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75皇太后のはかりごと

 全て皇太后ジェシカが計画したことだった。


「息子は王位を継いだけれど芸術に傾倒してしまっていて…。

生まれで職業を決めてしまうのってかわいそうじゃない?私も現代っ子だったし。

だから、宰相デイヴィッドに協力してもらいながら私が執政をすることにしたの。


世継ぎのルイスが生まれて嬉しかったわ。

3歳の時、私に『立派な王になりたいです!』って言った姿に感動したのよ?

『とってもたいへんだけど出来る?』って聞いたら『はい!』っていいお返事してくれたじゃない!

だから甘やかさないようにって、可愛い盛りに泣く泣く突き放したというのにっ」


 悔しそうに(なじ)る皇太后ジェシカに、全く覚えていないルイス王子は「今までの厳格さが演技…」と目を見開き愕然としてしまった。


 まさか幼い時に言った言葉のせいで皇太后が自分に厳しかったとは思い当たるはずがない。

 祖母の本心など分からず、巧みに執政をこなし冷たいほどに厳しく立派すぎる皇太后にルイス王子は気後れし何も言えなくなってしまっていたのだから。


「五年前、エマ姉様がこの世界に渡って『魔女』になり王都へ来ることが『視えた』の。

だから、かねてから計画していたことを実行することにしたのよ」


 それは、いずれルイス王子の治世の災となるホージ侯爵をはじめとする腐敗貴族や商人らを今のうちに一掃することと、ルイス王子を奮起させ次期国王の自覚をもたせる、という計画だった。


 皇太后は、ルイス王子をキッと睨みつけた。


「私も高齢になってきたし、いまのうちに(うれ)いは全て片付けておこうって。

さすがのルイスも自分の結婚のこととなると黙ってはいないだろうと思ったのよ。

なのにお前はすっかり諦めてしまっていたでしょ!


お前は私が命じれば、妃としての素養の欠片もない娘とわかりながらも結婚するつもりだったのかい?

私に一言の諫言(かんげん)もせず?

お前の妃は王妃、国母(こくも)になる女性なのですよ!

そのようなことでどうするの!

次代はお前がこの国を導いてゆかなければならないのにっ!」


「ち、ちょっと…お待ち下さいっ。

それは、私も面目ないと思っておりますが、どうか落ち着いて下さい。

順を追ってご説明下さいませんかっ」


「はあ、そうね、わかったわ。

まず、私はあの毒草の存在を以前から知っていたの。

幻覚作用があるあの毒草が王都に入ってこないか警戒していたわ。


でも、今回それを逆手に取ろうと思ったのよ。

まず、マリアンヌたち親子がやってくることが分かったから、住めるように山奥にわざと(ひな)びた小屋を作らせて、『魔女の秘伝』を隠しておいたの。


あの冊子は私がこの世界に来た時に、英国での思い出を忘れないようにハーブを使ったお菓子の作り方やお茶の入れ方を書き留めておいたものよ。


エマ姉様が読んだのは、『Nine Herbs Charm』。つまり『九つの薬草の呪文』という詩の一部分。

意味はこう、


『蛇が這い来たりて人を傷つけたり。

ウォーデン九つなる栄光の枝を取り、

蛇を打ちつくるに、これ九つに砕け散りぬ。

ここにおいて林檎は毒に打ち克ちて、

以後蛇は人の家に住うことを欲さざるなり。


タイムとフェンネルを、いと力強き双方をーーー』

と詩は続いていくの。


私たちがいた国の言葉で書いたから、私たちにしか読めない。

ね?エマ姉様。


マリアンヌをいきなりルイスの婚約者にするには相当の理由が必要でしょ?

だから『魔女』とすれば身分の枠をこえられるじゃない。

そして、ホージ侯爵にマリアンヌを迎えに行かせる途中で毒草を見つけさせたの。


先にテューセック村へ向かわせたのは、ドリスの元に新しい『魔女』がもうすぐ『界渡り』すると知らせるため。

『私の命令で若い魔女を捜している』とドリスが聞けば悟ってくれると思ったから」


 だからドリスは突然現れたエマを冷静に受け入れ、様々なことを教えてくれた。


 ホージ侯爵は道中で見つけた毒草の密売にまんまと手を出し、言い逃れ出来ない犯罪の痕跡を残したのだった。

 これを足がかりにホージ侯爵や取り巻きの貴族そして商人たちの余罪も調べ尽くされるだろう。


「何もかも全てが手のひらの上で動かされていたということですか。

それだけ暗躍すれば確かにお忙しいはずだ」


 ルイス王子はこめかみを押さえながら力なく首をふる。


「お前にはいい形で国を継がせたいと思ったのよ。

何か一言でも言ってくるかと思えば、お前はのらりくらりとっ!

エマ姉様が王都に来るのが待ち遠しかったわ。

姉様との出会いがルイスの転機になることはわかっていたから。

だから二人の出会いはやっぱり素敵な偶然がいいと思ったの。

マリアンヌを春の大祭の舞踏会に出さなかったのは、せっかくの出会いを邪魔されたくないじゃない?

ただ…ジークヴァルトのことを『視る』のをすっかり忘れていたのよねぇ」


 皇太后は意味深な視線をジークヴァルトに向けるが、エマはその意味が分からず首をかしげた。


「まあ、いいわ。

ルイスもきちんと世継ぎとして自覚もあるようだし、ジークヴァルトも次期宰相として成長してくれているし、これ以上お前たちをのぞき『視る』のはやめておきましょう。

あとはお前たちにまかせます」


 事情も理由もわかった。

 でも、『魔女』と偽ったとしてもどうしてマリアンヌだったのか。

 年頃の娘なら誰でもよかったのか。

 貧しい平民を、ルイス王子を奮起させるためだけに利用して捨ててしまうようなやり方は納得がいかない。

 エマがたずねるとジェシカは残念そうに首を振った。

 マリアンヌは生活苦から逃げるために罪を重ね、取り返しのつかない罪を犯してしまう運命だったのだと。


「まだ罪を犯していないマリアンヌにきちんとした教育を与えられればものの見方が変わるのではと思ったけれど…彼女の中には自己愛しか芽生えなかった。


マリアンヌの人見知りせず勝気な性格なら別の立場を与えてあげればもしかするともっと違ったかもしれないわね……。


私は、計画をめぐらし人を利用して……すっかり老獪(ろうかい)な年寄りになってしまったのよ。


そのためにエマ姉様にはたくさん怖い思いや危険なめにあわせてしまって、本当にごめんなさい」



 その後、エマと二人だけで話したいとの皇太后の願いで男たち三人は席を外すことになった。

 ジークヴァルトはエマに「先ほどの応接室で待っている」と言って出ていった。


 二人だけになるとジェシカはドリスが亡くなった悔みをエマに伝え、高齢の自分が生きているうちにエマに会えたことを喜んだが、エマの目には涙が(にじ)んだ。


「私は結局弟子を持つことはなかったわ。

でも、エマ姉様はいつか新たな『イルヴァ』と出会うかも知れないし、この世界で弟子になる娘と出会うかも知れないわね」


 自分に弟子ができるなどエマには想像も出来なかった。

 ジェシカは「今後のお楽しみだから『視ない』わね」と笑った。

 そして、「彼らの前では言えなかったけれど」と前置きして少し真剣な顔になった。 


「エマ姉様は、魔女の『力』であるルーンをどう思う?」


 一言で言えば、万能だ。何故そんな『力』があるのか不思議でしかない。

 植物にルーンで語りかければどんな薬でもたちどころに作ることが出来る。例え知らなくても植物の方からエマに従ってくれる。

 ホージ侯爵が密売していた辺境地の毒草や、先程のミルクピッチャーに入っていた猛毒も。


「そうね。エマ姉様がさっき飲んだ紅茶のシロップ。

ホージ侯爵に姉様の『力』を試すと持ちかけたら、まんまとすり替えたわね。


だから、姉様の席を私たちからうんと離しておいたの。唱える『ルーン』を悟られないためにね。

ただの嫌がらせじゃないのよ?


ホージ侯爵はジークヴァルトに守られた姉様に手出しできない焦りから今日をチャンスと私の目の前で凶行に走ってしまった。

それも私に罪をなすりつけるつもりで。


彼は、『皇太后を不快にさせてしまった』の。

断罪するにはそれで充分なのよ。私って権力があるの。


ふう、話が逸れたわね。

つまり、この世界では『ルーン』はとてつもない『力』を持っているわ。

現在『力』が及ぶものは、占い、薬草の調合、動物との意思疎通、呪術の四つとされているけれど、以前は違ったの」


 そうしてジェシカが語ったのはジークヴァルトたちには聞かせられないものだった。

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