何を怒っているのですか?
さて、突然ではありますが問題です。
目の前にいる顔が良くてヒロイン感の強い部署の先輩でチームのリーダーである女は何かに怒っているようです。
その理由を簡潔に述べよ。
まーぢで分からん。
いつもならモブに話しかけるなよと思わずにいられない程話しかけてくるのに今日はそれがない。
いや、正確に言えばお昼前まではいつも通りだった様な気もする。
気がすると言うのも今日は朝からとにかく忙しかったのだ。チームでの仕事も大山場でゆっくり話している暇なんてなかった。
だが気がついてみると無視・・・とは言わないがとても不機嫌ではあると思う。
ついでに漫画で言えば『ツーーン』と言った擬音が付きそうな様子である。多分私にだけ。
ここまで言えばもう十分に伝わるかと思うが問題の答えは
怒っている理由がわからない
である。テストであれば赤点確実である。
とは言え、たかがモブが配役の気持ちを汲める訳がないとも思う訳だ。そう考えたら分からないのも当たり前の様な気もしてくる。
とは言えだ、こっちの様子をチラチラと伺ってくるこの感じからするになんで怒っているのか察して欲しい様にも見える。
あと仕事に差し支え・・・はしないか。実際午前中をクリアしているのだから。
だが私はやりにくい。なにやら非常にやりにくい。
蛇に睨まれた蛙というよりは3km先のライオンを見つけた鹿的な絶妙に逃げられそうな危機察知能力が発動しちゃう距離感でやりにくい。
だが分からないからと言って聞いてもいいものなのだろうか。正直怒っている様に見えるだけで自意識過剰の可能性もあると思うのだ。
いつもよりも声をかけられる回数が少ないと言うだけでもしかしたら私から声をかけてほしいのかもしれない。
いや、それこそ自意識過剰か?
モブに話しかけられたいヒロインなんていやしないな。じゃあ仕事で目につく所があったのかもしれない。もしくはミスがあったが私に言いにくいという可能性もあるな。
なんだ?どれが正解だ??
・・・・・
・・・・・
分からん
やめた。やめだやめ!
考えたって分かるはずがないな。
というかあの天下の日向朔が仕事で何かあったら共有しないとは思えないし仮にもモブがヒロインの感情を逆撫でるなんてそれこそ自意識過剰だ。
こんな事考えるのだって烏滸がましいだろう。
分かり得ない事を考えるのも疲れたしちょっと一息つくか。
立ち上がりコーヒーでも買いに行こうと財布を取り出すと
『コーヒーなら誘ってよって前にも言ったと思うんだけど?』
と頭上から声が降ってきた。
「いや、なんというかあまり機嫌が良く無いのかなと思いまして。放っておいた方がいいのかなと。」
そう言って顔をあけでみるとそこには意外な表情をした日向朔が立っていた。
「・・・・・」
恐らく私は驚いた表情をしていたと思う。
その間に先に耐えられなくなったのは日向さんの方だった。
『なによぉ・・・』
「・・・いやっ、日向さんそんな顔もするんですね。」
『どんな顔よ』
「分かりません」
『なにそれ・・・』
怒っている様な泣きそうな様な・・・何とも言えない苦味の効いた顔だった。
プライベートは分からないが職場でそんな顔をするとは思わなかった。想定すらしていなかった。
その表情に含まれた言葉はどんなものなのだろうか。その言葉は誰に対して放ちたいものなのか。
そんな事が分かるはずもないのだが、おそらくレアなその顔を見てしまった事を咄嗟に周りには隠す必要があると思ってしまった。
「とりあえず、行きますよ」
『えっ?どこに?』
そのちょっと焦った様な声すらもこの場から掻っ攫う様に手を掴み出口に向かった。
「それで、なにかあったんですか?」
いつものコーヒーショップで向かい合う様に座って尋ねてみた。
『えっと・・私の財布デスク・・・』
「そんな事どうでもいいんで教えてください。日向さんは何にイラついてたんですか?」
『・・・・・』
「いや、話したく無いなら無理にとは言いません。別に仕事にも影響出てないですし。でも解決はしなくても気持ちが楽になるかもしれないなら聞きますよ。私でよければですが。」
『・・・・』
「・・・・」
『・・・あきちゃんは・・・』
「なんでしょう」
『あきちゃんは地場くんと仲良いよね・・・』
地場くん?チームの一員の地場さんだろうか?であれば日向さんの補佐をしている私のフォローをしてくれている人の一人だ。
仕事をとても効率よくこなす事が出来て人当たりも良い物腰の柔らかな男性だ。必要な情報共有を端的に行う事が出来るので私と仕事の相性はいいと思う。ともあれ仲良いかどうかは別である。
「えっと・・・普通です」
『普通って何?あきちゃんが積極的に声かけにいく人少ないじゃん。けど地場くんにはめっちゃ声かけるし楽しそうにはなしてるじゃん!』
えっ?楽しそう・・・??そりゃこの山場を乗り越えるために割と細かい連携はしていたと思う。
この前中ボス手前のファイアーボールに指摘されたのもあって意識的にしていた事ではある。何度も指摘されるのは癪に障るので正直避けたかったと言うのが本音だ。
その点地場さんは他のメンバーとの連携がうまく取れているから発信源にはとても良い。何人にも私から説明するより発信源1人に説明した方が正しく伝わりやすい。それだけである。
「楽しそうかどうかは分かりませんが、地場さんに話した方が早いので」
『私に言えば良いじゃん!!』
「???えっ???」
『だから地場くんじゃなくて私に相談すれば良いじゃん!』
「いや、日向さんと決めた内容とか各日程をメンバーに下ろしてもらう為に話してはいましたけど特に相談はしてないですよ・・??」
『うそだ・・・』
「えぇ・・嘘じゃないですよ。逆に私、地場さんに何を相談すれば良いんですか」
『分かんない』
「奇遇な事に私もです」
『・・・ホント?』
「本当です。というか嘘も本当もないですよ。日向さんはなにを気にしてるんです?」
『あきちゃん、地場くんとコーヒー行ったりしてるから』
「??一回も行った事ないですけど・・・」
『嘘!この前時間差で出て行って一緒に戻ってきたじゃん!』
全く、まーーーったく覚えがないんだが。
私はこのコーヒーショップで買う派。地場さんは会議の時コーヒーにはこだわりがないと言っていた事があった様な・・・。戻りのタイミングが被った事でもあっただろうか・・・
「・・・いや、やっぱり覚えが全くないですね。そもそも休憩はほとんどあなたと一緒ではないですか」
『だってこの前・・・』
「もしかしたら入ってくるタイミングが一緒だった事があるかもしれないですけど別に一緒にいたとかではないですよ?というかさっきからなんでそんなに地場さんを気にしてるんです?」
『気にしてない』
「いや、完全に気にしt」
『気にしてない!!』
「食い気味に否定するじゃないですか」
『そんな事ないもん・・・』
「いじけないで下さい」
『いじけてないもん・・・』
「・・分かりました。それで?それはいいとしてなんで怒ってたんです?」
『ここまで来てそれ言わせる・・・?』
「いやここまでって何がです?」
『・・・はぁ。もういいや・・・』
「えぇ・・・どゆこと・・・」
『あきちゃん!コーヒーの時は絶対誘って!分かった?』
「はぁ・・・分りました。というか約束しなくたってほとんど一緒j」
『や・く・そ・く・ね!!!』
「???・・・分りました」
そんなムキにならなくても・・・・
あれ?そういえば日向さんてこんなに感情を出す人だったかな・・・?
こちらの様子を伺ったり怒ったりしょんぼりしたりと感情が喜怒哀楽に八方美人しているかのような忙しさだ。今もなにやら考えた後にこちらの様子を伺っている。
モブの顔色を伺ってもなにも生みやしないが、心折れかけているネームドの支えになるのはネームドでない事だってある。
「日向さん」
『・・・なぁに?』
「そんな顔しなくてもコーヒーに行く時は必ず誘いますから。」
『絶対ね・・・』
「えぇ、お約束しますよ」
『うん』
子供みたいな内容の約束だがそんな事さえも嬉しそうな顔をしているヒロインを前にしてしまうと自分がモブではなく何かの配役が与えられているのではないかと少し期待してしまいそうになる。
そんな事ありやしないのに。
それでも姫の護衛の一衛兵位の役所ならありえる程度には信頼を得られているのかもしれない。
そう、自己評価は卑屈にならない程度には低く見積もった方が視界は広く客観視出来るのだ。
とは言え、この可愛らしい会話に反して十分卑屈だと思う人もいるだろうか。
それでも身体に染み付いたモブ論は楽観を許してくれそうにない。
この胃の締めつらられるような感情がそれを証明している。決して悪い状況ではないのにだ。
その痛みは改めて自身の立場を考えろと誰かに釘を刺されている様に思えてならなかった。