主人公羨望系モブ論
君は主人公でありたいと思った事があるだろうか。
私にはある。
『君の人生の主人公は君自身だ』
この言葉を聞いて主人公であると思っていた時期が私にもあった。
でもそれはあくまでも自分の視界から見た一人称という話であって世界から見た物語の主人公には程遠いという事に気づくべきだ。
分かりやすい例えはあるだろうか・・・
あくまで仮にだが
ロボットに乗って自身は世界を救うだろうか?
実際に戦争になり前線で戦う事を考えたら私は積極的にロボットに乗り特攻隊にはなれそうにない。
スポーツ選手になって世界のプレイヤーと戦うだろうか?
私は進路という壁にぶつかったら安定を捨てきれずスポーツのみ裸一貫でプロという道を目指してギャンブルする事が出来る気がしない。
転生して特殊スキルを手に入れて逆転劇を望むために事故に遭うことを了承できるだろうか。
幸いな事に自身の家族や友人を想像すると100%の確率であっても現在の生活を手放す事に未練がある。成功が約束されていても考え込んでしまう。
そういう事だ。私は主人公に憧れは抱きつつも目の前にその道が与えられた場合でもその一歩を選ばない可能性が高い。もちろん選択権があればだが。
基本ベースがモブ、一般人のそれなのだ。
とは言え、こうやってモブ論を独白する程度には主人公に憧れがある訳で諦めの悪さに苦笑してしまう。
『なによその気持ち悪い笑みは』
苦笑・・・まぁ笑みかと言えば笑みではあるなと苦言を呈したその女をみて心の中でため息をついた。
モブに話しかけてなくてもいいだろうに。
「私の事はお気になさらず、どうぞご自身の事に集中きてくださって結構ですよ?」
心の底からの本心である。
右隣にデスクを構えている顔のいいその女は物語によっては主人公たりえる美しさを持っていて、呆れたような顔と態度を示しているにも関わらず様になっていた。
なぜ、そんな女がモブに声をかけてくるのか。
2度目の吐露となるが心底不明である。
『あんたねぇ・・・・。気にするなって方が無理でしょうが。』
「・・・?なぜです?」
『はぁ・・・自覚なしって訳ね。』
「??」
『まぁいいか。ここなんだけど・・・』
独白系モブ論の続きにはなるが、私は主人公への憧れが強い。それはどんな物語であっても世界の中心にいてプラスでもマイナスでも人の心を動かすだけの力があると思うからだ。
それは物語の中の登場人物への影響だけでは無く読者へも届く。つまり世界から逸脱する影響力があると言うことだ。
なにかしらの強い意思が心を動かす訳だ。
一方で私のようなモブは意思薄弱である事が多い。ライバルの様な反発も無く、他者の意見に流されがちで強い意思を持たない。全く感情が無いわけではないから意見はするがとにかく強い信念が見られない。
描写されるまでもない訳だ。描写されるくらいならある程度の役が与えられるからな。
顔がはっきり見えないモブでもセリフがあるだけいい方である。
モブに対する当たりが強く思われるかもしれないがそう言うものだ。
つまり何が言いたいかと言うと世間がモブに対する反応は比較的冷たいという事だ。
冷たいと言うよりは無関心か・・・。
そして私は誰かの心を揺さぶる様な、主人公のような影響力が羨ましいという話だ。
なんて遠回り、なんて分かりにくい説明なんだと思ったかもしれない。
「もっと分かりやすく」「もっと端的に」と君が少しでも感じたのならそれはもうモブでは無い事を示している。
少なからず役が与えられていると自覚している人間の主張だ。その主張をする事で
[相手は改善の余地がある事を思考しており、それが改善されれば自身の利となる可能性がある]
という意図と意思を封入している事になる訳だ。伝えるかどうかはともかくとして。
まぁつまりはそう言った意思はモブらしくないよっていう話だ。
さて、自虐じみたモブを貶めるような独白系モブ論を展開した訳だが冒頭からなぜこんな話をしているのか。
それは私、坂井晶子[サカイアキコ]が右隣の女、日向朔[ヒュウガサク]から告白された事に起因する。