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69城址の森

 日暮れまであと一時間半くらいはあるだろうか。

 森の中は薄暗く、いまのところ誰にも遭遇していない。


 意気込んで来たエマだったが緊張しているのか森が薄気味悪いのか、ジークヴァルトの腕をすがるように掴みながらあちこちキョロキョロと見回している。


 そんなに都合よく怪しい人物を見つけることはできないだろうが、こうして森の様子をあちこち動き回って偵察するにはエマの提案は正解だ。


「エマ、そんなに見回していては不自然だ。

もっと自然に寄り添わなくては変に思われるぞ」


 くすっと笑いながら腕を解きエマの肩を抱き寄せると、エマはすんなりジークヴァルトの腕におさまった。


 庭園に出かける前はエマとの距離もずっと縮まって雰囲気も良かった。

 今、こうして肩を抱いても身をこわばせることもない。だったらまたあの時のようにエマに触れてみたいと思った。

 不謹慎だと分かっているが、誰もいない薄暗い森の中という閉鎖感がそう思わせてしまうのかも知れない。


「エマ、」


とジークヴァルトがそっと名前を呼ぶと、エマは上目遣いについっと見上げた。


 だが、「なんですか?」と無垢(むく)に問うエマの瞳とかち合うと、なんて(よこしま)なことを考えていたのかとはっとした。


 呼んだものの「あ、いや…」と言い(よど)み視線をそらすジークヴァルト。

 二人の間になんだか間がもたない沈黙が流れた。


 よい話題が思いつかない。

 思いつかないと(あせ)れば、それは足にも伝わった。

 訳あり風カップルはしっかりとした足取りでザッザッザッと落ち葉を踏みしめながら、無言で森の奥へ奥へとどんどん入っていった。



 ジークヴァルトが気づいた時にはかなり奥まで来てしまっていた。

 さすがにこれ以上は別の犯罪に巻き込まれかねない。


(今日は、ここまでにしておいた方がよさそうだな)


 すると、エマが「そういえば、」とジークヴァルトを見上げた。


 「なに?」と問うと、「昨日のことを少し思い出したんです。ジークヴァルト様はルーのお兄さまとお会いになったことがあるんですね。久しぶりと仰っていたので」と言うたわいない質問だった。


「ああ、外交上の交渉で何度か会ったことがある」


「そうなんですね。

素敵な方ですよね。想像通りでした。ルーはお兄さまのことが大好きで、話を聞かせてもらってたんです」


「素敵…」


「あ、だからあんなことを?

でもいくら初対面ではないからって、あんなプライベートな言い方はちょっと…」


(早朝に起こすのがかわいそうだったからとか言った部分だろうか?)


「それに、ルー怒っていましたよ?

あれはもう帰って下さいって言ってるみたいに聞こえました。

お兄さま、お気を悪くされてないでしょうか…」


 ルイス王子がグローシュ兄妹と謁見したと言っていた。

 謁見には王子付宰相補佐ジークヴァルトの立ち合いが必要という訳ではないので、ルイス王子が許したのなら異論はない。

 ただ、妹を迎えにきただけで、何故予定外の謁見をわざわざ求めたのか不思議に思った。


(ルイスは、ルシエンヌ嬢の方から会いたいと言ってきたのなら二つ返事で了解したのだろう)


 昨日は、報告後ルイス王子に昼食に誘われた。

 食事中ずっと謁見した際のルシエンヌ公爵令嬢の美しさを言葉を尽くして褒め称えるのを右から左へ聞き流していたが、「今日、グローシュ殿もお前の屋敷に行くはずだよ。エマが好きになったりして」とからかわれ耳を疑った。


 昼食後慌てて屋敷に帰ってみれば、「一緒に行こう」とエマは隣国の公爵家兄妹にじりじりと詰め寄られていた。


 トリスタンは、エマが『魔女』だともう気づいているはずだ。

 家出までして『魔女』を探していた妹が国に帰る決心をして、エマにここまで執着しているのだから。

 そして、ルイス王子とジークヴァルトが保護していることで確信しただろう。


「君があの兄妹に連れて行かれそうになっていたから早々にお引き取り頂こうと思ったからだが?

何か問題が?」


「連れて行かれる?!

私だって自分の立場は分かっています。

ついて行くはずありません。

信じて下さってなかったんですか?」


「い、いや。そう言うわけではない。

ただ、グローシュ殿に口説かれて迷った顔をしていたから」


ーー貴女の身は、私が必ず守る


(あれはどう考えても口説いていたっ。)


「っ?!口説かれてなんかいません!

私、ちゃんと首を振って断りました。

私が友達に誘われたら仕事を投げ出してしまうような人間だと思ったんですか?」


 エマがジークヴァルトを見上げてまっすぐ抗議する顔をみてふと思った。


 ただ恐縮して慇懃にされるよりもずっといいと。

 以前にエマに感じていた壁が今は無くなっているような気がした。

 エマがジークヴァルト自身に、気に入らないことは気に入らないと自分の気持ちを素直に訴えているのだと思うと頬が緩みそうになる。


(可愛いな…)


「まさか、エマをそんな無責任な人間だとは思ってない。

すまない、嫌な言い方をした。

君が連れて行かれるのではないかと焦ったんだ。

俺はただ嫉っ」

「おや?可愛い恋人と喧嘩ですかい?」


「「?!っ!!」」


 黒いロングコートに黒い帽子を目深にかぶった細身の中年の男だった。

 エレノアが言っていた人物像と一致する。


 ジークヴァルトはエマを(かば)うように男の前に立った。


「誰だ、お前は」


「こんな場所で会って真っ当な立場じゃないでしょ、お互い。

ところで、旦那、可愛い恋人さんと仲直りしてもっと仲良くなりたくないですかい?

私ねぇ、いいもの持ってるんですよ。

まだ花街でも売ってない、内緒のモノなんですがね。

ここで会ったのも何かの縁だ。

興味あります?」


「ほう、内緒のモノとはどんな物だ?」


「チッ、(さっ)しが悪いなあ。

コレですよ」


 男は胸ポケットから見覚えのある封筒を取り出してサッサと振った。


「ああ、そう言うことか」


 ジークヴァルトがニヤリと口角をあげると、男も「新商品ですよ。旦那」と誘う。


「いくらだ」


「金貨一枚」


「高いな」


「まだ私しか売ってないんですよ?今逃したらもう手に入りませんぜ?」


「一応中身を確かめたい」


(うたぐ)り深いなあ、石ころなんて入ってませんて。見てみりゃいいですよ」


 そんなやりとりを繰り返し、ジークヴァルトは封筒を手にした。

 封筒の中を覗くと色・形状ともにエレノアが持っていたものと同じだ。

 エマもジークヴァルトに(うなず)いた。


「エマ、(やつ)を取り押さえるから俺から少し離れていなさい」

「ジークヴァルト様、私ちょっと(ため)したいことがあるんです。

私にやらせて下さい」

「は?」


 コソコソと話していると男はもういいだろうと苛立(いらだ)ちはじめた。


 すると、エマの言葉にジークヴァルトが戸惑っている(すき)にエマが「お待たせしました」と言って男の前に立ってしまった。


 男もジークヴァルトも唖然とする中、エマはドレスの胸元からするするとチェーンを引いてペンダントを取り出した。

 ジークヴァルトがプレゼントしてからずっとエマが身に着けてくれているあのロケットペンダントだ。


 結局、男二人がこの可愛らしい娘はいったい何をしだしたのかとただ見ていると、エマはロケットを開け中から小さな粒を一粒取り出した。

 そして、それを指先で擦り潰(すりつぶ)すと目の前の男に向かってふっと勢いよく息を吹きかけたのだ。


 細かな粒子がフワッと目の前に広がると男は何だ?と怪訝な表情をしたが、次の瞬間エマの足元にドサリと倒れた。


「やった!成功です!

護身用に昨日作ってみたんです!

この前町の裏通りで襲われた時、何か護身になるものがあればって思ったんです。

このペンダント、高価だから失くさないようにずっと着けてたんですが、ロケットなので中に薬を仕込めるしとても便利なんですっ。頂いてよかったです」


 興奮気味に早口でそう言うエマにジークヴァルトは何も言葉を返せなかった。


 なんてことだ、エマは紛失防止と実用(じつよう)でペンダントを身に着けていたのだ。

 ジークヴァルトは「どういたしまして」と口角をひくつかせた。


 眠っている男の所持品を調べる間も、エマは「まるで私たち強盗みたいですね」と興奮冷めやらず楽しげに言っている。

 ジークヴァルトがエマを複雑な気持ちで見ても「何ですか?」と無邪気に首を傾げて何も気づいていない。


 ジークヴァルトは男心を(もてあそ)ばれる気分を初めて味わった。


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