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第一問 前編 PROLOGUE 制服が嫌いだ

───俺は制服が嫌いだ。自分の立場が誰から見ても明らかだから。


紺色をベースにした現代的なブレザーの左胸には、桜を象ったエンブレムの刺繍が施されている。

県立松桜(しょうおう)高校。偏差値実に44。四則演算もままならないような絶望的な馬鹿ではないが、決して頭が良いわけでない。小・中学校で勉強に苦手意識を持った生徒か、地方の公立高校にしては珍しくお洒落な制服に惹かれた生徒が入学する高校だ。

卒業生の内約4割が就職、約5.5割が専門学校、そして残り約0.5割の数少ない生徒が大学に進学する───もっとも大学とはいえ偏差値の高くない地元の私立大学。いわゆるFラン大学と揶揄される大学への進学が殆どであり、生徒会推薦枠での国公立進学を除けば、中堅以上の私立にもここ数年合格者は出ていない。

そんな松桜高校は、比較的新しめな高校ということもあってか、親世代にはそこまで知られていない高校だが、制服が可愛いためか、県内の学生には知られている高校である。

それ故に、他行の生徒であっても、その制服を見れば、その人物が松桜高校に通っていることが分かってしまう。


松桜館に通う高校二年生の、綿谷春一(わたやはるいち)は、そんな自分通う高校の制服が嫌いで嫌いでたまらない。


春一が松桜高校を進学先に選んだのは、成績的に受験勉強に本気を出さなくても合格できるラインだったから。ただそれだけであった。小学生のころから算数が苦手で、中学一年生になり、新たに英語にも躓いて、テストで全く点が取れなくなったことで、とんと勉強に対するモチベーションが湧かなくなり、まともに勉強することはほとんどなかった。そして受験の時期になり、勉強をきちんとしていた頃の貯金で行けるところを探した結果見つかったのが松桜高校だったわけだ。実際受験では、センスだけで取った国語と、そこそこ好きだから点が取れた社会を除き、理科、数学、英語ともに合格最低点ギリギリでの滑り込み合格だった。合格後に制服の採寸を行った時に初めて制服を目にしたが、特に感想は浮かんでこなかった。

同級生の女子は制服目当てで入学している生徒もそこそこいたが、春一にとって制服は進学先を選ぶときに全く考慮していない要素だった。

そんな制服に嫌悪を感じることになったのは、今年の夏休み前の事だった。


春一の家から徒歩五分の所には、玉法(ぎょくほう)という高校がある。この高校は所謂進学校の部類に入る公立の中高一貫校であり、県内に住んでいる人間で名前を知らない人間はいない学校である。

朝の登校、夕方の下校のタイミングで、春一は玉法高校の生徒必ずすれ違うのだ。だからと言って特に何かあるわけではなかった───夏休みの前までは。

その日、いつも通り学校での一日を終えた春一は、スクールバスを降り、家に向かって歩いていた。いつもはブルートゥースイヤフォンで音楽を聴いているのだが、その日は何の因果かイヤフォンの調子が悪く、外の音が聞こえていた。そんな時、近くを歩いていた玉法の生徒の会話が耳に入ってきた。曰く、

「おい、あれ松桜のやつだぜ。制服目当てのバカ高校」

「ほんとだ。バカ高だからブラックへの就職か底辺大学の進学しかできないかわいそうな高校」

「俺はあんな学校絶対行きたくないけどな~。制服は良くても頭は良くないとか、何の皮肉だよって話」

その会話は友人同士の他愛無いものだ。自分の通高校にだって人の悪口を言う人はいるし、自分だって人生を振り返れば誰かの悪口を言ったり、誰かの悪口で笑ったりしているだろう。そんなありふれた日常の一コマ。悪口を言っていた玉法の生徒も明日には覚えていないような他愛ないたった数十秒の会話。気にする必要は全くない。だというのに、春一の心にその会話はナイフの様に深く刺さった。

それ以降、登下校時の玉法生からの視線が全て自分を蔑んでいる気がしてたまらなった。

小学生の時いつも遊んでいた親友が通っていることもあって、玉法の事を嫌いになりたくは無かったが、もしかしたら親友も自分の事を蔑んでいるのではないかと考えてしまい、次第に連絡の頻度も減っていった。卒業するまで制服を脱ぐことはできない。毎日の登下校のたびにストレスが溜まる。

だから俺は、制服が嫌いだ。



───私は制服が嫌いだ。勝手に期待されるから。


漆黒の生地に真っ赤なリボンに、太陽の光を反射してうざったいほどに輝く金色のボタン。そしてマス目が刻まれているようなデザインのスカート。

県立玉法高校。その偏差値は実に67。県内公立で唯一の中高一貫校であり県内4番手の進学実績を誇る、3年に1度のペースで東大が出るようなレベルの高校だ。県内1の国公立をはじめ、旧帝大である九州大学に進学する生徒も少なくない。勉強は勿論だが、部活動や文化祭などの学校行事にも力を入れていることを謳っており、地域の方々や保護者からの信頼も厚い。有名な文化祭は県中から人が集まりテレビも取材に訪れる。と、このように県内に名前を轟かせいていることもあって玉法高校の制服は有名だ。


玉法高校に通う高校一年生の日髙朱音(ひだかあかね)は、自分の通う高校の制服が嫌いでたまらない。


朱音は中学受験で玉法高校に入学した。小学5・6年生の時に死ぬほど勉強してどうにか合格することができた日の事は今も鮮明に覚えている。中学受験は母方の祖母の意向だった。今思えば老人コミュニティの孫自慢大会で自慢したかっただけなのかもしれないし、両親も無理強いしなかったが、おばあちゃんっ子だった朱音は期待に応えようと勉強を頑張った。

受験勉強は大変だったが、入学してからはそれをはるかに上回り、まさに地獄レベルで大変だった。中学生の間に高校の範囲に突入する超ハイペースの授業。ギリギリで入学できた朱音は2年生の最初で大きく躓いた。それでも真面目に頑張ってどうにか高校に上がることができたが、祖母の反応は冷たかった。テストの点数は赤点ギリギリの教科もそこそこある。祖母が通信簿を見せろと親に言うから仕方がなく見せているが、そのたびに大きなため息を見せつけられる。それ以外の親戚たちにも、勝手に期待されて落ち込まれたり、気を遣われているのがわかる。

そんな中、ついに学校でもバカにされ始めた。曰く、赤点の朱音だとか。曰く、制服を着るに値しない女だとか。

数少ない友人である美咲は激怒して、抗戦の意を示したが、自分の影響で友人がいじめられでもしたらと考えると恐ろしくて、私は大丈夫だからと嘘をついた。

この制服じゃなければ、成績もよくて褒められたんだろうか?私の努力は間違っていたのだろうか?

そんな考えがずっと頭の中を埋め尽くす。


だから私は、制服が嫌いだ。




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