで何をしているのかしきりに聞いてくるし、それはごもっともだと思うが、勉強をしているとはなんだか恥ずかしくて言えなかった。こんなに勉強していても次の期末テストで良い点が取れると思えないことも要因の一つだ。

自動ドアをくぐって建物の中に入る。松桜は六時限までしかないため、七時限まである進学校の生徒たちに席を占拠されることはない。

春一は、丸眼鏡をかけたイケメンの男がど真ん中の席を陣取って一人で勉強している自習スペースの右端に位置取り、春一は鞄の中から参考書を取り出した。眼鏡イケメンはここ数週毎日見かけるのだが大学生だろうか。そんな疑問も参考書を開いてしばらくすると忘れてしまった。



「───分かんねえ」


この一か月ほどの期間で、どれだけ同じセリフを吐いたことだろう。毎日同じ参考書を眺めて頭を悩ませる。数学、英語、物理、世界史、現代文。インターネットでおすすめされていた参考書をとりあえず買って開いているだけ。問題を解けたという感覚を味わうことはほとんどない。現代文の漢字問題で正解が出るくらいのものだ。


それでも勉強をやめるつもりはない。それは何も自分で決めた目標を成し遂げるという固い意思があるわけではない。単純に早い時間に家に帰ろうとすると、大量の玉法生とすれ違って自分がみじめになるからだ。県民コミュニケーションセンターならば、玉法やほかの進学校の生徒と同じ空間で勉強しているためか、劣等感を感じることはほとんどないのだ。

とはいえ、トイレに行こうと席を立った時にちらりと見える進学校の生徒が解いている難しそうな参考書を見ると自信を無くしてしまうことはある。それでも、がむしゃらに勉強───のようなものを続けていく。


しばらく勉強──に似た何かを続けていると、少しだけ辺りがざわつき始めた。七限目を終えた進学校の生徒たちが続々と到着し始めたのだ。

春一は急いで席を立ってトイレに急いだ。進学校の生徒たちが参考書を開き始めると、トイレに行くときに参考書の中を見てしまい自分との差に気が付いて落ち込んでしまうからだ。進学校の生徒が勉強を始める前にスッキリさせておくのがいつの間にか習慣になった。

そんなわけでトイレをすました春一は丁寧にハンカチで手を拭いてトイレを出る。自習スペースに戻ろうとしたとき、自分の座っていた席に人影があることに気が付く。眼鏡イケメンだ。

眼鏡イケメンはどうやら春一の参考書を覗いている。数十秒ほど参考書を覗いて、眼鏡イケメンは何事もなかったかのように自分の席に戻ってパソコンとにらめっこをし始めた。


「?」


春一は眼鏡イケメンが何をしたかったのか疑問に思い、勝手に参考書を覗かれることに怒りと、それを大きく上回る羞恥を感じたが、問い詰めるようなことはせず、席に戻った。ここで問い詰めて目立つ方が恥ずかしいからだ。

そしてまた、全く分からない問題の海にダイブする。



「(どうしようかな)」


春一がトイレから帰ってきた時から約1時間後。朱音は県民コミュニケーションセンターの自習スペースでスマホの画面を見ながら考えていた。

来週行われるとある模試に向け、美咲の提案でここ数日毎日ここで勉強をしている。しかし今日は美咲が委員会があるとかで先に行って場所取りをお願いされていた。気は乗らなかったが仕方がないので一人で先に来て勉強していた。美咲が中々来ないので、切っていたスマホの電源を入れると、美咲からメッセージが届いていた。なんでも、持病で入院している美咲の祖父の体調がかなり悪化していると親から連絡があって、そのまま病院に向かうらしい。それは仕方がない。朱音自身も何度か会ったことがある人なので心配だ。親族ではないので病院にはいけないのがもどかしいくらいだ。

しかしそうなると一人で勉強をしなければならない。家に帰ろうにもどうせ勉強してから帰るからいいやと鍵は家に置いたままにしているし、親はお母さんはおばあちゃんの検査入院の付き添い、お父さんは仕事と言うことで20時半までは帰ってこない。

そうなると、このままここに残って勉強をするかテキトーな店で時間を潰すかだが、月末ということもあって財布の中身は閑古鳥が鳴いている。必然的にここで勉強するほかなくなってしまった。

仕方がないので朱音は学校のワークを開いて勉強を始めた。

苦手な漢文のワークで、誰かにみられて馬鹿にされないだろうかという不安もあるが、いつもの制服の少年が一人で頑張ってるんだから私も頑張ろうとやる気を入れた。回答の出来栄えは満足のいくものではないが、時間はそこそこ早く流れていった。



「あ」


電気が消えた。20時になったのだ。朱音は荷物をまとめると、いつも通りトイレを済ませる。

誰が見るわけでもないが髪をしっかり整えて、荷物を取りに戻る。すでに人の影はなく、一人でいるとなんだか怖い。手早く荷物を回収していると、ふといつもの松桜の制服を着た少年の席が目に入った。あの人は今日も最後まで勉強していたななんて考えながら席を見ると、椅子に何かがおかれていた。

見るとそれは財布のようだった。


「(あの人財布落としてる)」


少年はいつもの場所で勉強してるだろうと考え、朱音はその財布を手に取って一階数に降りた。

カフェの前に行くと、少年はいつもの席で勉強していた。朱音はなんだか緊張して、深呼吸してから話しかけた。


「あ、あの、この財布落としてないですか?」


「え、あー!ありがとうございます」


財布を受け取った少年は、感謝して頭をペコペコとさげる。


「あ、一応中身確認してくださいね」


朱音の提案を受けて、少年は財布のチャックを空けて中身を確認した。お金は無事に満額ある様子でホッとした顔をしていた。

その時に財布の中にある学生証がちらりと見えた。どうやら名前は綿谷春一(わたやはるいち)というらしい。学年は二年生。朱音よりも一つ年上だ。

年上だったんだあ。なんて考えていると、少年改め春一に、あの~と声をかけられる。微動だにしない朱音を不思議に思ったようだ。


「あ、ごめんなさい。私日髙朱音(ひだかあかね)って言います」


緊張してなぜか自己紹介してしまった。絶対変な人だと思われたー!と恥ずかしくなる。


「あ、綿谷春一って言います」


春一は律儀に自己紹介を返してくれた。

朱音は焦ったまま、ここ数日心の中に抑えていた質問を投げかける。


「どうして、毎日そんなに勉強してるんですか?」


と。その質問を受けた春一は驚いて目を見開いた。そりゃそうだ。いま考えると中々失礼な質問だ。朱音が質問を取り消そうと息を吸い込んだ時、足音が聞こえた。振り向くと、丸眼鏡をかけた長身のイケメンが立っていた。


「こんなところにいたのか。探したぜ」


イケメンは春一をじっとみつめながら言った。知り合いなのかなと春一の顔を見ると、春一も誰か分からないらしく、朱音に視線を送っている。


「少年・・・お前、人生を変えたくないか?」


イケメンは、不敵に微笑んだ。


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