絶望と希望
前回の続きです。楽しんで頂くために以下のことをご了承ください。
・一部流血表現があります
・死についての話があります
・ヴァンパイアについて独自の設定があります
あれからもアルトさんとは夜の公園で何度か会うようになり、他愛のない話で盛り上がった。なんでもいくつか下の弟さんがいるみたいで今でも探しているのだとか。
「見つかるといいですね。」
「うん。キミは兄弟いるの?」
「いえ一人っ子です。両親とは離れて暮らしてますけど仲は普通だと思います。」
「そうなんだ。…大事にしてね。ご両親のこと」
「はい。…アルトさんいい人ですね。」
「えっ?」
「そんなに驚かなくても。私の周り癖が強いというかなんというか…こうしてゆっくり話せる相手がいなくて。だから私とその…友達になって貰えると嬉しいです。」
自分でもめちゃくちゃ勇気出したと思う。この年になって友達とか笑われないかな?ちらっと見ると目を丸くしてからふわりと笑ってくれた。
「うん。いいよ。僕でよければキミの友達にしてくれるかい?」
「ありがとうございます!じゃあまた!」
「うん。またね。」
よっし!友達、ゲットだぜ!黒瀬くんは何だかお兄ちゃんって感じで友達って感じじゃないんだよなぁ。クロアさんはヴァンパイアだし。ジークは論外だし。
「今日はいい日になった!」
私はいつもよりルンルンで家路に着いたのだった。
「ただいま〜」
「おかえり。…アカネ最近帰りが遅いが誰かと会っているのか?」
「あぁうん。友達。」
「それは男か?」
「そうだよ〜とってもいい人でね。私の話を急かさず聞いてくれて、弟さんを探してるらしいんだ。見つかればいいんだけど。」
「…俺だって」
「何?」
「俺だってアカネの話が聞きたいし、聞いているだろう?」
うっ顔がいいんだよなぁ。最近気づいた。今更?って思われるかもしれないけど、あんまり人の顔まじまじと見ないから分からなかったんだよね。ヴァンパイアだけど。
「そうだね。ありがとう。じゃあ仕事の愚痴でも聞いてくれる?」
「あぁ!何でも聞くぞ!」
そうして私達はとりとめもない話をし、それぞれ就寝したのだった。
アカネの帰りが遅い。しかも男と会っている。腹立たしかったがそれを表に出せば嫌われるかもしれんと危惧して何も言わずにいておいた。不満は溢したが。
けれどそれからアカネがなんて事の無い話題を話してくれて嬉しかった。その姿を見て今はこれで良いかと思い直した。
寝室に入るのは禁じられてしまったが、寝ているのなら無効だろうと足を運び、いつも通り額にキスをする。
「余り他の男の元に行ってくれるなよ。」
その呟きは夜の静寂に溶けていった。けれどそれでいい。嫌われるくらいなら俺が我慢する、そう決めたのだ。
さて、今日も調査を続行しよう。クロセの家の最寄り駅前で待ち合わせて、ターゲットの痕跡を追うが、俺の自慢の嗅覚も意味をなさなかった。はぁこれでは八方塞がりではないか。
「クロセ、何か良い案はあるか?」
「…難しいですが貴方ならできるかもしれません」
「言ってみろ」
「魔法の解析をするんです。粒子レベルでの解析ができれば微々たる証拠が残っているやも。」
「ふむ…そうなると今の俺の力の半分は使うことになるな…」
いざという時に取っておきたいのだが、仕方ない。早速取り掛かろうしたらクロセが待ったをかけた。
「私の力で補います。」
「よいのか?」
「えぇ。これでも元エクソシストです。使える物は全て使いますよ。」
「ふっそうか。では始めよう。」
魔法陣を展開し点を辿る。他のヴァンパイアの痕跡も混じっていて分かりづらいが、一つだけ強い魔力を感じる粒子を見つけた。
「この青い点、かなり強い魔法を使ったみたいだ。追うぞ」
俺達はその微量な粒子を頼りに根源を探し求め夜の街を駆ける。しかし途中で途切れていて追えそうになかった。チッこれは予想以上に難航しそうだな。
だが、この匂い覚えたぞ。
「クロセ、今日はここまでにしよう。夜も遅い。ヴァンパイアには気をつけろ。」
「貴方に言われたくありませんよ。ではお気をつけて。」
「あぁ」
流石に久しぶり魔力を放出したら疲れた。早く寝て回復せねば。俺は足早にアカネのいるマンションの屋上へ飛び立ったのだった。
翌日会社が休みだったから少し遅めに起きると、ソファでぐったりしているジークが目に入った。昨日も捜索してたんだよね。
「お疲れ様」
そっと髪を撫でて朝食の準備に取り掛かろうとしたらそのまま頬擦りされた。ゔっ何可愛いことしてんの!ていうか離して欲しい。このままじゃ何もできないじゃない。
「アカネ…」
びっくりした…夢の中では凄い優しい声で私の名前を呼ぶんだ。いつもは凛とした声で呼ぶのに。ちょっと羨ましい。って何考えてるの!
起こさないようにゆっくり手を離し、私はキッチンに向かった。
朝食も済ませ今日は特にやる事もないしのんびりしようとベッドでゴロゴロしながら読書をしていたら、いつの間にか起きていたジークが入ってきた。
「おはよう。」
「おはようアカネ。昨日少しだが進展があったぞ。」
「本当!良かったね。これで黒瀬くんの仇が見つかるかもしれないんだ!」
「…またか。」
「えっ?」
唇を尖らせそっぽを向いている。あれ?拗ねさせるような事言ったかな?私。
「クロセのことが好きなのか?」
「それは…まぁ人としてお兄ちゃんって感じもするし頼りにしてるよ。」
「俺は?」
「へ?」
「俺のことも好きなんだよな?」
紅い双眸に見つめられて私は言葉に詰まった。確かに好きだけど、でもそれは男の人としてではなかったはず。なのになんでこんなに胸が高鳴るんだろう。
「アカネ」
「ひゃい!?」
「ふっ可愛いな」
あっこれヤバい。顔が熱をもつ。気づいてしまった。
私、ジークのことが好きなんだ。
休み明け、黒瀬くんを捕まえてそのことを伝えると特大の溜息を吐かれた。なんでよ。
「だから最初からそう言ったでしょう?気づくの遅すぎやしませんか?」
「うっすみません」
「全く。…そうなると厄介な可能性が浮上してきましたね。」
「えっ?」
「私の仇が貴女を利用してジークさんを誘き寄せるかもしれません。互いが好き合う状況は魂の伴侶にとって共鳴が強くなることを表します。」
「てことは私が見つかる可能性が高まるってこと?」
「それもありますが…一番はジークさんへの復讐に丁度いいということですね。」
なるほど…そうなると私って結構邪魔者なのでは?
「なら私がジークと距離を取るのはどうかな?」
「貴女は馬鹿ですか!それこそ自分の身を危険に晒すだけですよ。できるだけ側にいなさい。いいですね。」
「はーい」
またお説教されてしまった。ぐぬぬ…見返したいけど今の私じゃ何もできそうにない。寧ろ足手纏いだ。
帰り道、家の近くの公園に寄ると見覚えのある青い髪の男性を見つけた。
「アルトさん!」
「おや?アカネ。どうしたんだい?」
「えっと特に用事はなかったんですけど見かけたのでつい声掛けちゃいました。」
「そっか。隣おいでよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
ベンチに隣り合わせで座るとアルトさんはなんて事の無いように溢した。
「あと少しで弟が見つかりそうなんだ。」
「えっ本当ですか!」
「うん。だからその最後の一押しを手伝って欲しいんだ。」
「それってどういう…」
不意に頭がぼーっとしてきて倒れると思った。そこで私の意識は途絶えた。
ふふっここまで僕の計画通りだ。全く隠すの大変だったんだよ?アカネの頬を撫でて呟いた。
「さぁ僕と共に永遠の眠りに落ちようね。」
ヴァンパイアの証である黒い羽を広げ、屋敷に向かったのだった。
屋敷に着き、魔法で僕の部屋の窓を開けベッドにそっと寝かせた。本当によく眠っているね。
にしてもこの子警戒心無さすぎやしないかい?あんなにヴァンパイアと関わりを持っていたのに僕がそうだと気づかないなんて。馬鹿な子だね。そういうところの可愛いけれど。
ねぇ、起きたら沢山伝えたい事があるんだ。だから早く目を覚ましてね。僕だけのお姫様。
ここは…どこ?確か公園でアルトさんに会ってそれからどうしたんだっけ?
「おはよう。お姫様。」
「おはよう…ございます…あのこれは一体どういう事ですか?」
「ふふっ色々気になることはあるだろうけど。改めて自己紹介させてね。僕の本当の名前はアルベルト。よろしくね。僕の魂の伴侶。」
「えっ魂の伴侶?ってことはまさか」
「ふふふ。そうさ。僕もヴァンパイアだよ。アカネ。さぁ魂の伴侶としての契りを結ぼうね。」
「ちょっと待ってください!あのちょっと聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
「どうして最初はアルトって名乗ったんですか?」
「最初に気になるところはそこなの?」
「えっ?」
「えっ?」
暫くの沈黙の後、アルトさん改めアルベルトさんの笑い声が響き渡った。
「ははっキミ他のヴァンパイアから何も聞いていないのかい?」
「えっと魂の伴侶については聞きましたけど…」
「ふーん。じゃあ魂の伴侶にしか教えない真名があるのは知らないんだ。」
「そんなのがあるんですか!?」
「うん。ふふっキミ本当に面白いね。」
「よく言われます…」
なんだろうこの人を手の上で転がすのが上手い雰囲気、誰かと似ている気がする。
「あのところで魂の伴侶って二人もいるんですか?」
「いないよ。この世にたった一人さ」
「じゃああんたは違うわ。」
「どうしてそう思うの?」
「体があんたを求めないから。」
その言葉を聞いた瞬間、アルベルトさんは声を荒げて手を振り翳す。そして近くにあったランプが無造作に落ちてしまった。
「僕の父と同じことを言うんだね。」
「お父さんと?」
「僕の父は母を捨てた!魂の伴侶じゃなかったと言い残して!母は信じていたのに…なのにあんなにあっさりいなくなって僕達は二人ぼっちになった。母は父がいつか戻ってくることを信じていたけれど戻ってくることはなかった。」
「…お母さんはどうなったんですか?」
「失意の中死んでいったよ。父の名前を呼びながらね。僕は必死で探した。せめて母の墓前に手を合わせて欲しくて。でもあいつは他の女を作って子供まで作って!幸せそうに暮らしてたよ。」
アルベルトさんの手からは血が滴り落ちていた。私はそっと握って尋ねた。
「それが弟さんなんですね?」
「そうさ…もう来ているんだろう。ジーク。」
その瞬間風が吹き荒れ窓ガラスが割れた。いや何事!?
「貴様…俺の魂の伴侶を連れ去るとはただではおかんぞ!!!」
そこには怒りに満ちたジークの姿があった。助けに…来てくれたんだ。私の目から思わず涙が一筋流れてしまった。こちらに駆け寄ると強く抱きしめられた。
「アカネ!無事で良かった。」
「うん。来てくれてありがとう。」
「…許さない。」
「何?」
「僕から何もかも奪っていくキミが許せない!!!アカネは僕のものだ!!!!!」
「アカネ下がれ!」
「うん!」
言われるがままジークの背中に隠れ、状況を見守る。アルベルトさんが何か呪文を唱えてるようでそれに応戦すべくジークも魔力を放出した。そのせいでフェロモンが溢れ出したのか体が熱くなってきて立つのもやっとになった。
「ちょっ…こんな時に」
「チッしまった。クロセ!!!」
「はぁはぁはぁ。やっと追いつきました。私達は安全な場所に行きましょう。」
「うん」
私は結局何もできないまま、その場を去るしかなかった。どうか無事でいて。二人とも。
アカネが帰ってこない。いつもならもう帰ってきている時間なのに。それにこの胸騒ぎはなんだ?
落ち着かず部屋の中をうろうろしているとアカネの反応が途絶えた。
「アカネ…?アカネ!!!」
俺はすぐさまクロセの元へ行き状況の説明をした。すると思いがけないことを聞かされた。
「白月さんと貴方の繋がりが以前よりも強くなっています。そこに目をつけて今度は貴方自身に復讐しようとしているのでしょう。」
「繋がりが強く…」
それが意味することは一つしかない。アカネが俺のことを好いてくれているということだ。ならばなおさらどこぞの馬の骨に奪われる訳にはいかんな。
「クロセ、いざという時はアカネを頼む。行くぞ!」
「えぇ。承知しました。」
「「particle tracking(粒子の追跡)」」
「この青い粒子、間違いない。あの時と同じ匂いだ。クロセ貴様は青い粒子と俺を追ってこい。俺は先にアカネの元へ向かう。」
「お気をつけて」
俺は羽を広げて、青い粒子を追うため飛び立った。数分程で着いたそこは立派な古城だった。
「待っていろアカネ」
そこで待ち受けていたのは俺とほぼ同じ匂いを持つ異母兄弟の姿だった。
アカネの無事が確認できたところでクロセに預けて奴と対峙する。やはりこの魔力量尋常ではないな。
「貴様、なぜ俺を狙うのだ。」
「キミの存在が僕の母を死なせたからさ。確かレイアと言ったね?その人がいたから僕の母ルナは魂の伴侶だと信じて疑わなかった父を奪われたんだ!」
「なっあの優しい父がそんなことをするはずがない!」
「ふふ…あっははははは!!!優しい?あの男が?僕の母を捨てたのに?綺麗事を言うな!!!devil's den!(魔の巣窟)」
「くっ」
奴の魔法を反転魔法で防ぎ、距離を取る。最近はアカネの血を舐めていないせいか魔法の精度が落ちているな。
「へぇキミの実力ってその程度?ならこれはどうかな!hammer of anger!(怒りの鉄槌)」
「ぐっあぁ!」
「あはは!あはははは!!!いい気味だ!だけどまだ足りないよ。これ以上の苦しみを母は味わったんだ。gravity violence(重力の暴力)」
魔力に…押しつぶされる!クソ!このままでは圧死してしまう!俺は息をするのが精一杯だった。
「ぐっはっあぁ」
「どう?絶望に打ちひしがれて希望が砕け散っていく様は…悲しいでしょう?辛いでしょう?苦しいでしょう?…でもね、キミさえいなければ母はそんな思いをせずに済んだんだ!!!」
「がっあぁ!!!」
血反吐が出る。魔法の詠唱さえままならない。どうすれば、どうすればいい!
「floating space!(浮遊空間)」
「グッロゼ…どうして」
「白月さんに頼まれたんですよ。貴方を助けるように。」
「アカネ…が…」
「忌々しいヴァンパイアめ。私の妹への罪を償え!!!hellfire of despair(絶望の業火)」
「ゔぁぁぁぁぁ!!!!!」
クロセのおかげで息も絶え絶えに膝立ちになり体を支える。炎の中苦しそうにもがく奴はなんとも哀れだった。だから油断してしまった。
「やめろ…そんな目で僕を見るな!!!…これで終わりだ…shattered hope(砕け散った希望)」
「ジーク!!!危ない!!!light of rebirth!(再生の光)」
「ぐっうぅ…力…が…」
なんだ?急激にこいつの五感が鈍り始めたぞ。それに体がところどころ砂になっている。
「貴様…まさかもう寿命が」
「はっはは…終わった…僕の願いは叶わず仕舞いだ…」
戦いが終わりを告げそうなその時、ドアを勢いよく開け放ち、息を切らしたアカネが立っていた。
「ジーク!!!黒瀬くん!!!無事!!!ってアルベルトさん…体が!!!」
奴に駆け寄ることを俺は止めなかった。もうすぐ砂となって消えるのだからな。奴を腕の中で支えほろほろと涙を流していた。
「アカネ…友達になってくれて…ありがとう…」
「いえ…こちらこそ…それより体!ジークどうにかならないの!?」
「無理だ…そいつのっがはっ寿命がきたんだ…」
「そんな!アルベルトさん!!!」
「ふふっ僕はキミを騙したのにまだ名前を呼んでくれるんだね?」
「だって…友達…だから…」
「そっか…僕は…キミと…ジークが羨ましい…」
そう言い残してアカネの腕の中で砂となって消えていった。アカネは涙を拭ってこちらに向き直った。少し赤くなった目元が痛々しかった。
「ジーク。アルベルトさん…幸せだったと思う?」
「さぁな。だがアカネという友に出会えて幸運だったんじゃないか?」
「そっか…」
「帰ろう。アカネ。」
「うん」
「イチャついているところ悪いですけど、私もいますからね?」
「「あっ」」
そうして俺たちの戦いは終わった。だが一つ気がかりなのは、あの優しい父がそんな簡単に見捨てるかと疑問に思った。その答えをクロセが見つけてくれていた。
「ジークさん。少しいいですか?気になるものを見つけまして。」
「なんだ?」
「この屋敷の書物の間にこんな物が」
「これは…」
それはアルベルトの母に残した最後の希望だった。俺はその希望を手に自分の生きる道を決めた。
例えどんな困難があろうと乗り越えてみせる。そう心に誓って。
ここまでご覧くださってありがとうございました。これからもよろしくお願いします。